NetScience Interview Mail
2000/07/13 Vol.106
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【橋本公太郎(はしもと・こうたろう)@東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻 助手】

 研究:燃料化学・反応化学
 著書:吉田忠雄,田村昌三監修「化学薬品の混触危険ハンドブック 第2版」
日刊工業新聞社、1997年(分担執筆)

ホームページ: http://www02.so-net.ne.jp/~hashi/kohtaro/index.html

○ディーゼルエンジン燃料や反応化学の研究者、橋本公太郎さんのお話をお届けします。
最近「悪者」として扱われることの多いディーゼルですが、こういう時期だからこそ、逆に現場の研究者の方はどんなことをどんなお考えで研究なさっているのか、例によって色々と伺ってみました。
化学の話だけにいつもよりカタカナが頻出し、ちょっととっつきにくいところもあるかもしれませんが、環境問題とも関連する話です。お楽しみ頂ければ幸いです。
(編集部)



前号から続く…。

[07: セタン価を上げる方法]

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■ですが、セタン向上剤を使うとコストがかかるんです。そこで炭化水素を過酸化させる、つまりOOHをくっつけちゃったらセタン価があがるんじゃないかと。実際にやってみましたら、やっぱり上がりました。

○なるほど。先回りして反応がすすみやすくしちゃったわけですね。

■そうです。一夏こえた灯油は質が悪くなるという話があるでしょ。

○はい。

■灯油っていうのは、温度が高いところに置いておくと、過酸化物ができちゃうんですよ。そういう灯油を使うとボンと火を噴いちゃったりしちゃうんですけどね。

○なるほど。灯油の場合だとやばいんだけど、ディーゼルの場合はいいんじゃないの、とお考えになったわけですね。

■そういうことですね。軽油を酸化させるために実際に、ビーカーに入れましてね、空気をブクブク吹き込んで酸化させました。

○素朴に思うんですけど、そういうのって危なくないんですか。

■普通の人がやるともちろん危ないですよ。自然発火はしませんが、火種があったらボンといっちゃいますしね。無論火種がないような状況で、上のほうは冷却してやるわけです。

○はい。

■まあそうやって酸化させて、セタン価を測ってみた。すると案の定、セタン価は上昇しました。中をみてやると、やっぱり過酸化物ができていました。過酸化させるとセタン価は向上しますよ、ということです。
 もっとも、質が悪くなっちゃうので、ガソリンスタンドで過酸化させたものを売るといったことにはならないと思います。実際には車の中、オンボードで過酸化させるような手法を取れないかと思っています。

○触媒か何かを使って?

■そうです。

○スマートなエンジンですね。その話はまたあとで伺うことにしましょう。

[08: オクタン価 ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの求められる特性の違い]

○セタン価と、CMでときどき耳にするオクタン価っていうのは相反する関係にあるそうですね。

■はい。オクタン価っていうのは、ノッキングのおこりにくさの指標です。じゃあノッキングっていうのは何かというと、未燃ガスが火炎伝播前に自然発火してしまうことをいうんです。
 ガソリンエンジンはディーゼルエンジンと違って火花着火ですね。ですので火花を点火してその火種が未燃焼のところにどんどん広がっていって燃えるんです。ところがオクタン価が低い燃料は火炎がまだ届いていないところで勝手に火がついちゃうんです。そうするとその部分で急激に温度と圧力が上昇します。それがノッキングです。燃焼を制御するためには、勝手に着火してもらっては困るんです。

○はい。

■酸化反応というのはディーゼルもガソリンも同じ様なものだと。かつ、逆の性質が求められているわけです。ガソリン・エンジンの場合は自然発火してほしくない。一方ディーゼル・エンジンの場合は自然発火しにくいとディーゼルノックが起こっちゃうんで自然発火して欲しい。このように同じ内燃機関でも違うわけです。

■ですんで、ガソリンエンジンのオクタン価の場合は、ラジカル反応を抑制するような添加剤を混ぜてしまえば、オクタン価が上がるわけです。

○なるほど。
 ガソリン・エンジンが圧縮比が制限されるっていうのも、そのためなんですよね?

