NetScience Interview Mail 2000/07/27 Vol.108 |
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【橋本公太郎(はしもと・こうたろう)@東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻 助手】
研究:燃料化学・反応化学
著書:吉田忠雄,田村昌三監修「化学薬品の混触危険ハンドブック 第2版」
日刊工業新聞社、1997年(分担執筆)
ホームページ: http://www02.so-net.ne.jp/~hashi/kohtaro/index.html
○ディーゼルエンジン燃料や反応化学の研究者、橋本公太郎さんのお話をお届けします。
最近「悪者」として扱われることの多いディーゼルですが、こういう時期だからこそ、逆に現場の研究者の方はどんなことをどんなお考えで研究なさっているのか、例によって色々と伺ってみました。
化学の話だけにいつもよりカタカナが頻出し、ちょっととっつきにくいところもあるかもしれませんが、環境問題とも関連する話です。お楽しみ頂ければ幸いです。
(編集部)
[13: 直噴ガソリンエンジンと燃料性状] |
データベース |
○ああ、「トヨタD4」ってCMでやってますね。僕を含めて世の中の99%は意味も分からず聞いていると思いますが。
■ええ、トヨタが作っている直噴エンジンなんですけどね。このエンジンはすごく燃費が良いんです。たぶんあのクラスでは一番燃費がいいですね。そのエンジンを改造しましてね。4気筒のうち一つだけを使うような形に改造しまして、燃料をいろいろ変えてみました。炭化水素の一部を二重結合にしたりしてみて、いろいろと。エーテルや芳香族を使ったりして、化学構造の違いを見られるようにしてみたんです。
○はい。
■特に成層燃焼の場合、燃料性状の影響っていうのはまったく知られてないんで、きちっとやってみたほうがいいんじゃないかということで調べてみたんですけども。
たとえば、出力ですね。いろいろ見てみたんですが、そうするとやっぱり芳香族っていうのは非常に燃焼性が悪い。また芳香族っていうのはガソリンでも部分的に濃度が高いとやはり、すすが出ちゃう、煙が出ちゃうという問題があります。
さらに薄くしたところは、二重結合にしたほうが燃えやすいと。燃焼が早いんですね。燃え切りもいいんです。
もう一つ面白いのは、ガソリンの沸点の影響があるんです。沸点は炭素数で決まってきます。ふつう5とか6ですが、8とか、飽和炭化水素の炭素数が多いと蒸発して気化するのが時間がかかる。だからそういうものは燃えきりが悪い。
○その辺は、直噴してやるときにキャブレーター(気化器)とかで何かしてやれば、なんとなかなるんじゃないんですか。
■そうなんです。だから、噴射の制御をやってやれば何とかなるのかなあという気もするんですけども、ただし、燃えきりの良さっていうのは、やはりハイドロカーボンにも影響するわけです。沸点が高いとハイドロカーボンが出ちゃいます。燃えきりがいい二重結合を持つ奴は、炭化水素の数も低いです。
○燃えもいいと。
■そうです。
○いまは要求されているレベルが非常に高いんですね。つまり、絶対に燃え切らないといけないと。
■そうです。そこが問題なんです。
芳香族は燃えが悪い上にすすが出ちゃうという話をしましたが、ディーゼルエンジン用のスモークメーターっていうのを使って測ると、ガソリンでも直噴だとやっぱり出ちゃうんですね。実はですね、実際の車の直噴ガソリンからも、やっぱりPMが出てるんですね。世の中ではまだほとんど問題になってないんですけども。それはやはり部分的に濃度が高くなった芳香族のせいなんです。たぶんこれから問題になるでしょうね。
○もっと精製して燃料をきれいにしてやるといった方法では取り除けないんですか。
■うーん、あのうですねえ、きれいに、理想的にやってやればできるのかもしれませんけども、今の技術ではできませんね…。
○もう、いっぱいいっぱいなんですね。
■そう、そうです。かなりもう、いっぱいいっぱいなんです。
○内燃機関が生まれてもう100年以上経ってるんですもんね。
■ええ。ただ、直噴ガソリンエンジンの場合は生まれてから間もないんで、まだ改良の余地があると思います。ほかのガソリンエンジンとか、ディーゼルエンジンはもういっぱいいっぱいですから、もっと改良しろと言われても、かなりつらいものがありますね。
○じゃあ、根本的にどうするかっていうことになると…。
■厳しいです。特にガソリンの場合、CO2の問題もありますんで。いまのままではダメだ!と言われてますんで。直噴化してちょっと排ガスが悪くなるのを我慢するのか、それでなければハイブリッドカーにするのか。そういう解決手法しかないですね。
