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2001/05/24 Vol.144
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【安藤寿康(あんどう・じゅこう)@慶應義塾大学 文学部 助教授】

 研究:行動遺伝学
 著書:『遺伝と教育 人間行動遺伝学的アプローチ』風間書房
    『心はどのように遺伝するか』講談社ブルーバックス
    『ふたごの研究』共著、ブレーン出版
    そのほか

○行動遺伝学の研究者、安藤寿康さんにお話をお伺いします。
 遺伝と環境、その相互の関係はどのようなものなのか? 遺伝的であるとはどういう意味か? 安藤氏は、ある形質が遺伝的であるからといって、決まっているわけではないと言います。では「決まっている」とはどんな意味なのか? そのあたりを伺いました。(編集部)



前号から続く (第4回)

[10:「決まっている」とは ]

○ところで、先生は「決まる」っていうことを無批判に使ったらダメだと。でもそれはやっぱり言い方の問題で、「決まってる」といえば「決まってる」わけじゃないですか。──って、いうこともダメなんですか?

■それを自覚して、敢えて使ってきて、そこを論じるならば、もちろんいいですよ。

○ええ、でも素朴な話としてね、我々が親と似てるってことは主観的な経験としてあるわけじゃないですか。もちろん、同じ家に住んでいることが多いわけだし、環境や教育の影響がいろいろあるにしても、それは頭のなかで分かったうえで、考え方とかやっぱり似ているねってことは知ってるわけじゃないですか。
 たとえば、遺伝の影響が年齢を経るに従って大きくなるっていう話にしても、やっぱりみんな経験してると思うんですよ。年取るに従って体格や外見が親に似てくるっていうのは、それこそみんな日常的に知ってるわけだし。あれは「行く先はあっち」って決まってるから、途中の道のりがどうあれ、結果的にだいたい似てくるって話でしょ。
 だから何となく納得、理解してしまう。それで「決まっている」って書き方をしてしまうってこともあると思うんですが。

■うん。でも「決まってる」っていう言葉が縛る力って、すごく大きいじゃないですか。

○ええ。

■僕は音楽が好きなんで音楽に例えるんですけど、モーツァルトはモーツァルトなんですよ。どうやってもショパンにはならない。いわばモーツァルト性は決まっているんですけど、あのなかでどれだけいろんなことができているか。

○非相加的遺伝や、「遺伝しない遺伝」の話もありますしね。

■ええ。だからそういう意味で、「決定」という言葉は極力使わないようにしようと。「日経サイエンス」の対談では養老さんにも言ったんですけどね(笑)。

○ああ。『養老孟司・学問の挌闘』(日本経済新聞社)にも収録されている対談ですね。養老さんは「決まっている」って言いたがる人ですからね。そういう面で彼が言っていることはいつも分かりやすい。だから受けるってこともあるんでしょう。
 たぶん、われわれ人間が単純なところに落とし込んでものを考えがちなのは、それが進化的に適応だったからなんでしょうね。

■そうだと思いますよ。ものすごく情報をコンパクトに処理しやすくなりますからね。

○圧縮率が高いわけですね。
 決まってる決まってないの話に戻りますが、確かに、言葉どおりというか、言葉だけの意味で「決まっている」というと、それこそショウジョウバエの本能的行動が決まっているように決まっているかのような感じがしますよね。でも、そんな意味で人間の心が決まっていると思っている人はいないと思うんです。
 ですが、その一方で、一般的に、たとえば僕らは女性を見てパッと女性だと分かるし、そのあと色んなことを考えるわけじゃないですか。

■つい、よからぬことを考えたりね(笑)。

○それは決まっているわけですよね。それこそ本能的な行動、情動として。

■そうですね。

○それが及ぼす影響って圧倒的じゃないですか。人間の場合でも、本能的欲望が心に及ぼしている影響はあまりに大きい。社会って、基本を見てみると、お腹が減ったとか眠いとか、欲情したりとか、そういったことで駆動されているものばかりでしょ。
 また「要するに」っていうなと怒られちゃうかもしれませんが、僕が知りたいのは、そういう圧倒的に決まっているなかで、われわれの自由度ってどこからどこまであるんだろうと。本当の意味で決まってないことってどこからなんだろうとか──自分でも、考えていることをあまりうまく言えないんですが…。

