NetScience Interview Mail 1999/05/13 Vol.053 |
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【深尾憲二朗(ふかお・けんじろう)@国立療養所 静岡東病院 てんかんセンター】
研究:精神病理学、てんかん学
著書:『講座 生命'97』所収「死のまなざしとしてのデジャビュ」、哲学書房
『講座 生命'98』所収「他者を真似る自己」、哲学書房
○てんかんの研究者、深尾憲二朗氏にお伺いします。
9回連続。(編集部)
[27: てんかんと精神分裂病] |
○てんかんの人が精神分裂病様になるというのはなぜですか? てんかんがトリガーになって、普通の人が病気にならないようにしているものが壊れる、ということですか。それともそうじゃなくて、もっと密接に関わっているんでしょうか。
■どうしてでしょうね。それこそ僕らが一番知りたいことの一つです。
分裂病などの精神病の錯乱状態において、ドーパミン系が重要な役割を果たしているというのはたぶん当たっているでしょう。だけどそれはそれとして、心理学的に見たときに、どうして自我障害と呼ばれるような、あんなことが起こるのか。しかもみんな同じようになる。とにかく精神病というのは頻度が高いし、いったん罹ると同じことが起こってくるしね。まあ、そもそもそういうものを精神病と定義してきたんだから、当然
だという考え方もあるけども…。
○精神病というのは分類すると20だか30だかくらいに収まっちゃうですってね。その話を聞いたときに、なんだ人間って狂ってもその程度なんだあ、そのくらいしかないんだ、と思って、けっこう衝撃的だったんですけど。
■そうそう。「反精神医学」系の人たちなんかはね、精神病というのは人間の可能性なんだから、体制側に都合が悪くても、人間の無限の発展のためにはそういうものを解き放たんといかんとか言うわけですけど、むしろね、精神病こそ人間精神の有限性をいやというほど表しているものだと思う。ボトッとみんな同じ落とし穴に落ちてしまうようなものなんですよ。
○だから僕は、人間の心もやっぱり機械なんだな、と思ったんですが。
■うん、精神病理学者というのは、いまおっしゃったような意味では機械論者ですよ。だって、普遍性があると思ってるもの。「人間の精神が壊れるときには、こう壊れる」と。
これは昔、病理学が辿った道だけどね、人間は、みんな同じように壊れていくと。だから逆に人間にとってこういう機能が大事なんだ、という形で概念装置を洗練させていこうということだったんですね。
○なるほど。
■だから、いまおっしゃったような意味では、機械的な故障という考え方は合っているんです。
けれども精神病理学で扱うのは主観的な概念だけであって、それと客観的な実体を安易にパカッとくっつけてはいかん、ということなんですよ。
○ふむ。
■話がずれちゃいましたね。てんかんでどうして精神病になるのか? てんかん発作が精神機能にどういう影響を与えるか。
それには急性の影響と慢性の影響があります。慢性の影響というのは、てんかん発作を繰り返していると、だんだん知能が落ちたり、記憶が鈍ってくる。発作を繰り返すことで、だんだんと脳の組織が破壊されてくるために、精神機能に障害が起こって、慢性的な精神障害が起こってくるというふうに考えられています。実際、発作が頻繁にあると、脳波の背景活動も徐波が多くなったりして不可逆的に変化するんです。ただし、知能が落ちるということと精神病になることは同じではないですけどね。
急性の方は、発作後精神病状態と言って、てんかん発作の直後に一時的に精神病のような症状が出ることがあります。それはどういうメカニズムかというと、たとえば手が痙攣するような発作が出る人は、終わった後もしばらくその手が麻痺して使えないんです。それになぞらえられるんだけど、痙攣発作を起こした後、しばらく意識がもうろうとしている状態がある。しかもときにはもうろうとしているだけではなく、幻覚妄想状
態になって変なことを言い出したり暴れ出したりする。これは精神機能の高次の部分が麻痺しているために、高次の部分の制御から解き放たれた低次の部分が暴走している状態だと理解されています。
○ふむふむ。
