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パネルディスカッションの様子

公開シンポジウムでのパネルディスカッションの様子

人間やロボットの知能の原理に迫ることを目的として身体と環境との物理的相互作用や進化の役割等を探求している研究会である社会的知能発生学研究会は、3月24日、開発を続けていた構成論的アプローチに基づく「社会的知能発生学」研究用シミュレーションプラットフォーム「SIGVerse(シグバース)」を発表・公開し、国立情報学研究所で記者会見と公開シンポジウムを行った。ここでは、公開シンポジウム内で行われた国立情報学研究所の稲邑哲也氏による発表のメモを記事形式にしてお伝えする。

社会的知能発生学研究会は認知科学、発達、脳科学、複雑系など人や動物からヒントを得ながら、ロボットやシミュレーションなどを用いた構成論的・計算論的アプローチに基づいた議論を展開している研究者たちの集まり。「SIGVerse」とは、身体的・物理的相互作用のシミュレーション、社会的相互作用のシミュレーションを繋げらることを目指した基盤ソフトウェア・プラットフォームである。

「構成論的アプローチ」とは、対象を作って動かして、結果を見て検証する過程を通して理解する手法である。ただ単にシミュレーションしたり真似てみたりして終わりではない。現実と同じような結果に到達するに至った本質を理解することが目的である。知能の理解だけではなく、進化の過程のような一回しか起きなかった現象の理解にも有用だと考えられている。

たとえばミツバチの知能を理解するというミッションを考える。ミツバチは8の字ダンスの角度そのほかで、花の位置を伝える。ミツバチはどうやって8の字ダンスに情報をエンコードしているのか。構成論的アプローチでは仮想的な知覚機能と処理機能を持ったエージェントを作り、仮想世界のなかにバラ撒いてシミュレーションを行う。

またロボットを道具として使った人間の発達メカニズムを理解しようという「認知発達ロボティクス」も構成論的アプローチの一つである。発達・学習・知能のモデルを人工物の中に埋め込み、環境のなかで動かし、その挙動から、モデルの新たな理解を目指す。

ただ仮説を見出すのも難しく仮説の正しさを示すのも難しい。また実機を使うには負荷が高い。そもそも、大規模かつ複雑な世界での実験や、長期間にあたる連続実験はほとんど不可能である。そのため、シミュレーションによる実験が不可欠である。ではどうすればシミュレーションが容易に実行出来るか。

シミュレーションには二つの技法があるというのが研究会の意見だという。一つ目は「リアリスティック・シミュレーション」。もう一つは「構成論的シミュレーション」である。気象シミュレーションやフライト・シミュレータ、細胞内の分子の挙動のシミュレーションなどは「リアリスティック・シミュレーション」である。これに対して構成論的シミュレーションとは、ローレンツモデル、自己増殖オートマトン,チューリングパターン,チューリングマシーン、レスラーモデル,結合写像系などのことを指す。自然界そのものをシミュレーションするのではなく、自然界の裏に隠れている可能性があるモデルをシミュレーションするのが構成論的シミュレーションだという。

原理が分かっているものを正確に数値計算するのが「リアリスティック・シミュレーション」、原理がわからず、原理と因果関係を知りたいときに行うのが「構成論的シミュレーション」であり、「仮説的推論」を行うときに有用なアプローチであると稲邑氏は述べた。

また二つのシミュレーションを繋げられるようなシミュレータ環境があれば、研究を大きく進めることができるかもしれない。また身体的・物理的相互作用のシミュレーション、社会的相互作用のシミュレーションを繋げられることができるような基盤ソフトウェア・プラットフォームがあれば、「社会的知能発生学研究」を進めることができる。

そのような考えで作ったのが社会的知能発生学研究用のシミュレーションプラットフォーム「SIGVerse」である。社会を構成する多数のエージェント群、身体性に基づく視聴触覚、複雑な環境を扱え、自分の開発した知能エージェントを任意の場所のシステムから仮想世界に接続可能な枠組みなどを持ち、様々な研究分野を持つユーザが、目的別に容易に使うことのできるソフトウェアデザインとなっているという。