■はい。それは、そうですね……。どうやって言いましょうかね。
 たとえばIQって、遺伝率が50〜60%と言われているんです。ということは、6割は遺伝するけども、4割はそれ以外。自分の思うとおりに変えられるかどうかはちょっと別としても、遺伝以外でも変えられる部分は大きいわけです。
 IQの標準偏差は15あるんですね。つまり±8〜10くらいは動き得ると。これ、そのくらい変わるとですね、ちょっと語弊がある言い方を敢えてしますが、人間変わって見えるんですよ。おっ、ちょっと冴えてきたじゃん、って感じにね(笑)。

○なるほど。確かにそれだけ変わればね。

■だからその程度は変わりうる。ある程度、量的なニュアンスを掴もうとすると、こういう感じです。でもIQ80の人が120になるっていうのはちょっと難しい。それは確か。そういう意味では決まっているのかもしれない。

○ふむ……。

■僕は、どう頑張ったってアインシュタインにはなれない。

○うん……。難しいですね。
 たとえば性格に関しても、仮に「怒りやすい」という心的形質があるとしますよね。そんなものが本当にあるかどうかや、量的に測れるかどうかは別として。それを自分で、どの程度変えられるのかとか。僕らの気分なんて、それこそコーヒー一杯飲んだら変わっちゃうわけじゃないですか。遺伝子は、そこにどのくらいどんな影響があるのか。今後そこは行動遺伝学の課題になっていくんでしょうか。

■かもしれない。

[11: 行動遺伝学の応用?]

○いまのところ行動遺伝学では、量的な形質を測っていきましょうという方向にあるわけですよね。

■はい。

○そのなかでいきなりIQっていうのに行っちゃった、っていうのもスゴイ話だなあと思うんですけども…。

■いや、IQっていう物差しがあったからっていうことなんですよ。
 方向性で言うとですね、いくらコントリビューションが小さいものであったとしても、攻撃性向とか音楽の才能とかに関わってくる遺伝子が見つかってきたとしたら、次の段階は、その遺伝子は何を作っている遺伝子で、最終的には何に効いているのか、神経生理的な問題になるのか身体的な問題になるのかは分かりませんが、とにかくそれがどういうファンクションを持っているから、結果としてIQだとか音楽の才能だとか気質だとかに関わってくるということを、もっと具体的にやるようになるでしょうね。
 そうなるとIQなんていうレベルではなくて、たとえば外界の刺激に対する反応の敏感さだとか、情報処理能力が他の人より1ステップ分高いだとか、もっと違った概念で記述できるようになるでしょうね、おそらく。

○なるほど。

■しかもそれが、かくかくしかじかだからとちゃんと言えるようになる。

○相関がある遺伝子あるいは遺伝子群を見つけだして、そのあと因果関係を突き止め ていくと。たぶんそれは、具体的な細かい表現型でも言えるようになると。

■そうです。

○中込弥男氏が、『遺伝子できまること、きまらぬこと』(裳華房)のなかで、かなりきついことを書いてますよね。無酸素登頂の遺伝子がありますと。それをマーカーにしてマラソン選手を選抜すれば、短期間で能力が伸びるか伸びないかが分かる、と。

■ええ。

○そういう形になっていくと思われますか? 今後、そういったことがどんどん分かってくると思いますが。たとえばスプリンターのなかには、あるタンパク質を作る遺伝子を持っている人が有意に多いです、といったことが出てくるでしょう。これはやっぱり、人間をスクリーニングするような方向じゃないかと思うわけで、やっぱり優生学的なるものへの不安があるんですが。

■ただ、ですね。それは、現在やっていることと変わらないんですよ。現在は遺伝子型で選抜やってるわけではなくて、表現型でやっているわけです。でもね、より信頼性が高いのは表現型だと思うんですよ。

