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National Academy of Sciences, PNAS(Copyright 2009)  (左)交尾中のトコジラミ。下が雌、上が雄である。体長は約5 mm。(右)トコジラミ共生器官の蛍光顕微鏡像。赤色が共生細菌ボルバキア。

National Academy of Sciences, PNAS(Copyright 2009)  (左)交尾中のトコジラミ。下が雌、上が雄。体長は約5 mm。(右)トコジラミ共生器官の蛍光顕微鏡像。赤色が共生細菌ボルバキア。

引用元: 産総研:トコジラミに必須栄養素を供給する細胞内共生細菌ボルバキアの発見. −寄生から相利共生への進化を実証−

独立行政法人 産業技術総合研究所(産総研)ゲノムファクトリー研究部門 生物共生進化機構研究グループ 深津 武馬 研究グループ長、細川 貴弘産総研特別研究員らは、トコジラミ(南京虫)にとって共生細菌「ボルバキア」が生存に必須であり、ボルバキアがトコジラミにビタミンB類を供給していることを解明した。アメリカの学術専門誌「Proceedings of the National Academy of Sciences USA」(米国科学アカデミー紀要)に掲載された。

ボルバキアは様々な昆虫に存在する共生細菌。その影響は一般に寄生的であり、宿主にはメリットはないとされていた。だが研究グループはボルバキアに感染してないトコジラミを使った実験によって、トコジラミが特殊化した細胞で専用の共生器官を構築し、その細胞内だけにボルバキアを住まわせて必須栄養素を作らせていることを発見した。これは高度な相利共生関係であり、「寄生」が「相利共生」関係への進化的起源であることを実証したとしている。トコジラミは吸血衛生害虫である。ボルバキアがその生存に必須な共生細菌であるならば防除や制御の新規標的にもなる。

産総研では、これまで、難培養性の共生微生物の研究を行って来た。なかでも近年吸血性昆虫類の共生微生物に注目してきたという。脊椎動物の血液は栄養豊富に見えて、実際には特にビタミンB類が欠乏している。そのため、一生を通じて哺乳類や鳥の血液だけを吸って生きているツェツェバエやシラミなどの吸血性昆虫類には、不足栄養素を補ってくれる共生細菌の存在が必須である。コロモジラミおよびアタマジラミではリーシア(Riesia)という共生細菌が、それぞれ菌細胞という特殊化した細胞から構成される共生器官中に収納され、ビタミンB群の供給など宿主の生存に重要な役割を担っている。

一方、分類学上シラミ(咀顎目 Psocodea)とは異なる目に属するトコジラミ(半翅目 Hemiptera)は、成虫の体長5〜8 mm程度、体型は円盤状で、翅はなく、夜間に活動して吸血する。シラミとの類縁関係はなく、いわば吸血カメムシであり、刺激すると臭腺から悪臭を発する。世界中に分布しており、1970年代以降ほぼ駆逐されたと思われていた日本でも、近年ふたたび散発的な発生が報告されている。

トコジラミは体内の精巣や卵巣の近傍に一対の共生器官があり、その細胞内に多量の細菌が存在することは1920年代より報告されていた。また、トコジラミの生存や繁殖に、この共生細菌が関係するらしいことも示唆されていた。しかし、その微生物学的実体は不明だった。

産総研の研究グループは、日本産3系統、オーストラリア産2系統のトコジラミから精巣や卵巣の近傍にある一対の共生器官を解剖摘出してDNAを抽出し、細菌遺伝子の検出をおこなった。その結果、調べた105個体すべてからボルバキアが検出された。一方でγプロテオバクテリアは56個体(53 %)からしか検出されなかった。特に、日本産の1系統については、まったくγプロテオバクテリアが存在しなかった。すべての個体から検出されるのではないことから、従来の見解に反し、このγプロテオバクテリアはトコジラミの生存に必須な共生細菌ではないと考えられた。

定量的PCR法によってトコジラミの組織別のボルバキア感染密度を調べたところ、共生器官および雌の卵巣のみに高密度で存在することがわかった。In situハイブリダイゼーション法で体内局在を可視化したところ、雌雄ともにボルバキア感染は腹部に存在する一対の共生器官に限られていることがわかった。また、雌の卵巣内で卵が形成されていく過程で卵の端にボルバキアが感染して、親から子への垂直伝達が行われ、卵の受精後、胚発生の段階で共生器官に局在していくことが判明した。

蛍光in situ ハイブリダイゼーションで可視化したトコジラミの雄(A)および雌(B)の腹部におけるボルバキアの局在。     矢印は共生器官、矢頭は卵巣内の卵や初期胚への局在を示す。 (C)初期胚の共生器官原基(矢印)へのボルバキアの局在。 National Academy of Sciences, PNAS(Copyright 2009)

蛍光in situ ハイブリダイゼーションで可視化したトコジラミの雄(A)および雌(B)の腹部におけるボルバキアの局在。     矢印は共生器官、矢頭は卵巣内の卵や初期胚への局在を示す。 (C)初期胚の共生器官原基(矢印)へのボルバキアの局在。 National Academy of Sciences, PNAS(Copyright 2009)

さらにボルバキアがトコジラミの生存や繁殖に必須な共生細菌であるかどうかを調べるために、ボルバキアのみに感染しているトコジラミに、抗生物質入りのウサギ血液を人工給餌装置を使って投与してボルバキアを除去した虫を作成した。成虫に抗生物質を与えてボルバキアを除去した場合は、卵の孵化率が激減した。また幼虫を抗生物質処理した場合は、幼虫期間が有意に延長し、成虫まで到達できたものはわずかだった。これらの結果から、ボルバキア感染がトコジラミの正常な成長や繁殖に重要であることが示された。

また、人工給餌装置で与えるウサギ血液にビタミンB群を添加したところ、抗生物質処理によってボルバキア感染を除去したトコジラミでも、卵孵化率、幼虫期間、成虫羽化率においてボルバキア除去の影響から完全に回復した。これらから、トコジラミの食物である血液中に不足するビタミンB群の供給が、共生細菌ボルバキアの担う主要な生物機能であることが分かった。ボルバキアが、トコジラミにおいては宿主昆虫に必須な生物機能を果たす相利共生細菌に進化したことが実証された。将来的には相利共生ボルバキアのゲノム情報を利用して、共生細菌の代謝系や分子機構を阻害することにより、必須共生細菌を標的とした吸血性衛生害虫の駆除抑制につながる研究を展開していくという。

(A、 B)トコジラミの人工給餌装置。(C-E)抗生物質処理によるボルバキア感染除去およびビタミンB群の添加がトコジラミの卵孵化率(C)、幼虫期間(D)および成虫羽化率(E)に与える影響。

(A、 B)トコジラミの人工給餌装置。(C-E)抗生物質処理によるボルバキア感染除去およびビタミンB群の添加がトコジラミの卵孵化率(C)、幼虫期間(D)および成虫羽化率(E)に与える影響。

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