数原子層の金属酸化物の薄膜表面上で、化学反応の選択制御に初めて成功|2010年 プレスリリース|理化学研究所.

独立行政法人理化学研究所の基幹研究所 表面化学研究室の申炯畯(Hyung-Joon Shin)客員研究員、鄭載勲(Jaehoon Jung)研修生、本林健太研修生、川合真紀理事(元主任研究員)、Kim 表面界面科学研究室の金有洙准主任研究員、国立大学法人大阪大学大学院工学研究科の森川良忠教授、柳澤将博士研究員らは、銀単結晶の上に形成した数原子層の酸化マグネシウム(MgO)薄膜の表面上で、単一水分子の移動や化学反応を選択的に制御することに成功し、その反応メカニズムを解明したと発表した。『Nature Materials』オンライン版(4月18日付け:日本時間4 月19日)に掲載される。

絶縁体で化学的に不活性な金属酸化物の1つであるMgOの薄膜が、金属や金属酸化物のバルク(固まり)にはなかった新しい反応経路を提供することを発見した。さらに、それらの反応経路の選択的制御を単一分子レベルで実現した。

具体的には原子レベルの分解能を有する走査型トンネル顕微鏡(STM)の探針から、薄膜表面上に吸着した水分子にトンネル電子を注入。水素原子を1つ取り出す反応と2つ取り出す反応、さらには単一水分子自体の移動を選択的に引き起こすことに成功した。将来、触媒反応機構の全容解明や高機能触媒の創成へ向けて、STM技術が大きく貢献する可能性があるという。

金属、半導体、絶縁体などの物質は、ナノメートル(nm:1nmは10-9m)サイズになると、バルク(固まり)とは違う特異な性質を現わす。例えば、化学的に不活性(安定)な金が、直径数nmのナノ粒子になると、ほかの貴金属触媒を上回る触媒活性を持つ。また、絶縁性の物質は、通常は電気を通しませんが、厚さを数nm以下に薄くすると、トンネル現象と呼ぶ量子力学的効果を発現し、わずかに電流を流すようになる。そのため、ナノレベルの微細材料による新機能発現を目指した研究が世界中で行われている。

同様に触媒開発でも、金属酸化物を薄膜化して新しい機能を発現する触媒の探索に注目が集まっている。高機能化を目標に設計する触媒では、触媒粒子の大きさが小さくなればなるほど、触媒上で起きている現象の微視的な理解が不可欠となる。特に絶縁体である金属酸化物薄膜の触媒活性は注目され始めたばかりで、薄膜化によって生まれた新しい触媒活性を示した例も報告されているが、原理については、分子レベルではまだ十分に分かっていないという。

研究チームは、化学的に不活性で絶縁性が優れていることから、磁気デバイスやディスプレイなどの材料に幅広く使われ、その結晶構造も塩化ナトリウムと同じ単純な立体構造をした酸化マグネシウム(MgO)を活用し、その薄膜化がもたらす新しい性質を調べた。

まず、原子レベルの精度で膜厚を制御した MgO薄膜を形成するために、格子定数(結晶格子の大きさと形を決める定数。銀は4.15オングストローム(Å)、酸化マグネシウムは4.20Å。)の値が近い銀の単結晶表面上に、酸素雰囲気中でマグネシウムを気化して蒸着させた後、 4.7K(摂氏−268.45℃)の極低温下で水分子を付着させた。

図1 銀単結晶表面上に作成したMgO薄膜の様子。(a)原子二層分のMgO薄膜のSTM像。(b)MgO薄膜の上に吸着した水分子のSTM像。(c)シミュレーションによって得たMgO薄膜と吸着した水分子の構造モデル図(左が薄膜上から見た図、右が横から見た図)。格子定数が近いため、銀原子とマグネシウム原子が重なっている。(赤丸;酸素原子 白丸;水素原子 青丸;マグネシウム原子 灰丸:銀原子)

