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2001/05/10 Vol.142
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【安藤寿康(あんどう・じゅこう)@慶應義塾大学 文学部 助教授】

 研究:行動遺伝学
 著書:『遺伝と教育 人間行動遺伝学的アプローチ』風間書房
    『心はどのように遺伝するか』講談社ブルーバックス
    『ふたごの研究』共著、ブレーン出版
    そのほか

○行動遺伝学の研究者、安藤寿康さんにお話をお伺いします。
 遺伝と環境、その相互の関係はどのようなものなのか? 遺伝的であるとはどういう意味か? 安藤氏は、ある形質が遺伝的であるからといって、決まっているわけではないと言います。では「決まっている」とはどんな意味なのか? そのあたりを伺いました。(編集部)



前号から続く (第2回)

[05:ワーキングメモリ、事象関連電位、そしてIQ ]

■ちょうど僕が書いている論文は、知能っていうかな…。ワーキングメモリーってありますよね。

○はい。

■ワーキングメモリーといわゆるIQは、かなり高い相関がある。人によっては、いままでIQって言われていたもののほとんどはワーキングメモリーの効率性で説明できるんじゃないかという話がある。で、そのワーキングメモリーと、脳波の、事象関連電位ってありますよね、あれのいくつかのコンポーネントもやっぱり相関してるんです。
 ということがそれぞれ分かってるんです。そこで、双子の人にIQテスト、ワーキングメモリーテスト、それから事象関連電位を取って、血液も採って、そうすると、ある特定の遺伝子っていうのが、事象関連電位のあるコンポーネントに関わってきていて、それがワーキングメモリーに効率性に関係があって、それが結局IQに関わっている、ということが言えるようになれば、IQと遺伝子っていう、かなり離れたものの間の生理的指標っていうかな、IQみたいなおおざっぱなものじゃなくて、もうちょっとはっきりした情報処理プロセスであるワーキングメモリーみたいなものっていうのの、媒介をちゃんと押さえて説明できるようになるんじゃないかと、いま私たちとオーストラリアとオランダのグループで、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムっていうのを取ってやってるんです。

○なるほど。

■そのなかで、ワーキングメモリーっていうのは言語性と空間性で構成されるんじゃないかと。おそらく共通の遺伝要因もあるんだけど、別の遺伝要因、具体的にはよく分からないんだけど、遺伝子の違うセットが関わっていて。だから与えられた環境が違うから違う反応をしてるんじゃなくて、頭の脳の中で、ていうか遺伝子のなかで、空間的な部分を司る個人差、それから言語的な部分の個人差っていうのが独立に関わっている可能性がありそうだぞ、という論文を書いているんです。

○ワーキングメモリーを測るっていうのは、具体的には? 何をどう見て測るんですか。

■我々の領域ではオーソドックス、スタンダードな課題があるんです。文章を聞かせ得たり、図形を見せたり。文字を見せて、鏡像か正像かを判断させたりするんです。5×5のドットのなかに一つターゲットがあって、その場所を覚えさせておいて、新しい文字を見せて、また場所を覚えさせたりするんです。要するに頭のなかで情報処理をさせながらモノを覚えるという課題を与えたりするわけです。

○なるほど。

■事象関連電位は単純で、ターゲットが出てきた場所を覚えといてもらって、キューが出たらその場所をポッと触ってもらうと。そのときに現れるP300とか見るわけです。

○特定のものを見たときに出てきたりする脳波を見ると。

[06: 「結局」という言葉は使うな]

