2月6日、武田シンポジウム2010「脳と社会」が行われた。主催は一般財団法人 武田先端知財団。まず最初に、ATR脳情報研究所の川人光男氏が「医療BMIから脳コミュニケーションまで」と題して講演した。以下は、私こと森山和道の個人的メモを記事体裁にしたものである。

・川人光男氏 「医療BMIから脳コミュニケーションまで」

ATR 脳情報研究所の川人光男氏は「ナショナルジオグラフィック」に取材された折のビデオをまず自己紹介がわりに流した。人間の運動技能を模倣学習できるロボット「DB」を取材したビデオである。川人氏は「脳を創る」ことを通して「人を知る」というポリシーで研究を進めている神経科学者だ。ロボットやコンピュータは、未だ人に劣る。脳科学も、どういう神経細胞がどこにあるのかといったことはものすごく細かいレベルで分かってきたが、それらの神経細胞が処理を行う仕組みはよく分かってない。だから作ってみようというわけだ。そのときには脳が操るボディも必要になる。それがロボットというわけだ。

川人氏らが作った最新型のロボットは「CB-i」だ。関節数は51、油圧駆動で、人間並みのパワーと柔軟さを持ったロボットで、豊富なセンサ群を持っている。最近は未知の傾斜面でバランスをとったり、未知の障害物の片足バランスなどをも実現している。ビジョンや反力センサーなしで、関節の粘弾性などを使い姿勢情報のみでバランスをとることができているという。

川人氏は「計算論的神経科学」を掲げて研究を進めている。川人氏は壇上で現在の二足歩行ロボットの歩き方を真似して自ら歩き回り、人間と現在の二足歩行ロボットの違いを示した。ロボットは、ZMP規範のようなロボットなりのやり方で歩行を実現しているが、人間のやり方を真似て、その方法で実現しようというのが計算論的神経科学の考え方だ。


川人氏はTBSでオンエアされたドラマ「
TRICK 」のなかに登場した架空の登場人物の著書『上田次郎のどんと来い超常現象』(学習研究社)を示し、計算論的神経科学を使えば、種も仕掛けもあるが、超能力のようなことが実現できるようになっていると紹介した(川人氏は「TRICK」のファンなのだそうだ。講演でのネタなのか、本当なのかは確認しなかったので不明)。

超能力とはテレキネシス、テレポーテーション、テレパシー、念写などのことだ。頭のなかで考えるだけでコンピュータやロボットを動かすことができているし、一万キロ離れた身体に憑依したり、二人の視覚的な見えをそろえるという研究も進んでいる。川人氏らはデューク大学のサルから日本のロボットを制御させる研究を進めている。

「BMI」は、脳と機械を繋ぐ技術だ。医療的には「脳の感覚・中枢・運動機能を電気的人工回路で補綴・再建・増進する試み」ということになる。人工内耳などは既に実用化されているし、また視角に関してもカメラの入力に基づいて網膜を刺激することが可能になっている。中枢機能についてもパーキンソン病患者の大脳基底核に対して刺激装置を埋め込むことで、それを治療することが可能だ。運動機能についてもここ10年くらいで盛んに研究が進んでいる。

川人氏はまず、アメリカのCyberkinetics社の実験ビデオを示した。大脳皮質に電極を埋めるタイプのBMIで、義手やコンピュータをコントロールできる。2004年から臨床試験が始まっており、既に20人の被験者がいるという。

日本は、アメリカやヨーロッパに対してBMIで遅れをとっている。すべて機械が海外からの輸入に頼っている。人工内耳のような比較的簡単な機器も全て輸入だという。仮に150万人×1000万円の市場があるとすると15兆円の産業を逃してしまう計算だ。

いっぽう日本は、MEMS技術、近赤外光計測、ロボット義手などにおいては高い技術を持っている。川人氏らは日本独自のBMIを活用しようとしている。皮質脳波(ECoG)によるBMIだ。大阪大学、東工大、ATRなどが共同で進めている。慶応義塾では脳卒中患者のニューロリハビリテーションにおいて成果を出し始めている。ECoGのBMIと、ニューロリハビリについては逆転できたと見ているという。ただし、安心していると、アメリカ、ドイツだけではなく、猛烈に追い上げてきているアジア諸国に追い上げられてしまうと述べた。

来年度は、東大で開発された高密度の電極や島津の計測機器を使ったBMIの開発を行う。さらに電極と処理装置をすべて頭蓋内に埋め込み、それを有線で引っ張った、やはり完全埋め込み式の非接触給電装置とつなぎ、夜間寝ている間に充電できるような装置を2010年度中に作り、サルに埋め込む予定だという。

またリハビリテーション用外骨格ロボットのCGも示された。アシストスーツ型のロボットだ。現在、とあるベンチャー会社と共同で開発を進めているとのことだった。

BMIの可能性はこれだけではない。超高速のコミュニケーション技術やマーケティングにも使われようとしている。ただし中には「エセ科学」のようなものも少なくないので注意が必要だ。

ともあれ、非言語、意識下のコミュニケーションがどんどん進められようとしている。BMI技術を成功させるためには、神経科学の知識、機械学習技術だけではなく、ユーザー訓練によるシナプス可塑性を活用する必要もある。脳自体が変化して、道具が使えるようになるのである。これが大きな問題だ。ハシを扱ったり車を運転できるようなものなので別に目くじらたてる必要はないという考え方もあるが、BMIは直接、脳から取り出した信号を扱う技術なので、これまでとは違うレベルの変化をもたらす可能性は否定出来ない。

川人氏らの技術の裏には独自の「スパース推定アルゴリズム」がある。その手法を使うことで、今は人が見ている画像を読み取ることもできるようになっている。10年前に非侵襲で人が見ているものを再構築できると考えていた人はまるでいなかったが、いまやここまできたのである。現在は、夢を見ている間に見ているものを画像として取り出せるのではないかと研究しているという。川人氏は、BMI研究のスピード感を感じてもらいたいと述べた。

今は近赤外光計測と脳波を同時に計測することで、人の手首の8方向の運動をミリ秒単位で推定して、手の動きを再構成することができるようになっている。川人氏はホンダとATRによる研究成果の一部をビデオで見せた。

川人氏は最後にBMIでできそうなこと、できていることを述べた。現在、多義図形に対する視覚認知を揃える研究等も進められているという。いっぽう、社会的課題は山のようにあると述べて、軍事利用、企業による利益追求、似非脳科学、医療倫理などを挙げた。特に医療福祉用途から一般へとユーザーへ変わると、利益と危険のバランスの変化も起きるので議論が必要になる。脳情報通信や人の統一された意思にまで踏み込もうとしているのだから尚更だ。今後は、学会と社会のよりよい関係が必要になる。非侵襲的脳活動に対する倫理指針を神経科学学会が出しているように、えせ科学的な方向には注意する必要がある。

将来的には、(川人氏の出身である)物理学が、基礎と応用の両輪を持って完成した学問分野になっているように、神経科学も将来的には基礎と応用の両輪を持つ本当に成熟した学問になってもらいたいと語り、そのためには「似非」や「まやかし」ではないものを理解してもらわないとならない、今回のシンポジウムの「脳と社会」というタイトルは時宜を得ていると述べて講演を終えた。

*サイボーグ技術に興味がある方は、筆者・森山和道による

サイボーグ技術の展開 – 現実、フィクション、そして未来-
http://www.moriyama.com/diary/2009/diary.09.09cyborg.htm

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