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2001/04/26 Vol.141
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【安藤寿康(あんどう・じゅこう)@慶應義塾大学 文学部 助教授】

 研究:行動遺伝学
 著書:『遺伝と教育 人間行動遺伝学的アプローチ』風間書房
    『心はどのように遺伝するか』講談社ブルーバックス
    『ふたごの研究』共著、ブレーン出版
    そのほか

○行動遺伝学の研究者、安藤寿康さんにお話をお伺いします。
 遺伝と環境、その相互の関係はどのようなものなのか? 遺伝的であるとはどういう意味か? 安藤氏は、ある形質が遺伝的であるからといって、決まっているわけではないと言います。では「決まっている」とはどんな意味なのか? そのあたりを伺いました。(編集部)



○今回のお話のテーマは行動遺伝学。私はいくつか自分の自由にできる媒体を持っているんですが、今回のテーマは行動と遺伝ということで、ちょっと議論を呼びそうだなあと思ったので、一番誤解が少なく読者に伝わるやり方はやっぱり長文のインタビューだろうと考え、この媒体を選びました。<インタビュー・メール>だと紙幅の制限もありませんし。本日はよろしくどうぞお願い申し上げます。

■こちらこそ。「心も遺伝する」というと、すぐに遺伝による決定論だとか、運命論だとか、そして優生学の再来であるかのように言われることが多いんですが、そうではないんです。遺伝=決定ではない、ということをお分かり頂きたいと思います。私の授業では「決まっている」と書いたら採点しないことにしてます。

○だそうですね(笑)。まあ、遺伝するのは表現型でもなければ遺伝子型でもなくて個々の遺伝子に過ぎない、という大前提が、なかなか普及してないからでしょう。
 ブルーバックスの『心はどのように遺伝するか』でも、「どこまで」ではなく「どのように」にこだわったとか。

■ええ。独り相撲かもしれませんが、つまりhow muchではなくhowを問題にしようと。  第一「ここまで遺伝」などという線が引けるもんではない、というのが生命におけ る遺伝の本質ですから。どこまでも遺伝、そしてどこまでも環境なんです。

○そこをもうちょっと詳しく御願いできますか。

■問いとして意味があるのはいずれもが「どのように」なのだ、というわけです。レトリックみたいですが、この問題設定はわれわれの領域では昔からのスローガンだったんです。ですが、まだまだなかなかそれが十分ではない、でもそれを意識してんだぞーという意気込みをタイトルに込めたつもりです。

○ふむ。私個人は「遺伝する」ことと「決まっている」ことが全くの別物だということは把握しているつもりですが、いま先生が仰った部分に関しては、いま一つはっきりしません。奇しくも先生はレトリックみたいだけどと仰いました。僕は行動遺伝学があるていど統計的な手法を用いている限り、「どこまで」の呪縛から逃れられない気もしているんですよ。
 今日はそのへんについて、徐々に、いろいろお伺いしたいと思います。

[01: 「遺伝する」イコール「決まっている」わけではない]

○「遺伝する」っていうことは「決まってる」っていうことじゃない、っていうのが、先生がやっぱり一番言いたいことですか。

■うん。ブルーバックスの本も『心はどのように遺伝するか』じゃなくて、本当は『心はどのように遺伝的か』にしたかったんですよ。

○ははあ。

■「遺伝する」っていうと伝達するっていうイメージしかないけど、「遺伝的な部分」には伝達しない部分もある。遺伝子そのものは伝達するけど表現型は伝達しない。新しいものが組み合わさって、新しい表現型ができることもある。

○違う部品と違う部品が組み合わさって、全く新しいのが生まれることもあると。「非相加的遺伝効果」の話ですね。
 先生の本のなかでは、美男子の顔のパーツと美女の顔のパーツをばらして組み合わせても美人になるとは限らない、全く違う印象の顔が生まれる、という例え話が分かりやすかった。

■そう。相加的、つまり足し算にならない遺伝もあるわけです。これは遺伝しないけど遺伝的でしょ。そこまで含めていうわけだから、遺伝するっていう動詞は使いたくないんですよ、本当は(笑)。ただ、「遺伝的」っていうのは本のタイトルとしては硬いから。

