ワイアード6月号(4.06号「情報サブウェイ」)
握りこぶしで、ルイ・アームストロング
「口で申し上げるより、まず音を聞いて下さい」こう言って<ブラスシミュレータ>開発者の中西雅浩さんは立ち上がり、マイクを握った。口元へ持っていき、裏声で歌い出す。だがスピーカから響いたのは彼の声ではなく、高らかなトランペットの音。
松下電器が開発したブラスシミュレータは、人の声を楽器にする。「ププップー」とか「タッタッター」とか言うと、母音を音程、子音を舌使いとし、音声データを金管楽器音に変換して出力してくれるのだ。要するに、ハミングと口笛の中間のようなイメージで、音の雰囲気を声で出しつつ、楽器を吹いているつもりで息を吐く。そうすると、あなたのハミングがトランペットやトロンボーンの音に変わるのだ。銭湯とかに行くと、ラッパ吹いてるつもりなのか「パパパーッ」と騒いでるオヤジがたまにいるが、アレだ。ブラスシミュレータと「その気」があれば、誰でもジャズマンになれるのである。
中西さんらは、これを「音声駆動型モデリング方式」と呼ぶ。従来の「パラメータ入力方式」のシンセでは出しにくかった、口の絞め具合や息の強弱などによる音色や抑揚が、音声だけで直感的に出せるのがウリ。タンギングによる音の立ち上げや、音と音との繋がりも極めてスムーズ。音の変化のダイナミズムにはカオスを使っている。
「ソロの金管楽器を、音色も含めて電子楽器でやりたかったんですよ。これまでのものは音色が良くないし、金管楽器は音を出すだけで大変です。もちろん練習を繰り返してうまくなる楽しさもありますが、練習なしで出したい音がすぐ出せる、思ったままをすぐ出せる楽しさもあるんじゃないかと」中西さんはこう語る。実はこのブラスシミューレータ、「私も管楽器を吹いてみたい」という奥さんの為に作ったものだとか。ところが実際に「取り合いして」使ったのは二人のお子さんだったという。子供にはテレもないし大喜びだったそうだ。なるほど、子供用知育玩具としてはかなりイケるかもしれない。もちろんそれだけではない。これを使えばステージのボーカリストが、いきなりペットのソロを「口で吹く」こともできるのである。応用範囲は広そうだ。製品化は現在検討中とのことだが、将来は1チップ、パソコン上ならばソフトだけでオッケー。既にカラオケメーカー数社から問い合わせがあったという。
最後にもう一度「演奏」してもらった。実際にはカラオケのようにマイクを握って「フッフー♪」とやってるだけなのだが、響いている音は紛れもなくラッパ。耳からの情報と目からの情報が頭の中で衝突して、なんだかおかしな違和感を感じてしまった。
しかしこりゃあ、リズム音痴はカラオケよりはっきりバレるね。今のうちにしっかり練習しとかなきゃなー。
words 森山和道
ワイアード掲載原稿indexへ | SF&科学書評ページへ | 森山ホームページへ |
moriyama@moriyama.com