図1 銀単結晶表面上に作成したMgO薄膜の様子。(a)原子二層分のMgO薄膜のSTM像。(b)MgO薄膜の上に吸着した水分子のSTM像。(c)シミュレーションによって得たMgO薄膜と吸着した水分子の構造モデル図(左が薄膜上から見た図、右が横から見た図)。格子定数が近いため、銀原子とマグネシウム原子が重なっている。(赤丸;酸素原子 白丸;水素原子 青丸;マグネシウム原子 灰丸:銀原子)

この薄膜表面の化学活性を水分子の分解反応に着目して調べた。原子レベルの空間分解能を持つ走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope: STM)を利用することで、薄膜表面上を詳細に観察するとともに、トンネル電流として注入する電子のエネルギーと数を制御しながら、個々の水分子で分解反応を起こすなどして、化学反応の速度の解析を行った。

STMの探針から水分子に電子を注入すると、水分子は分解反応を起こす。この反応は、銅などの金属表面上でも観測され、その際に必要な電子の注入エネルギーは1 エレクトロンボルト(eV)以上である。

研究チームは、この水分子の分解反応を、MgOの薄膜上で引き起こした場合、金属や金属酸化物のバルクとは違って、0.45 eVのエネルギーで反応が起こることを発見した。

このことは、金属表面上では、水分子が電子的に励起されて反応を起こす一方、MgO薄膜上では、電子によって励起された分子振動が反応を引き起こすためだと考えられるという。MgO薄膜上では、水分子の振動寿命が長くなる。そのため、分子振動が励起されている間に次の電子がさらに振動を励起する「振動の多段励起」という新しい経路による反応が可能となったとしている(図 2d)。

図2 振動励起を介した水分子の分解反応の様子。(a)MgO薄膜上に吸着した水分子のSTM像(反応前)。(b)MgO薄膜上の水分子の分解生成物のSTM像(反応後)。(c)シミュレーションにより得られた分解生成物の構造モデル図。(赤丸;酸素原子 白丸;水素原子 青丸;マグネシウム原子)(d)振動の多段階励起により反応障壁を越え、反応するエネルギーダイヤグラム

図2 振動励起を介した水分子の分解反応の様子。(a)MgO薄膜上に吸着した水分子のSTM像(反応前)。(b)MgO薄膜上の水分子の分解生成物のSTM像(反応後)。(c)シミュレーションにより得られた分解生成物の構造モデル図。(赤丸;酸素原子 白丸;水素原子 青丸;マグネシウム原子)(d)振動の多段階励起により反応障壁を越え、反応するエネルギーダイヤグラム

さらに研究チームは、電子の注入エネルギーを1.5 eV以上に上げた場合には、金属表面上で起きていた現象と同様、電子的な励起を介した反応が起きることを確認した。

反応前後のSTM像を、理研のスーパーコンピュータ・システム「RICC(RIKEN Integrated Cluster of Clusters)」を利用して、第一原理電子状態計算法(実験結果に頼らないで、量子力学の基本原理から分子や結晶の性質を計算する方法)に基づくシミュレーション結果と比較したところ、振動励起を介した反応では水分子から水素原子が1つ抜けるのに対し、電子励起を介した反応では水素原子が2つ抜けることが分かった。

また、電子のエネルギーは0.45 eVのままで、トンネル電流の値(電子の注入頻度)を5ナノアンペア以下にした場合、水分子は分解せずに表面上を移動する現象が起こることも分かった。

このように水分子への電子の注入頻度やエネルギーを調節することによって、分子の移動・分解の制御、さらには分解反応の生成物を制御できるようになったという。

図4 振動励起を介した水分子の移動の様子。(a)MgO薄膜上に吸着した水分子が移動する前のSTM像。(b)STMから1つの水分子に電子を注入する様子。 (c)1つの水分子が移動した後のSTM像。

図4 振動励起を介した水分子の移動の様子。(a)MgO薄膜上に吸着した水分子が移動する前のSTM像。(b)STMから1つの水分子に電子を注入する様子。 (c)1つの水分子が移動した後のSTM像。

今後は、膜厚の変化が薄膜の化学活性にどう影響するかや別の金属酸化物や化学反応に対する活性を調べる。新機能の触媒や触媒の設計指針の確立が期待できるという。


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