■まあそういう段階で、私がなぜいまここにいるのかなんてことは、とてもとても議論できる段階じゃないですね(笑)。

○でも、いままでのお話だけでも拒絶反応を起こす人はいそうですよ。

■ええ。

○僕とかでよければいくらでも被験者になりますけどね(笑)。

■うん、だからね、相変わらず、僕らみたいなのは優生学だ、ってレッテルを張られてしまいがちじゃないですか。

○そうですね。ていうか、「結局、それは優生学に繋がるんじゃないの?」っていう批判じゃないですか、多いのは。

■そう。

○たとえば、先生が『心はどのように遺伝するか』のなかで最後にお書きになっている、<水路モデル>ってありますよね。

■ええ。

○僕らが色んな人にこの本の内容を説明するとですね、だいたい、かなりの人は、心が遺伝するっていうのは納得するんですよ。「体質が遺伝するのと同じでしょ」っていう感じでね。
 で、水路モデルっていうのは、まあ、人生を球に例えていろんな尾根や谷のある山を転がすと、どの尾根や谷を越えるかまでは全く予想できません、って話ですよね。それと同じように、遺伝だからといって決まっているわけではない、と。

■そうです。

○でも、いわば、「一番最初にどっち側に転がりやすいか」は決まってるわけじゃないですか。確かにどの尾根を超えるかは分からなくても、どういう尾根や谷があるかも決まってる。「じゃあ、結局は決まってるんじゃないの?」っていう話が出て来ちゃうんですよね。

■ああ。問題はですね、その「結局」ってところにあるんですよ。

○つまり「結局」って言うなと。そういうことですか。

■そうです。そこには絶対に、オープンなマインドでいなくてはいけない。結局そうだろ、っていうのはですね、たとえば結局犯罪者は犯罪を犯すだろ、っていうように、どんどんどんどん意志決定を単純化してしまって、行き着くところは殺しちゃえ、子ども作らせるなよというところにいっちゃうわけです。だから物事を単純化しちゃいけない。単純化せずに捉えるためにはどうすればいいかという問題なんですよ。

○「要するに」とか、「結局」とか言っちゃいけない。

■そう。

[07: 優生学と行動遺伝学 1]

■去年(2000年)、シンポジウムがありましてね、それを受けて私も優生学についていろいろ考えてるんです。やっぱりラベリング、言葉使いの問題が重要でね。僕は「決まってる」っていう言葉は使わないし、授業でも「決まってる」っていう言葉を無批判に使ったら、それだけで採点しないぞ、って言ってるんです(笑)。ハエとかならいいんですけどね、人間でそれをやっちゃあダメです。

○いやあ、僕は「要するに」ってよく使っちゃうタイプなんですよね。しかも人をパターン分類するらしい(笑)。それは僕の性格なんですけど。

■性格は実在しない(笑)。

○自分でそう思いこんでるだけですか(笑)。
 ま、冗談はさておき「ものは言いよう」ってところですよね。現象は現象として一つしかない。でも、僕らの見方そのものが、「ものは言いよう」っていう部分にすごく引きずられる。しかも人間は、類型に落とし込めてモノを見やすいんじゃないかと。優生学関連の歴史の本をいろいろ読んだりすると、すごくそういう感じがしますよね。

■そう。

○しかも、歴史上、ほとんどの人が悪意があったわけじゃなくて、善意で優生学に突入してるんですよね。

■そうそう。パラドックスなんですよ、優生学は。
 僕はね、優生学って論理的には絶対に論破できないんじゃないかと思ってるんですね。よりよいものを求めるという人間の崇高なパッションが生み出したおぞましいものが優生学なんですよね。だからそう簡単には崩すことはできない。

○うん。

■僕は教育学の人間ですが、教育なんて、いちばん優生的ですよね。悪い奴をよくしちゃえ、てわけですから。しかも教育の名の下にそれは美化される。これは優生学の歴史のパターンそのものでしょ。どこが違うんだと。環境を通じてやるから違うの?遺伝子を変えなければ優生学じゃないの? 実は同じ構造なんですよね。

○ええ。

■どこが悪いのかっていうのはすごく難しい問題。

○で、どこが悪いんでしょう。

■どこが悪いんでしょうって言われたら、一つは、まず「遺伝子不可侵主義」というのがありますね。環境を通じて同じことができるんだったら遺伝子は変えるなと。

○ええ。

■もう一つは、別に望ましくなくてもいいじゃないか、という開き直りです(笑)。

○まあ、そうでしょうね。
 今年(2001年)の2月に出た本で、『
失語の国のオペラ指揮者』(ハロルド・クローアンズ/早川書房)っていうのがありますが、あれを読んでると、パーキンソン病になるのは人間だけだと。パーキンソン病は黒質の出来がちょっと悪い人がなるんだと。そういうのは、動物の場合は淘汰されちゃうんだけど、人間だけは黒質の出来なんてのは淘汰に引っかからないから残ってきたんだと。そういう書き方がされてたんですね。