○なるほどね。遺伝子持っていても発現するかどうかも分からないし…。

■そう。いちいちマーカーなんか見なくても、既に発現しちゃってるほうを見たほうがいいでしょう。逆に、「隠れた素質」っていうのを見いだすことができるかもしれないですけどね。でも、その素質は出てこないかもしれないでしょ(笑)。

○そうでしょうね。それこそ、多遺伝子の形質だと、あっちの遺伝子が発現しないとこっちも発現しません、っていうこともあるでしょうしね。

■ええ。だからね、選抜するんだったら遺伝子型よりも表現型を使ったほうが良いんです。
 と、僕は言うことにしてます(笑)。

○なるほど。
 それでも、やっぱり不安に思っちゃうんですよね。家畜だと、それこそ何かの遺伝子を見つけて、それをマーカーにして優秀な肉質のウシを掛け合わせてどうこう、といった話が普通に出てるわけじゃないですか。

[12: 遺伝子の存在論、生命現象としての心]

■うん。だからこそね、僕は「遺伝子の存在論」を書きたいと思ったんですよ。
 今のようにね、遺伝子を何かのための道具として見なしてはいけない。遺伝子というのはそういう存在物ではない。

○どういうことですか?

■モノ対生き物、物質対生命っていうカテゴリーっていうのは、DNAみたいなものが知られていなかったときの分け方だと思うんです。だけどDNAっていうのは、その存在自体は非常にモノ的なんだけど、生命を作っている「そのもの」でもある。
 でも僕たちはそれをモノと同じだと見なして道具化してしまう。材料として扱ってしまう。そういうことをやってしまうんだけど、それはまずいんじゃないかと問わなければならない。
 だから今までとは違うカテゴリーで、遺伝子っていうものを捉えないといけないと思ってるんです。

○モノと生命の中間?

■中間ではなく、全く新しいカテゴリー。

○……。

■遺伝子って、よく「情報」って言われるじゃないですか。それもね……。
 おそらく物質っていう概念が根本にあり、そして18世紀くらいからかな、エネルギーっていうのが出てきた。そして今世紀に入って情報ということが言われるようになってきた。我々はそういった概念でしかモノを捉えられていない。遺伝子にしても物質として見るか情報として見るかしかしてないけども、たぶんそうではない。生命そのものとして遺伝子を見なくてはならない。

○じゃあ、生命っていうもの自体を、もう一回考え直さないと。

■そうです。そういうことです。
 遺伝子というのは生命側に入っているものだから。情報っていうのは生命が作り出したものだけど「生命そのもの」ではない。

○はい。

■我々は生命を情報に置き換えて考えていこうとしてるけども、きっとそうじゃない部分がある。遺伝子っていうのは、そういう生命カテゴリーの根本に入るものなんだから、物質概念で扱っちゃいけないんじゃないかということを書こうとしていたんです。

○ふむ……。

■道具化しちゃいけないとか…。じゃあコシヒカリを作っちゃったのはいけないことだったのか、霜降り牛の遺伝子を探索するのはどうなのかとか…。

○『DNA伝説』(紀伊國屋書店)でしたっけ。あの本のなかで、研究者がDNAをモノとして扱っていることが批判されていたような気がしますね。そういう感じがおありですか?

■そうですね。行動遺伝学をやっているのは、決して人を遺伝的に操作したいからやっているわけではなくて、自分の心だって自分の遺伝子が生み出した生命現象なんだっていうことなんですよ。心を生命現象として扱えるってところに面白さがあるわけですから。特に文科系の学部にいると、そこが非常に新鮮だったんですね(笑)。

○ほう。そういうものですか。やっぱり、心とは生命現象というよりは、社会的に生成されるものである、といった見方が文学部では圧倒的ですか?

■圧倒的ですね。この領域では。

○なるほど。

[13: 教育万能から行動遺伝学へ ]

○先生が行動遺伝学をおやりになろうとお考えになった経緯は? 大学ではどういったことを…。

次号へ続く…。

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