ワイアード4月号(4.04号「情報サブウェイ」)
『スペアーズ』
本書を読書中、昔ある国では人を食うために育てていたという話を思い出した。ウソか本当か知らないが、人間というのは時としてそういうこともやる動物だ。倫理感なるものほど、あやふやで曖昧なものはない。ドリームワークスが映画化権を買ったことで話題の1作だが、内容もなかなか濃いSF。
「セイフティー・ネット」という組織によって運営される、金持ちの臓器移植用<スペア>人間農場。ある日、主人公ジャックはロボットと共に農場の管理人になる。いつまでも続く薄暮の中、消毒薬が時折散布されるトンネルで、彼は初めて<スペア>を見た。すなわち、薄暗がりの中で蠢く人間たちの姿を。糞尿は垂れ流し。言語さえ理解しない。薬漬け。<スペア>は金持ち達のクローン人間。妊娠時にかけられた「保険」によって、オリジナルの胎児細胞のDNAからクローンとして誕生し、パーツ用として飼育された人間達だった。
クローンはコピー人間ではない。だが、臓器移植用としては「最適」だ。人工のオリジナルが手足をなくすと医者達が農場にやってきて、必要になった<スペア>を選び「部品」を取る。そしてまた必要になるまで農場に戻す。それが<スペア>だった。留まることのない欲望が生んだシステム。事実を目の当たりにして衝撃を受けたジャックは<スペア>を連れて脱走。追っ手から逃げつつ、過去を清算していく。逃亡と復讐の舞台は、かつて空を舞った巨大飛行商店街(メガモール)。現在は地に縛り付けられ、ニューリッチモンドと呼ばれているこの街は、ゴーメンガースト城のようにどこまでも続く空間を擁した巨大な箱船だ。
視覚的にも面白いシーンが満載の本書は、単なるクローンものではない。ここに挙げた内容は前半分だけで、後半、物語は大きく転換する。幻想的悪夢とSF的暗黒ガジェットを詰め込んだ暗闇袋のような1作であり、様々なSFの姿を本作の中に見ることができる。
words 森山和道
スペアーズ
著:マイケル・マーシャル・スミス
訳:嶋田洋一
ソニー・マガジンズ
1900円
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