■ああ、なるほどね。そうでしょうね。

○そう、理屈の上では確かにそうなんだろうけど。
 これに対する反論は、望ましくなくてもいい。確かにそれしかないような気もするんですよね。開き直りといえば開き直りですが。ヒューマニズムですよね、いわば。

■うん、でもそんなに崇高なわけじゃなくて、誰でもやってることですよ。誰でも日常的に考えてることだし、誰でも自分のことをどこかで納得させてるわけですよね。

○ま、妥協ですよね(笑)。
 でも一方で、優生学の根本は、先ほども仰ったように、これまた人間の普遍的欲望にあるわけじゃないですか。自分の子どもを良い環境、良い条件で育てたいと思うのは親だったら当たり前だし。そういう心が根本にあって、優生的思想は、そこから出てきている。だからそれを消し去るのは不可能に近いんじゃないかと。

■ええ。

○じゃあそれを踏まえた上で、今後どうなるのか、あるいは何ができるのか、どう考えるべきなんだろうかと。やっぱりそのまま考えると、『複製されるヒト』(翔泳社)でリー・シルヴァーが書いているような、ジーンリッチだとかジーンプアだとかいった形にいっちゃうんじゃないかと。

■それってどのくらいリアリティがある話だと捉えてます?

○え? 100年後くらいだったら、技術的には全然可能じゃないですか?

■でも、全員がジーンリッチになるってこともあり得るじゃないですか。

○全員が、ですか?

■うん、全てが均一になると凄く弱いモノになっちゃうから、ある程度の多様性(豊かさ)を保った上でね。その上で、極端に社会を破壊するもの、犯罪者とか、育てるのにもの凄く大変な人を作らないようにするとか。遺伝的に本当の意味で理想的な状態を作ると。そういうことは確かに考えられるけど、本当にそういうことって起こりうるんだろうかと。

○バラエティの問題に関しては、どういうものが流行るかじゃないかと思ってるんですけどね、僕は。なんだかんだいっても、経済原理が結局勝っちゃうんじゃないかと思うんで。だから多様でいきましょうよという流れが流行れば、多様なままだと思うんですよね。
 でも、可能かどうかということだけでみれば、家畜をみればできるのはできるんじゃないですか? 動物でできることがヒトだけ例外のはずがない。

■うん、技術的には可能だと思うんですよ。

○そう思われますか。たとえばおとなしい人間を掛け合わせていくと、だんだんおとなしくなるとか、そういうことは人間でもできると。

■できるでしょうね。

○人間、っていうよりは、ヒトっていう生物で見た場合ですね。

■そう。

○でも、こういう考え方や、こういうことを考えるということそのものに、すごい心理的抵抗がある人も多いんじゃないかと思いますけど。

■ええ、僕もすごく抵抗があります。頭のなかで可能だということと、実際は別ですから。  だから僕は、いかにしてそれをさせないようにするかということを考えないといけないと思うんです。僕は遺伝をやってますが、優生学者ではないですから、いかにして反優生思想に持っていくかということを考えたいと思うんです。

[08: 優生学と行動遺伝学 2]

○ええ。ただ、反優生学の人が結局、優生思想に利用されるということもこれまた多かったわけじゃないですか。優生学っていうのも実体があるわけじゃない。概念ですよね。本当に優生的にやっていこうと思って優生思想をやってた人はほとんどいない。でも、後世から見ると、反優生的にやろうとしていた人が、優生学に手を貸すような形になっていることが非常に多い。あとから見ると、ですけどね。

次号へ続く…。

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NetScience Interview Mail Vol.142 2001/05/10発行 (配信数:25,169 部)
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