○遺伝子は遺伝する。でも遺伝子型が遺伝するわけでも表現型が遺伝するわけでもない。

■そう。

○でも単一遺伝子で表現型まで遺伝しちゃうのもあるからややこしいんですよね。

■うん。

[02: 単純な因果関係では語れない、だけど遺伝的な側面がある]

○『心はどのように遺伝するか』以外では、先生が一番最近お出しになった本は『ふたごの研究』(ブレーン出版)ですね。

■ええ。共著ですけどね。しかも僕が書いたところが一番短いんですよ(笑)。というのは、僕のような形の研究はそれほど主流というわけではないんです。

○と、仰いますと?

■僕は双子「で」遺伝を研究してますが、双子の研究にもいろいろありましてね、双子「を」研究している人もいらっしゃるんですよ。どういう特殊な兄弟関係などがあるかを研究する。

○なるほど、「双子である」ということそのものが発達にどういう影響をもたらしているかということですか。そういう研究分野もあるんですね。

■ええ、そうです。

○双子の研究となると、僕なんかがやっぱりパッと思いつくのは、面白話的なことなんですよね。ちょっとしたクセや振る舞いが妙に似ていたり、考えていることが同じだったりするところ。先生も『心はどのように遺伝するか』の中でお書きになってましたけど、ポッと言い出すことが同じだったりすることがあると。

■はい。

○それに関連してると思うんですが、先生は『心はどのように遺伝するか』の一番最後のところで、「心理学的柔構造モデル」というのを提案されてる。
 柔構造のビルは外的振動に対して揺れることで振動を逃がすんだけど、そのどこかに動かない場所があると。それは予め位置が決まっているわけではなくて、外的な揺れに対して動かない点、「特異的不動点」みたいなものができるんだと。それと同じ様なことが人間の遺伝的な心理学的構造にもあるのではないか、と仰ってますよね。

■ええ。そこの部分っていうのは、もっとこれから論じたいところなんですよ。
 実はね、もう一章作っていたんです。遺伝の存在論とか意味論とかを論じるチャプターを作ったんですよ。でも書いていて自分のなかでもまだ煮詰まってないことが分かったのと、既にじゅうぶん長いと言われましてね、この次書く機会があったらね、ということになりました。

○遺伝の存在論、意味論とはなんですか?

■これからヒトゲノムプロジェクトが完成して、ポストゲノム時代がやってくる。遺伝子ってどういう意味があるんだろうということを問われる時代がすぐ来るわけですよね。

○はい。

■双子の研究をやっていると──、新聞紙上で病気の原因遺伝子とかなんだとか、とにかく遺伝子っていうとすぐにプラクティカルなところに結びついてしまっているでしょう。あたかも、薬を一つ、プッと与えてやるとそいつが何か良い作用、あるいは悪い作用をもたらして、生体をこう変えちゃうといったような、単純な原因結果の因果関係で、古典的な、機械論的な因果関係で、遺伝子って語られることが多いじゃないですか。

○ええ。

■でも一卵性双生児みたいに一つの遺伝子、一つのセットとして同じ条件を持っている人の振る舞い、その表現型を見ていると、そんな単純な因果関係では語れないような、だけど遺伝的な側面っていうのがあると、感じてしまうわけですよ。

○そういうもんですか。分かるような気もしますけど。

■ええ。それっていうのは、ものすごくたくさんの遺伝子が全体として振る舞った、しかも生きて動いている中で、どういうふうなスタイルを醸し出してくるか。そういうレベルで遺伝を語ると、いまの分子生物学的な遺伝観って、そのままじゃいかないんじゃない?っていう気がして、そのへんを考察してみたかったんです。

○なるほど。うーん。

[03: 「心みたいなもの」を扱うときのややこしさ]

○『心はどのように遺伝するか』は、いろいろな面でややこしい本になってますよね。「これこれこうだから、ここはこうなんだ、でも一方ではこういう話があって、だから一概には言えない」といった構成が全体で繰り返されてる。