■そうです。圧縮比が高ければ高いほど熱効率は高いんですけども、圧縮比を高めすぎると勝手に火がついてノッキングを起こしてしまいますから制限されるんです。これが熱効率が低いと言われる理由です。

○なるほど。

■なおオクタン価っていうのは、イソオクタンっていうものをオクタン価100とし、n−ヘプタンっていうものをオクタン価0にして、セタン価と同じように標準燃料を作って実際に測って調べます。

○分かりました。

[09: 化学反応論的に飽和炭化水素のオクタン価を推定する]

■化学反応論的に飽和炭化水素のオクタン価を推定するという研究も行いました。
 炭化水素の酸化反応を考えますと、まず水素が引き抜かれますよね。そこに酸素が付加しまして、その酸素が付加したものが、また別の水素を引きぬいていって、さらに発火が進む。これが炭化水素の燃焼反応だと考えられます。

○はい。

■この反応には、Cの直鎖と、最初に引き抜かれる水素の位置と、酸素、この3つの位置関係が関わっています。それがそれぞれどういう距離はどのくらいか、どういう状態かということで、炭化水素の反応のしやすさというのは決まってくる。そこで、それを計算で求められないかと考えたんです。それぞれを全部数え上げまして、パラメータ化しました。それを多変量解析しまして、オクタン価を仮想的に計算しました。

○どんなふうにパラメータ化したんですか。

■飽和炭化水素の炭素は

 −CH3・・・・p

 >CH2・・・・s

  |
 −CH・・・・・t
  |

の三種類に区別できます。ですので、炭化水素の中の二つの炭素の種類とその距離を記号にして、全ての炭素の組み合わせを記号化するのです。

○?

■例えば、炭素が二つの飽和炭化水素でありますエタンはCH3-CH3なんですが、それはp炭素とp炭素がとなりあっていますよね。そこで、p1pと記号化するのです。
 炭素が三つのプロパンはCH3ーCH2ーCH3なのですが、これは二つのp炭素のそれぞれ隣にs炭素があります。このことを記号化すると2つのp1sとなります。そして、p炭素とp炭素は結合(−)が二つ分の距離があります。これを記号化するとp2pとなりますですので、プロパンのパラメーターは2(p1s)+p2pとなるのです。
 このようにして、オクタン価のわかっている全ての飽和炭化水素をパラメーター化したんです。

○う〜ん。まあ計算してやるために記号化して表現したということですね。

■ええ。実際にこういうパラメータをあてはめますと、計算値と実測値がよくあうという結果になったんです。そうすると、オクタン価が分かってない炭化水素があったとしても、このパラメータさえあれば記号化してパラメータから推定もできると。そういうことができるという話です。

○ううん…。

■酸化反応を考慮して構造をパラメータ化したっていう言い方になりますかね。
 グラフ理論っていうのがありますね。それを化学に応用できないかという話がむかし盛り上がっていたんですよ。それを使って化学構造を書こうと。それを応用して数値化したんですね。で、それを使って物性を調べようという話は昔からあって、けっこううまくいってたんですよ。

○はい。

■ところがオクタン価に応用したら、あまりうまくいかなかったんです。

○でも橋本先生のはうまくいったんでしょ? それはどうしてですか。

■数え上げの方法を変えたからです。酸化反応と位置関係のあらわしかたが一致していたからです。酸化反応は、二つの炭化水素の距離と、水素との距離で決まってクルで。それが一致していたからです。それをパラメータ化したんで、オクタン価を推定するのに適していたと考えられます。

○ううむ。

■ただ、あまりに数え上げるのがめんどくさすぎるんで、もうちょっとグラフ理論とかトポロジーとかを使って、スマートなやり方で計算できないかと考えているんですけどね。そこに興味があって調べているんですが。スマートかつ炭化水素の酸化反応をちゃんと表現できるものですね。うまく表す方法があったら、ぜひ教えてほしいです。

○じゃあ興味がある人は橋本先生までメールを、ということで(笑)。

次号へ続く…。

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NetScience Interview Mail Vol.106 2000/07/13発行 (配信数:22,791 部)
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編集人:森山和道【フリーライター】
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