想定している応用例としては、

  • 人間のコミュニケーションモデルを考慮した言語進化シミュレーション
  • 社会的コミュニケーションを必要とするロボット知能の設計
  • 赤ちゃんの学習発達モデルのシミュレーションによる検討
  • 霊長類、昆虫等の社会的動物の行動モデルの解明を目指した構成論的研究
  • ロボットエージェント間のコミュニケーションに基づく学習・発達
  • パラレルワールドの並列シミュレーションによる比較・検討機能
  • 政治・経済等のマクロな社会シミュレーションへの展開

などを視野に入れているという。

シミュレータは実際には、力学計算や物理現象をシミュレーションする「物理・力学シミュレータ」、エージェントの知覚をシミュレーションする「知覚シミュレータ」、そして情報伝搬のスピード制御や視線情報などを管理する「コミュニケーション・シミュレータ」の3つを統合しているという。アプリケーションとしてはサッカーロボットのシミュレーションなどを考えているそうだ。

Second Life」や「OpenSimulator」と似ているのではないかとも思えるが、「Second Life」では物理シミュレーションや自律エージェントの設計は難しい。「Open Simulator」は知覚のシミュレーションが難しい。

Cyberboticsの「Webots」や、マイクロソフトの「Robotics Studio」、Player/Stage/Gazeboなどでも、コミュニケーションの物理的制約のシミュレーションが難しく、また知覚シミュレーションの粒度の階層性がないことが問題だという。「OpenHRP」はマルチエージェント環境が実行しにくくまた知覚シミュレーションが視覚に限定されているという制限がある。社会シミュレーションシステムにもArtificial Societyのマルチエージェントシミュレータ「artisoc」や、エージェントシミュレーション用言語「SOARS」などがあるが、物理的な認知やコミュニケーションの制約を記述することが困難だという。

「SIGVerse」の物理力学シミュレーションのエンジンには「ODE」を使用し、知覚シミュレーション中、高次、低次の3段階の情報が得られるようになっているという。声が距離や環境によって伝わりにくかったり、視線情報のコントロールや状態取得もできる。ソフトウェアは、センターのサーバーとクライアントに分かれている。ユーザーはクライアントの中からエージェントコントローラーを使ってロボットを制御する。そしてそれをセンターサーバに投げる。そうするとエージェントがインタラクションを始めるという仕組みだ。APIも公開される。C++で開発が可能だ。

稲邑氏は仮想世界のなかでお好み焼きをヒューマノイドと人間が一緒に焼くというサンプルプログラムを示した。「SIGVerse」は力学演算と知覚シミュレーションとコミュニケーションの統合シミュレータとしては世界初であり、知覚の粒度の制御ができること、物理的制約に基づくコミュニケーション、サーバクライアント形式によってマルチエージェントで実行出来るという。

今後については、柔らかい素材や筋骨格系モデルによるロボットエージェントの実装、構成論的にシミュレーションのモジュール化、再利用化が今後の課題であると述べてまとめた。様々な領域がフィードバックをかけあい、相互的に螺旋階段を登るように進化していける研究が発信できればと考えているという。

またその後に行われたパネルディスカッションのなかで奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 情報生命科学専攻の柴田智広氏は、「VR型SNS」みたいなものになるといいのではないかと考えているという。「SIGVerse」を多くの人が使うことで、人間の社会行動のサンプリングが可能になる。それを行動DBとして、ロボットや人工知能エージェントが記号接地やその擦り合わせのトレーニングを行う。

なお現状のサーバのスペックは、ヒューマノイド型のエージェントを10台くらいキッチン内で動かすシミュレーションを実行すると固まるくらいのレベルだそうだ。ただしコンピュータリソースが潤沢に使える時代はすぐに来ると考えているため、稲邑氏はまったく悲観していないと述べた。

国立情報学研究所のプレスリリース


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