■そうなんですよね。そもそも、こんなテーマ(心はどのように遺伝するか)、いまの段階で言えるはずないじゃないですか(笑)。本当の意味ではね。
 一人一人のいまこういう状態での心の働きが、どういう遺伝子のどういうファンクション、どういう条件が織りなして、いまあなたが行動しているなんてことを細かくモデル化して考えられる状態ではない。だからすごく古典的なIQテストとかパーソナリティテストとかを手がかりにして論じるか、もしくは双子の行動の類似性をストレートに見てそこから何が言えるか探ると。その二つの方法しかない。そしてもっぱら前者の方法が採られているわけです。心理統計で把握されたような意味での「心」の形質に量的な遺伝学をあてはめてやるしかないので、取りあえずそういうやり方しかできない。
 でも、もっと先に面白い世界がありそうだと思うので、両方とも書こうとしちゃった。それで本はこんがらがっちゃったんですね(笑)。

○もっと先と仰いますと? やっぱり、心のありようということですか。

■うん、ありよう。心みたいなものを作っている遺伝子の振る舞い。

○「みたいなもの」?

■心って実体があるわけじゃないですよね。社会的な現象、たとえば社会とか制度とかも実体があるわけじゃないですけど、それだけに神秘的な現象です。それをテストとか作品とかで目に見える形に出したときに、より遺伝的に近い人が似たものができてくる。ということは、心みたいなもの、われわれが心と呼んでいるファンクションのなかに遺伝要因が入ってくるということです。

○先生がそれを敢えて「心」と言い切らずに、「みたいなもの」をくっつけて仰るのはなぜですか。心は概念だから、「心みたいなもの」と言う必要は敢えてないんじゃないかなと。

■ああ、それはですね、心っていうと抵抗を持つ人が多いんですよ。たとえば私の同僚はみんな文科系の人達ばかりで、『心はどのように遺伝するか』なんて、タイトルそのものが気にくわん、っていう人もいるわけです(笑)。「心理学的形質」だったらいいんだけど、ストレートに「心」と言われるとね。

○ああ、なるほど。

■「心」っていうと、そこに付加される、もやもやしたなんか文化的なものがあるでしょう。心とは一番大切なものであり、まさに人間を人間たらしめているものであるから、やっぱりカッコ付きの「心」って言わないと、ってところがあるんです。だから心みたいなものって申し上げたんです。

○ふむふむ。

■私は、個人の心だけではなくって、社会とか文化っていう面にまで、遺伝は関わっていると思うんです。

○なるほど。そこはじゃあ、あとで色々伺いたいと思います。なんだか既に、かなり話がややこしくなっているような気がしますが…。

[04: パーソナリティと神経伝達物質]

○心、あるいは心理学的形質でもパーソナリティでもなんでも良いですが、それがある程度遺伝するっていうことなんて当たり前じゃんと思っている人と、どうしても納得できないっていう人、その2種類いると思うんですけど。

■うんうん、そうですね。

○『心はどのように遺伝するか』では、当たり前じゃんって思ってる人にとっては、読んでいるとイライラするくらい、心は遺伝的だと強調されてますね。それはいいからその先が、っていう気がする。

■ええ、森山さんの他にもね、インターネットでそういう感想を書いていた人がいました。「私が知りたいのはこの先であった」って(笑)。そりゃそうだべ、という感じはするけど。
 でも、何が知りたいんでしょう。その先って。

○心はどのように遺伝するか、の、「どのように」の部分じゃないですか。
 たとえば僕なんかかは、それこそ徹底的に調べてもらいたいんですよ、自分自身を。どういう遺伝病の素因を持っているかとか、どういう傾向がありそうかとか。たとえば短気だっていうなら、どのレセプターのサブタイプがどの程度発現していますから、あなたはこのタイプです、とか。そう言われても全く平気だし、逆に教えてもらいたい。
 つまり僕は、色んなものの発現具合やそれに伴う影響は生物学的な肉体の実体だから、まずそれを認めて、その先に何があるのか、どうすればいいのかと考えることに興味があるんです。要するに、自分がどういうモノなのかを、いま分かる範囲で知りたい。単なる個人的欲望ですけどね。