ディーゼルの場合はもっと厳しくて、石原慎太郎・東京都知事がああ言っちゃったように、そうとう厳しい立場に追い込まれてますね。
[14: 内燃機関と燃料電池の今後] |
○その辺も伺いたいですね。現実問題として、こないだの石原慎太郎・東京都知事の方針発表とか、業界的には大変なんでしょう? 予想してたことでしょうが。
■そうですね、やはりこれからはディーゼルは、普通の自動車の場合は、予混合圧縮みたいな新技術を使わない限り締め出されちゃいますね。
ただ、トラックは動かないんですよ、ディーゼルじゃなきゃ。だからディーゼルを使うしかないんですけども、よっぽど解決策をきちんとしないと、近未来には内燃機関より燃料電池に移っちゃうんじゃないかというところに来てますね。
○一般人としては別に移っちゃっても構わないんですよ。
■そうですね。
○研究者としては、移れると思いますか。燃料電池が内燃機関に変わることができるほどの能力があるのかどうなのか。
■私個人としては、いまの段階での燃料電池の開発状況からして、短期的には無理なんじゃないかと思います。少なくとも2005年には難しいんじゃないかと私は思ってます。
燃料電池の調査もいろいろやってたことあるんですが、みんな2004年とか2005年には実用化すると言ってますよね。
○はい。
■ですけどまあ、何を燃料にするかということすら決まってないんですよね。いまはメタノールを積んで中で改質するというのが主流ですが、水素をそのまま積むというのもありますよね。また従来のガソリンを積んで、それを改質して水素だとかに変えるというのもある。ですから燃料すら決まってないんです。水素はひじょうに扱いづらいんで、水素を積むというのは非現実的でしょう。
○そうなんですか。一般メディアだと、水素吸蔵合金を応用すればすぐできるみたいな雰囲気ですが、違うんですか。
■ええ、そうじゃないですね。まだまだ解決しなくちゃいけないことがたくさんあります。特に水素を直接扱うのは非常に怖くて問題がある。だから積むのは液体燃料じゃないかと考えている人が大部分です。
○やっぱりそうなんですね。そのへんが見えないんですよね。
■ええ、そうなんですよ。私も究極的には燃料電池かもしれないと思うし、これからの動向を調べなくちゃいけないと思っているんですが。しかしながらやはり、世の中で言われているようにすぐに燃料電池化するかというとそうじゃないんです。やはり、燃料電池自動車ってまだまだ時間がかかると見ています。
[15: 本当に「地球にやさしい」のか] |
○あと、もう一つ気になるんですが、トータル、地球全体で見たときにどうなのかということですね。いまのガソリンエンジンとかは、コンピュータとかを積んで、すごくコストをかけたものじゃないと動かないよということになっているわけですよね。
■ええ。
○それって、たしかに一時的な、車から直接出てくる排気ガスはきれいになってるかもしれないけども、トータルに見たときに、本当に環境にやさしいのかな、と。気になるところあるんですけども。地球にやさしいって言ったところで、自分のまわりの排ガスだけ気にしてたって仕方ないわけで。
■そうですね。LCA(ライフサイクル・アセスメント)みたいに、全体で考えることをしないと分からないでしょうね。車全体のLCA。たぶんやられているんでしょうけどね。どうなんでしょうね。燃料電池がいいのかどうかっていうのも、そういう視点で見ないといけないんですよね。難しいですね。僕も専門家じゃないんで分からないんですけど、はためで見てても、これってちょっとパラメーター変えたらぜんぜん変わってくるだろうなっていうものありますからね。
○ええ。本当に環境にいいのかな、と思っちゃうんですよね。日本のまわりは綺麗になるかもしれないけども。
■ええ、分かります。そうですね。
○現実問題として、発展途上国では直噴ガソリンエンジンは使えないんじゃないですか、コストが高くて。
■そうです。こんなのは使えません。
○うむむ。じゃあ日本みたいな先進国でしか使えないと。まあ先進国は車が多いからいいのか。そういうコスト計算を誰かがちゃんとやってるんだったらいいんですけど。
■そうですね。自動車会社の人も、実はそういうこと考えてるんですね。いろいろコンピュータとセンサーをつけて、ガチガチの制御をしないと走らない車を作っていったい何になるのかと。研究者でさえ言ってるくらいですからね。
○そこまでやる必要が本当にあるのかということですね。まあこんなこと言ってたら、じゃあ車に乗らなきゃいいじゃないかということになっちゃうと思うんですけどもね。ITSの話を取材してたときにも思ったことなんですけどもね。確かにテクノロジーがすごくて面白いんですが、そこまでして車にのらなくちゃいけないのかなと。制御をいっぱいかけると、とにかくコストが高くなっちゃいますからね。たぶん環境負荷も高いですよね。