■で、昔から注目されてきたのはね、その間に宗教的な体験をする人がいるんですよ、たまにだけど。そこから逆に、宗教者の中の何人かが、てんかんじゃなかったか、と言われているわけです。
てんかんと神秘体験というのは古いテーマだから、そこから新しいことを言うのは難しいんだけどね。僕も今度はそういうことを書いてみたいと思ってます。神秘体験という言い方は陳腐だからあんまり好きじゃないんですけどね。
○何のことか分からないですからね。
■てんかんから慢性精神病状態になるメカニズムについて詳しくは分からないけれども、側頭葉てんかんに多いのは間違いないんです。で、それは側頭葉を刺激したときに起こるいろいろな興味深い現象、デジャビュとかが、何か関係あるんじゃないかと思われているんですけどね。
で、そこから実はね、分裂病でも海馬がやられているとか言いだしたんですよ。80年代の後半くらいからね、MRIを使って、分裂病の人の海馬を見て、そういうことをみんなが言いだした。それが今では半分信じる、半分信じないみたいな形になっているけども、信じたい人は信じてますね。
これは、やっぱりてんかん研究と関係あるんですよ。てんかん研究の蓄積があってね、つまり精神病としてのてんかん、正確に言うとてんかんの精神症状の研究と、てんかんの生物学的な側面の研究の蓄積があって、そこから分裂病の研究などに影響がある。それで、海馬がやられている側頭葉てんかんで分裂病のようなことが起こるんだから、分裂病の海馬はやられているんじゃないか、という発想が生まれたわけです。えらく単純だけど。
○なるほど。
■もう一つ関係ありそうなこととしてはね、側頭葉てんかんの患者さんの中には、「粘着性」の人がいるんですね。粘着性というのもなかなか説明しづらい概念なんだけど、実際にある性格の障害の一種なんです。たとえば、何か気に入らないことがあって、その理由を説明された場合なんかに、なかなか納得しなくて怒り出す。それでどんどんエスカレートして、暴力的になっちゃう。患者さんが発作を持っている上にそのような性
格障害も出てきて扱いにくくなると、家族が困り果ててしまうんですよね。これは実際には側頭葉てんかんに限らないけどね。
最近の一般向けのてんかんの本には、てんかんの性格障害のことってあんまり書いてないんですよね。これにはね、いろいろ事情があるわけですよ。てんかん患者で精神病症状を現す人は一部なのに、福祉行政などにおいて、てんかんが精神障害として扱われていることに対して患者団体が批判的だということがあるんです。
○ははあ。
■でも実際ね、患者の家族達は、患者の性格障害のために困り果てている場合も多いんですよ。どうにもこうにもならないと。なのに、てんかんは性格障害を引き起こすことがある、とあまり大っぴらには書けないんですね。
○でも一方で、情動と側頭葉てんかんの間には関係があるわけでしょ。患者の家族からすると、どこからどこまでがその人のもともとのパーソナリティで、どこからどこまでがてんかんによるものなのか分からないですよね。
■そうなんですよ。だからよく家族から「病気のためなんでしょうか?」って質問されるんです。
他にもね、子供のころからてんかんだったんだけど、十何歳になってから精神病になったと親が言ってくるわけですよ。そういう場合、二つの病気を持っていると、そう理解している親もいるんです。
○ああ、なるほど。実際にはてんかんによるものなのに、ということですか。
■もっと症状がはっきりしない場合はね、「この子を病気だからといって甘やかせすぎたからこうなった」と思う親も多いわけです。
さらにね、それを扱う医者によって言うことが違うわけです。
○はい?
■残念ながらね、てんかんって子供のときに発症することが多いから、まず小児科医が診ることが多いんです。小児科医はね、精神症状についてあまり診ないことが多いんですね。第一、そういう精神病的な症状が出てくるのは思春期以後だから。最近わがままになってきました、扱いにくくて困りますとか言っている頃に小児科医の手を離れるわけです。そして精神科医のところに来るときには立派な精神病になっていることが少なくないわけです。
[28: てんかんと性ホルモン] |
○てんかんと性ホルモンの間に関係はあるんでしょうか?
■あ、どうして?
