97年9月SF Book Review



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  • 火星夜想曲
    (イアン・マクドナルド著 古沢嘉通訳 早川書房 900円)
  • 最初の100ページは黙って読もう、この本は。
    連作短編・幻想火星SF。

    日本人作家で言えば、大原まり子氏の書くいくつかの小説の作風に、一番似ていると思う。
    砂漠、欠陥だらけのテラフォーミング、死にかけた狂気の人工知能、怪しげな理論や数式、時間を撒き取るタイムマシン、言葉が力を持つ空間、天まで轟き雨を降らせる音楽、自らの意志を持つ鉄道、ディストピアの象徴としての会社、空を舞う「天使」、軌道兵器、妖しく脈動する人工生物、機械を呼ぶ機械。徐々に徐々に徐々に徐々に続く序章、そして突然訪れるカタストロフ、破壊。そして再び砂漠。棄景。流れていく時間。

    SFファン向け、というよりは、幻想文学系の人ならば絶対気に入ってくれると思う一冊。前半は、なんなんだよこれ、と思っていたのだが、途中から完璧に「はまって」しまった。言葉の渦の中に巻き込まれ、デソレイション・ロードのタペストリー(そう、タペストリーがまさにイメージぴったり)に自分自身が折り込まれていくような錯覚さえ覚えた。

    「デソレイション・ロード」っていう原題の方が良かったような気もする。あるいは訳して「荒涼街道」とするか。

    荒涼な空間に、ふとした拍子で生まれた渦が大きくなり、やがて自壊する。その渦の中の水の粒子──それは皆同じではなく、それぞれ違う由来を持つ違うものなのだ。だが、あとに残るものは、何もない。


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  • 星は、昴
    (谷甲州著 早川書房 600円)
  • 白状すると、谷甲州の本を読むのは久しぶりである。本書は主に「SFアドベンチャー」に掲載されたものを編纂した短編集。バカ話あり、あまりにも救いようのない話あり、いろんな話が収録されている。

    一方、同じプロット・アイデアを利用しているもの──「情報」や、宇宙の誕生や死を題材にしたもの──も多い。逆に言えば、それだけそのネタに著者が取り付かれていた、ということだろう。書いても書いても、満足いかなかったということなのだろう。
    最近、他の小説家と比べてばかりで恐縮だが、上記の小説群は、なんとなく、フィリップ・ホセ・ファーマーの小説群を思い出させるものが多い。

    短編だけに、素材が生のまま使用されている。私は、SFの魅力の一つは、生の素材を如何に料理するか、形而上の素材を形而下にどうおろしてやるか、といったところにあると思っているので、その点にはどうかな、と思った。ただ、それほど気になるものではない。
    宇宙とはなんだ、自分の存在とはなんだろうか、そういったテーマのものが多いからだ。

    一番気になったのは、タイトルがあまりに格好良すぎる表題作を取りあえず置くと、「コズミック・ピルグリム」かな。私にとっては精子と卵子のイメージがちらつく一編だった。

    いろいろと書きたいことがあるのだが、一方で、何も書きたくないような気もする。変な気分。


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  • ちほう・の・じだい
    (梶尾真治著 早川書房 600円)
  • 梶尾真治は、筆力の人である。プロットは、それほどあっと言うようなものではない──むしろ平凡、どこかで聞いたことのある物語が多い。いわゆる1アイデアストーリーだ。それを、筆力で読ませてしまう人なのだ。
    要するに、読ませる技を心得ている人なのである。語り口は何気ない──が、この「何気なさ」がくせ者なのである。ついついページを繰らされてしまうのだ。ああ、他に読まないといけない本があるのに、なんて思いながらも、ついつい読んでしまう。

    本書には、そんな物語が11篇集められた短編集。内容は、まさに「バラエティーに富んでいる」としか言いようがない。いわゆるハードSF以外は、全て収められている。まさにアイデア一発ものから、じんとさせる小編、爆笑ギャグ、他作家のパロディーまで。著者が思う存分筆を振るった成果を味わえる。

    一押しは、と言われるとやっぱり「時の果の色彩」になっちゃうかな。表題作「ちほう・の・じだい」、本領大発揮(?)の「絶唱の瞬間」や「金魚のひさご」も捨てがたいが。うーむ、どれも捨てがたい。どれも良いよ(笑)。

    しかし、この構成力は、いったいどこから出てくるのだろうか。何気ないプロの技。

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  • 聖なる血
    (トマス・F・モンテルオーニ著 中原尚哉訳 扶桑社 800円)
  • 面白い。まさにパワフル・モダンホラー。なんとなく手にとってパラパラとページをめくり始めたのだが、そのまま一気に一晩で読んでしまった。

    なにを書いてもネタを割ってしまいそうだなー。うーむ。
    冒頭、物語はバチカンから始まる。
    ある布の一部を盗み出すことから。
    そして30年後。
    主人公ピーターはニューヨークの若き司祭。ある日暴漢に襲われたピーター。まさに死を覚悟したその時、自分の両手から光が迸った!暴漢は瞬時に黒こげとなり、死んだ。そして、ピーターと人類の、運命の輪は回り始める…。

    最初、物語は主人公ピーターの1人称的3人称で進んでいく。基本的に、ピーターの感情を描きながら物語は進行していく。それが、だんだんとピーターの心象が描かれなくなっていく。途中まで、その点に不満を覚えながら読み進めていたのだが、その疑問もだんだん溶けてくる。
    読んでない人には分からない話だな、これは。要するに、気にせず読み進めてくれ、ということだ。

    ネタの半分は上のリンク先で大体分かるだろう。ちなみに原題は"The Blood of the Lamb"、「子羊の血」。これはもう、やったもんがちだし、他にもこのネタの小説はあったような気がする。
    が、本書の特徴は、やっぱり現代性にある。凄く、リアルなのだ。何がリアルか、というと、その社会的な動き方が、今日的なのである。細かい描写があるわけでもなく、凄くざっくりとした描写に過ぎないのだが、それでもリアルなのだ。それは、やっぱりこの時代に「はまっている」ということだろう。この手のパワーと現代性を持った小説に、もっと巡り会いたいものだ。


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  • ウォーレスの人魚
    (岩井俊二著 角川書店 1600円)
  • 「ACRI」はつまんない映画だったが、これ、面白いよ。意外だったというと作者に失礼だが。

    帯を引っ張っておこう。
    進化論を駆使した新たなる人魚伝説。マリア1号の発見を契機に揺れ動く人間たち。ミッシング・リンクの謎を追い、舞台はフロリダ、香港を経てアラスカの極海へ──。圧倒的なストーリー・テリングで人間と人魚の交感を描いた、
    といった文句。最後の1行はなんだか違うように思うのだが、まあ、だいたいこういう話だ。

    映画「ACRI」を見てがくっと来た人の方がより面白く感じるのではないだろうか。「人魚なるものがいたら、どんな生き物なんだろうか」といった興味でぐいぐい引っ張っていく前半は、実にパワーがあって面白い。勢いがあるのだ。
    文章はところどころ若書きな印象がした。そういうところは本にする前にまだまだ磨けたのではないかと思ったが、なんといってもストーリーに勢いがある。作者自身が面白がって書いている。こういう物語が見たい──そう思って書いていたのではないだろうか。

    後半では、人魚と人間の差異が描かれる(交感が描かれるというより、こっちだと思う)。この辺の展開も鮮やかで、エンターテイメントしていて飽きさせない一方、安易な恋愛ものだった映画と違い、SF的だ。

    現在の日本SFがどこかに置き忘れてしまっったものを持っている作品かもしれない。


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