■ええ。

○で、そこから先として、環境との相互作用とかを、具体的に知りたい。何が何割といった安易なモデルではなくて。履歴というか。いまなんで僕はここにこういう状態にいるのか、そしていま体のなかでは何事が起こっているのか、知りたい。

■なるほどね。

○たとえばプロザック(SSRI、セロトニン再取り込み阻害剤の一つ)を飲むとどうこう、って話がありますよね。で、効く人も効かない人もいる。でも、そもそも薬を飲もうと思うのも自分の意志じゃないですか。じゃあ、その意志ってどこから来てるのか。そこが知りたいんじゃないですか。僕が今日伺いたいなと思っているのも、その辺なんですけど。もちろん、直接的な答えが知りたいわけではありませんが。

■うん。まず……。
 今の行動遺伝学は、いま仰られたような問いに答えられるような段階にない。関連遺伝子すら、本当にそれなのか、それともたまたま関連が見つかっただけなのか、そんな段階ですから、どの遺伝子がどんな効き方をしているのかということに対しては、まだほとんど分かってない。

○ええ、それは分かってます。

■いま僕らがやっている仕事でね、遺伝子と行動の関係が研究されているのか一例を示しましょう。
 パーソナリティにはいろんな側面がありますよね。いま性格心理学の世界でスタンダードと呼ばれているものに「ビッグ5」と呼ばれるものがあります。聞いたことありますでしょうか。

○大学の一般教養で、名前だけは。

■外向性、情緒安定性、誠実性、開放性と愛想の良さ、この5つを使うと、だいたい世界中の人たちの性格っていうのを、おおざっぱにうまく記述できると言われているんです。
 そのなかで、情緒安定性と愛想の良さ、この二つに関して、セロトニンのトランスポーターの遺伝子がどう関わっているかという研究で、カナダとドイツとわれわれ、それからアメリカのグループそれぞれでデータをまとめてるんです。情緒安定性と愛想の良さのなかにもさらに6つの細かな尺度っていうのがあるんだけど、その関係がまったく独立ではなく、ある程度相関している。
 その相関している部分に、セロトニン・トランスポーターの遺伝子が、微弱なんだけど効いているんだぞ、という研究なんですよ。たとえば、情緒安定性に関係する性質で、すごく怒りっぽくなるっていうものと、愛想の良さの一つの、相手を信頼するっていうことは、正反対でしょう。そういう行動に関わる一つの要因なんじゃないかと。
 もちろんセロトニンだけじゃないんですけどね。セロトニンで説明できる部分はだいたい15%くらいらしい(笑)。

○ふーん。

■要するにそういう、重箱の隅をつっつくようなあるパーソナリティと、ある特定の遺伝子っていうのが少し関係しているんじゃないかと。この論文ではパーソナリティっていうものも、これから先は遺伝子のレベルで、遺伝子がどういう働きをしていくかという基準で見ていかないとだめだと。
 さっきいった心理学の尺度の5つは、遺伝子のことなんか何も考えられてない。遺伝的にその5つが独立にあるっていうことではなくて、統計的に、われわれが性格を表す言葉を集めるとだいたいこの5つ、というのがどの文化でも出てきたと。それで普遍的だと言われているんです。
 その普遍性を示すには、これからは遺伝子のレベルで、どの遺伝子は行動にどういう影響を及ぼすのかということから、もう一度整理し直す必要があるんじゃないかなと。だいたいそういうことを言おうとしているわけです。

○なるほど。

■僕は実は別の理論のほうがうまくパーソナリティを説明できるんじゃないかと思ってるんだけど(笑)、だいたいそういうことです。

[05:ワーキングメモリ、事象関連電位、そしてIQ ]

■ちょうど僕が書いている論文は、知能っていうかな…。ワーキングメモリーってありますよね。

次号へ続く…。

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