○いや、どうなんだろうかと。いま「精神病的な症状が出てくるのは思春期以後だ」とおっしゃいましたよね。よく精神病でも思春期になったときに多く出てくるのは、性ホルモンがバーッと出てくるせいでレセプターが揺れるからじゃないのか、という説があったように思うんですが。漠然とそうじゃないのかなあ、とみんな思っているだけなんでしょうけど。てんかんはどうなのかなあ、と思って。
■うーん。性ホルモンと関係がどうこう、というのは聞いたことがないですね。ある特定のてんかん症候群の罹患率には男女差がありますけど、側頭葉てんかんにはないしね。
だけど患者さん自身は女性の場合、「生理の時にてんかんが起きる」としきりに言うね。この生理の前後にてんかんが起きるというのは、入院したら意外とそうじゃなかったりするんだけれども、一部の人にとっては真実なんですよ。
○一部の人にとっては?
■このことに関係ありそうなのはね、「若年周期性精神病」というのがあってね。それは、主に若い女の人で、月経に関係して、精神病になるんですよ。それ以外の時は全く普通の生活ができるんだけど、生理が近づいてくると、おかしくなって、変なことを言い出したりする。そして往々にして神秘的な体験、神様と出会ったりするんです。しかもそういう人はね、たいてい脳波にも異常があるんですよ。だから精神病の中でも、特にてんかんに関係が深い病気だと、みんな思っているんです。
○ほほう。
■だから、女の人の月経周期に関係して発作が出やすいということは、てんかんだけに限ったことじゃなくって脳の状態が事実変わるからなんですよ。もっと軽い場合、生理の時にはいらいらするとか、万引きしたくなるとか、言うじゃないですか。それがひどい人は、脳波も変わって、人格も変わって、錯乱すると。
○昔の巫女さんとかには、おそらく…。
■そうそう。そういう人が多かったんじゃないかと思います。
てんかんの人の場合は、生理によって脳の状態が発作が起きやすい方に変わってしまうということだと思います。その変化には当然女性ホルモンが関わっているということになるでしょうね。
[29: 非定型精神病、粘着質、強迫神経症] |
○ふうむ。この辺の話は、どれも分からないけれども、どれも興味深いというか、どれもこれも、お互いちょっとずつ関わりあっているような気がしますね。
■ええ、そうなんですよ。
○たぶん、全然無関係のものっていうのはないんでしょうね。
■そうだろうと思いますよ。
たとえば、脳波に異常が出る精神病を指してね、「非定型精神病」という言葉が使われることがあるんですよ。非定型というのは、もともとは分裂病でも躁鬱病でもない、という意味なんです。どちらとも似たところがあるんだけどどちらでもない第3の精神病という意味で非定型精神病と呼んでいるわけですね。
で、この病気の患者さんが幻覚妄想状態になる際には宗教的なニュアンスの強く出ることが多いんですよ。神様が乗り移った、みたいなね。非定型精神病はてんかんとは違うわけだけれど、脳波に異常が出ることと、神秘体験・宗教体験が起こりやすいことから、てんかんともやっぱり近い病気じゃないかなあと思いますね。
○何らかの形で…
■関係がある。そこまでは、みんな考えているんです。
さっき言いそびれたけど、僕の診たてんかん患者で非常に印象的な人がいてね。入院していてある朝、起きてくるなり、「治った!」というわけですよ。自分は病気が治ったからもう帰る、と。
「どうして治ったと分かるの」と聞くとね、神様みたいなのが現れ
て、治った、と言ってくれたというんですよ。その人は別に知能が低かったり、妄想だらけで全然話ができないような人じゃなくて、いつもは普通の人なんですよ。でもその確信が、ものすごく強いんですよ。
だから、普通の人にはあり得ないような神秘体験、啓示の体験をするみたいですね。
おそらく、これは推測ですが、寝ている間に発作が起きて、それが特殊な夢のような体験として残ったんでしょう。それで変な納得をしてしまうと、なかなか修正できないんです。
○「納得してしまう」…。
■僕はこれとね、おそらく粘着性とは裏腹な関係にあると思っているんですよ。粘着性というのはさっき言いましたが、とにかくしつこい、くどい性格ですね。おそらくこれはね、「納得できない」んだと思うんですよ。さっきデジャビュはcognitive seizureだという言い方は気にくわんと言ったけども、一理あるとは思うんですよ。
つまり「認知」という言葉をどう捉えるかなんだけども、「しっくり」くるっていう感じね。これがたぶん欠けているんですよ。
○強迫性障害との関係はどうなんでしょう?
