ワイアード3月号(4.03号「eNEWS」)
デジタル・ロストワールド計画 数理生物たちの楽園
神奈川大学工学部物理学教室の宇佐見義之氏は「さきがけ21」の一環として「デジタル・ロストワールド計画」と称するプロジェクトを進行中。ざっくりと言えば、カンブリア紀に絶滅した生物の生態を、コンピューター中に再現しようというものである。単なるCGではなく、周囲の水の抵抗や重力などを流体力学等を用いて、物理的に正しいモデルを計算。計算モデルに基づき、形態から動きをシミュレートする。これにより、生物の形態がどのようなルールに基づいて生成されているか、生体力学的な考察を行おうというものだ。一見途方もない形の生き物も、極めて合理性があることが分かったという。
この研究に先立ち、沖縄珊瑚礁域で現生生物の水中での運動性を観察し、シミュレーションで解析。水中生物の運動性が数理生物学の理論から再現できるか、確認する作業から出発した。その結果、簡単な流体力学モデルと進化アルゴリズムの適用により、完全にランダムな状態からカメなどの自然な遊泳方法が再現されることを確認した。原形的モデルから、水中推進に適した形態が自然と選択されたのである。
この結果の解析により、生物は初期条件によって異なる運動様式に進化し、その状態で安定化することがわかった。つまり、どのような運動性を持つかは初期の段階に決まり、ひとたびあるスタイルの運動性に進化し始めると、途中で全く別の運動スタイルに進化 することは不可能であることが見い出されたのだ。その結果、見かけ上の進化の定方向性のような状態が再現されたという。
この手法を用いて、カンブリア紀の生物の生態を再現する試みがなされた。当時最大の捕食者であったアノマロカリスは全体のヒレを波打たせ、ちょうど原生生物の「エイ」のように泳いでおり、この種の形態の生物としては最も運動能力が高かったらしいことが示された。このように、力学モデルと進化アルゴリズムを使ってカンブリア紀の生物を再現し、生物進化における内的要因と、外的要因からの制約のフィードバック機構を考えよう、という試みである。
またデジタル・ロストワールド計画は、理論的な考察をもとに古生態系を再現するデジタル・スタジオを建造することを目標としておりアート的側面も持っている。現在スタジオは神奈川大学学内に建造中。ここではメディア・アーティストの平野砂峰旅(ひらの・さぶろ、神奈川大学研究員)氏とコラボレーションを行い、分散コンピューティング環境によって生態系なども含めて復元、ヴァーチャルな水中環境を構築。ヴァーチャル環境内に人間が入り込み、数理生物として復元されたバージェス動物群たちと戯れることができる空間を作る作業を進めている。様々なセンサと音響技術を融合した形で音場なども再現する予定。古代の生態系がデジタル空間に甦る日は近い?
神奈川大学工学部物理学教室 宇佐見義之氏
words 森山和道
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