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・ストーリー

映画「リアル・スティール」が間もなく12月9日から日本でも公開される。時代設定は2020年。ヒューマノイド・ロボットによるボクシングや格闘技が登場し、人間による格闘技は廃れてしまった(リチャード・マシスンによる原作では禁止された)時代。主人公はヒュー・ジャックマン演じるチャーリー・ケントン。彼は元ボクサーでロボットを使った格闘技プロモーターの一人だが、場末の格闘での賭けの負けからも逃げ回るダメな生活を送っていた。

どのくらいダメかというと、10年前に別れた妻が死んだあと、11歳の息子マックス(ダコタ・ゴヨ)の親権を早速彼の叔母に譲るサインを迷うことなくしてしまい、さらに旦那が金持ちだと分かると裏でこっそりカネを要求するくらいのダメな親父だ。チャーリーはカネをもらうことと引き換えに彼らが旅行に出かける夏休みの間だけマックスと暮らすことになったが、マックスはそんな親父の行動を見抜いていて最初からうんざり。だがロボット格闘技のマニアで、チャーリーと行動を共にすることになる。

映画冒頭の賭け試合(ロボット vs. 猛牛)でロボットをスクラップにされたチャーリーは、息子の親権を売ったカネで新しいロボットを購入して試合に挑むが、馴れないロボットに最初から高望みしてまたまたスクラップにされてしまう。仕方なく廃品置き場を二人でうろついてロボットの部品を探すことに。

ところが廃品置き場(どうも昔はダムか何かだったらしい)の崖が崩れて息子のマックスは滑り落ちてしまう。偶然、何かに引っかかって助かるが、それはロボットの腕だった。マックスは自分の命を助けてられた旧式ロボット「ATOM」に特別な力があると信じ、人まねができる「シャドー機能」を使ってボクシングを教えるようチャーリーに頼む。最初は小柄で一世代前のスパーリング用のロボットがリングで勝てるわけがないと眺めていたチャーリーだったが、「ATOM」は案外タフで素早く動けることが分かった。やがて……というストーリー。最後はもちろん、ロボットボクシングの公式戦でチャンピオンのロボット「ゼウス」と闘う。

ストーリーはまっすぐ。ひねりはない。身長は2.3mから2.6m、重さ500kg、片手で900kgの牛も殴り倒せるという設定のロボット同士の格闘は迫力満点だし、ロボット・ボクシングを通して描かれるとにかくダメな親父と息子の絆復活と、まさにハリウッド映画らしいエンターテイメント作品である。2時間を超える長尺だが、見たいものをさっさと見せてくれるテンポの良さも悪くない。

ただし、映画前半は場末のリングでの試合という設定のせいか、ロボットは互いにぶっ壊れるまで殴り合う。首は飛ぶわ腕は飛ぶわで、日本人にはちょっと刺激が強いかもしれない。後半はボクシング公式戦だからか、そのへんの激しい描写はなくなる。

ロボット同士のバトルだから肉弾戦ではないのだが、見ていると自然と体が熱くなる。ヒュー・ジャックマンのダメっぷりも良いし、子役のダコタ・ゴヨも可愛いし、親子で見に行く年末映画としては最適なチョイスの一作と言えよう。

・ATOMは男の魂の象徴

彼らが拾った「ATOM」という名前のロボットは、いわば、主人公チャーリー・ケントンが人生の途中で落としてしまった男の魂の象徴である。最初、彼は拾ったそれを信じないし見ようともしない。だが彼の息子はそれを信じた。息子に信じられることで、やがてチャーリー自身も自分を信じ、自信を取り戻していく。

「ATOM」には「シャドー」と名付けられた物まねの機能がある。チャーリーが「Watch Me」とATOMにやって見せるシーンがあるのだが、そのシーンは、そのまま受け取ることもできるのだが、後から思い出すと、まるでATOMがチャーリーに言って聞かせているようにも見える。映画のシナリオ上も、スクラップとして捨てられていたATOMは、チャーリー自身の鏡として機能している。

この「ATOM」という名前だが、「鉄腕アトム」に由来しているのだろうか。「リアル・スティール」にはタク・マシド(カール・ユーン)なる日本人という設定のロボット・デザイナーのほか、息子は日本語が少し分かったり(ゲームで覚えたそうだ)、最後の試合でもカタカナで「ロボット」と描かれたTシャツを着ていたりするのだから、そう思いたくなる。

だが「SFマガジン」2012年1月号に掲載されているショーン・レヴィ監督インタビュー(インタビュアーは渡辺麻紀氏)によれば、「偶然」だという。彼はそのインタビューでこう語っている。

『鉄腕アトム』からなのか、って訊きたいんだろ? 日本の人たちはみんなそこが気になるみたいで、必ず訊ねるんだ(笑)。でも、ホントにこれは偶然で、日本のコミックから取ったわけじゃない。アトムは、科学の最小の単位であり、人間の起源でもあるアダムの意味もある。このロボットが現れて、父と子が生まれ変わるわけだから、アトムという名前はぴったりと思ったんだ。原始的でエレメンタルな感じがするところも気に入っている。

・タイムレスな時代設定

映画のなかの大きな要素であるロボットボクシングの演出も良い。もし実際にこれだけタフなヒューマノイドができたら、これだけショーアップされて盛り上がるのかもしれないと十分感じさせる説得力がある。

この映画は少し未来の設定で、ロボット以外は携帯電話とカーナビくらいしか進歩しているものはない。またヒューマノイドがこれだけ進んでいるなら他にもロボットが普及して使われているのではないかと思うのだが、そのへんはまるごと省かれていて、どこか時代設定が良く分からない感じになっている。今と変わらない時代にポンとタフなヒューマノイドだけが放り込まれている印象だ。

なおロボットの撮影は、格闘シーンはCGだが、実際に立っている状態では実物が使われた。そのため演技もしやすかったとヒュー・ジャックマンも語っている。ちなみにロボットのデザインだが、個人的には「ジョジョの奇妙な冒険」の「スタンド」に似ているなと感じた。

・現代のロボットバトル、未来のロボット

ところで、今作で行われているようなロボットのバトルとしては、「Battle Bots」が有名だ。

こういうロボット同士のバトルが行われている国であっても映画にするときにはヒューマノイド同士のバトルにする点は少し面白い。もっとも設定上もヒューマノイドでないと話にならないわけだが。日本の二足歩行ロボットのロボコン「ROBO-ONE」も、将来はこのくらい派手になるのだろうか。いやいや、アメリカでこういう大型ロボットのバトルが行われる時代になっても、日本では小さいロボットでバトルしあっているんじゃないだろうかという気がする。

映画のなかの設定では、既に等身大の格闘用のロボットが(しかも日本から)誕生している時代なのだが、映画のようなロボットができるまでにはまだまだ先は無限に長い。これだけタフで、ロバストで、バランス能力に優れ、ちょっとぶつかっただけでも道の水道栓がぶっ壊れてしまうくらいのパワーがあるのに、11歳の子供の体をそっと抱き上げるような繊細さを併せ持つ、そんなロボットがどうすればできるのかさっぱり分からない。

だが「リアル・スティールのような」映画を両親と一緒に見る子供たちは強い印象を心の中に抱くに違いない。そして彼らのなかの一部の子供たちは思うのではなかろうか。「いつかこんなロボットを実際に作ってみたい」と。フィクションが与えるそういう気持ちが現実のロボットをさらにまた進歩させていくのかもしれない。