■うん、だから強迫性と粘着性って、たぶんすごく近いんです。
○強迫性障害は「心のチック」だ、という書き方がされていた本があったんですけども(『手を洗うのが止められない』晶文社)、そのcognitive seizureという言い方と、なんだか共通点があるなあと。
■そうそう。強迫と粘着は、同じことを何度も何度も確認する、っていう点では同じですよね。強迫性障害もフロイトが言っていたような強迫神経症と、明らかに脳が障害されている行動異常によるものとは、違うと思うんですよ。
○あれはきっと、「ここで終わり」というプログラムだかなんだかが欠けているんでしょうね。プログラムという言い方は、あんまりよくないと思いますが。
■「これで終わり」っていうか…。しっくりくるとか、納得する、ということ。これはまったく主観的な言葉使いですけど、僕自身はいまそれに拘っているんですけどね。しっくりこないんじゃないのかなあ。
逆にね、発作が起きたときには、極端にプラスになるんですよ。その為に、自分の願望が反映された幻覚を見たりして、病気が治ったと思いこむと、修正が効かないんです。いつもはマイナスなんだけど、発作の時には逆転してしまうと。
○ふーむ。
■それはSPECTという検査法で血流を見てやるとね、いつもは発作の焦点というのは血流が低いんですよ。それが、発作の時にはバーッと上がって行くんです。そういうことにも対応しているんじゃないのかな。
○すいません、確認ですが、血流が増す時って、血流が増すから発作が起きるんですか? それとも発作が起きるから血流が増すんですか?
■発作が起きると血流が増すんです。
○じゃあ、そういう信号を出しているわけですか、発作を起こした細胞群が。
■うん。何らかの信号なんでしょうね。たとえば手を動かすと脳の中で対応している部分の血流が増しますからね。その延長上とも考えられますね。でもすごく極端ですよ。いつもは血があんまり行ってないところが、バーッと赤になっていくんです。だから脳の持っている、血流の自己調節の機能の延長上のものかもしれない。とにかく結果ですよ。
[30: 左右性の問題] |
○左右性の問題はどうですか? てんかん発作のラテラリティというのはあるんですか。
■もちろん、右の脳で発作が起きると左半身に身体症状が出たり、ということはありますよ。でもそれより僕が興味があるのは側頭葉の左右差ですね。デジャビュみたいなものを起こす発作は、8割か9割が右ですよ。
○ふーむ。
■最近、MEGのデータで左右を分けてみたらね、面白いことが分かったんですよ。
側頭葉てんかんに精神病が多いと言うことは昔から知られているし、右の側頭葉てんかんで、デジャビュとか、世界の見え方が変わってくるとかいった、精神的な前兆が多い、ということも、昔から言われていたんです。で、精神病は、少し左の側頭葉てんかんに多いということも昔から言われています。それをMEGでやってみたら、面白いことが分かったんです。
○どんなことですか?
■MEGで見ると、スパイクの双極子を、少なくとも二つに分けることができるんです。側頭葉内側のタイプと、外側のタイプです。で、内側タイプを全部取ってしまって、外側タイプだけを残すとね、左右差がはっきり出たんです。つまり右が精神発作、左が精神病のエピソードに対応していたんですね。
○それはつまり?
■つまり、右は正気なんだけどおかしな体験ですね、デジャビュのような。左だと何がなんだか分からなくなる。右の脳で発作が起きたときは、自覚ができるんですよ。
それは、ガザニガの言う「解釈モジュール」が左脳にあるからだと思うんです。右で起こっていることを左で解釈するんで、これこれこういうことだと解釈できるんじゃないかと。ところが左で発作を起こしてしまうと「解釈モジュール」が発作に巻き込まれて機能停止するから、自覚できなくなって何がなんだか分からなくなるんじゃないかと思うんですね。
○「解釈モジュール」ですか。
■僕は、精神病の本質は自我が障害されることだと思っているんです。で、その自我という機能は、やっぱり左脳に局在してあるんじゃないかと。これまで話してきたことから僕が局在論的発想を好きでないことはお分かりだと思いますが、これは自分のデータが支持しているだけに認めざるを得ないんです(笑)。
○次号へ続く…。
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