■うん。そうですね。いまはちょっと、コンピュータ制御に頼りすぎで厳しいところがあるんですよね。でも、直噴の考え方を、最初に考えた人はやっぱり凄いなと思うんですね。
○ええ。それは分かります。
■いまは制御が難しいんですが、もっと単純になっていくんじゃないかという気もするんですね。
○いっかいぐるっと回って…。
■そうそう。もっと単純になるんじゃないかと。いまトヨタなんかも、より簡単な制御で動く直噴を出してきてるんですね。そういう流れをみていても、単純化していく方向にあるんじゃないかと思いますね。
○なるほど。現実問題として「トラック入ってくるな」と言っても、トラックがないと東京は死んじゃいますしね。
■ええ。トラックやめろと言われても、どうするのかな、というのはありますね。
[16: 燃料屋は期待に応えられるか] |
■でも、やっぱり燃料屋さんのところにも石原ショックが響いているらしくて、最近この話ばっかりですね。
○そうなんですか。
■ええ。予想はしてたんですけどね。でも本当にやるとは思ってなかったというか。燃料側としても、エンジン屋としても、きれいな奴をつくらなくちゃいけないと言って、排ガスをきれいにする研究プロジェクトをやってたんですね。でもお互い、かけひきばっかりやってるところに急にガツンときたんで、なんとかせんといかんと言ってるような状況ですね。
○かけひき?
■エンジン側としては、燃料側になんとかさせて、燃料側に環境負荷のコストを分担させたいと思ってて、燃料屋は燃料屋で、車のほうでなんとかしてくれと。燃料のほうは従来のままにしたいと。そういうことでかけひきばっかりやってたんですね。
○なるほど。研究開発コストを負担したくないと。
■そう。そういうことやってたんですよ。そこへ来たと。だからいまお互い、少し歩み寄って、お互いちゃんとやらんといかんなということにはなってきたようですね。
やっぱり、今まではディーゼルの規制って言っても、いままで走ってる車がクリアできるようなところでしか規制してなかったんですね。住んでいる人がどれだけ綺麗な空気が吸えるかという観点で規制していなかった。車ができるところで規制しようとしてたんで、道路のそばの空気はいつまでたっても良くはならなかったわけです。いくら規制しても。
今までの規制の考え方が間違っていたんですよ。石原都知事の考え方はあまりに単純すぎるという気はしますが、やっぱり、生活者のほうを見て行う規制が大切だという考え方は、正しい方向だと僕は思いますよ。
○うん。そうでしょうね。 ただ、もう一つ、これはわれわれ一般市民の問題でもあるんですけど、技術者に無理を言えばなんとかしてくれるんじゃないかと思っているところありますよね。科学に対する不信がすごくある一方で、ものすごく楽観的な見方もあるような気がするんですけども。
■そうですね(笑)。
○なんとなく、技術がすすめば、なんかできるようになるでしょうと思っているような気がするんですね。
■うん、そうかもしれません。でも燃料側にそこまで期待されたことっていうのは今までなかったんで、嬉しいですけどね(笑)。ちょっと前までは少なくともありました。
○?
■いまの燃料業界は、逆に期待され過ぎて困ってる状態ですね(笑)。難しいところですね。
いままでは、自動車業界は、燃料っていうのはきちんとスペックを充たしていればそれでいいと。そういう考え方だったんですね。ですんであんまりそういうこと言われなかった。ところが現在、エンジン側だけでは難しいので燃料側でなんとかしろと期待がかかってきたのに、燃料業界はガソリンの価格破壊のせいで体力がなくなってるんです。いわば、むかしは趣味で研究していたせいで相手にされなかった、いまは研究頑張ってくれと言われているのに、肝心の体力がなくなってきてしまっている。ちょうど逆の状態なんですね。
○なるほど。そういうのもあるんですね。だから橋本さんも企業から大学に戻ってきたんでしょうけども。国立の研究機関ではそういう研究は行われていないんですか?
ここがそうだと言われてしまうかもしれませんが。
■燃料ですか? 少ないですね、非常に。本当に少ないんです。たとえば石油学会での発表でも、作る側の発表は多いんですね。原油をどう精製して硫黄をどう減らすかといった研究は多い。でも使う側の研究は本当に少ないんです。燃料会社でも、使う側の部門っていうのはどこも小さいんです。おまけに、いまの石油会社は体力が本当になくなってますから。
○次号へ続く…。
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