【玉置雅紀(たまおき・まさのり)@国立環境研究所 地域環境研究グループ】
研究:植物分子生物学
著書:『植物の形を決める分子機構』秀潤社
(共著、第1章3節<葉の形成に関与するホメオボックス遺伝子>
ホームページ: 「植物生理若い研究者の会のホームページ」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/naka000/
○「植物生理若い研究者の会」などでご活躍でもある植物分子生物学の研究者、玉置雅紀さんにお話を伺います。何かと話題のバイオ研究の実際、お楽しみを。(編集部)
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○研究者の方が講演されていて、一般の人がぼんやりした顔をしている時っていうのは、そこらへんの問題なんだと思いますよ。なんか生っぽい肉体的感覚、埋めがたいギャップ、そんなものが知らない間に出来ているのかもしれない。
■その辺は研究者の世間知というか社会経験のなさとかに由来するんでしょうかね。
○うーん…。ていうか、研究者の方々って、あれで一つのコミュニティーですよね。
■一つの共同体に近いですね。
○その辺の言葉の違いとかでしょうかね。知らない間にできている、ローカルルールとか。微妙な違いが積み重なって、ギャップに広がっているような気がするんですけどね。
■そうか、じゃあ研究者と研究に携わっていない人との間をつなぐ用語事典みたいなものを作ってしまえばいいのかな。科学用語翻訳辞典みたいな感じで。
○うーん、そういうのは今後、どんどん必要になっていくでしょうね。
■仲間内で話をしていると、会話が略語ですんでしまうんですよね。極端な話をすれば「アレ」とかね。そういうので通じる世界になっちゃうんですよね。
○「ああアレね」って奴ですね。
■ええ。だからきちんと説明する訓練がどんどんできなくなっていく。そういう世界に閉じこもっちゃう、馴れてしまうと明瞭な言語が使えなくなっているのかなあという気はしますね。
○<植物生理若い研究者の会>で、分野を越えてそういうお話をされることもあると思うんですが、その辺はどうですか。
■基本的に<植物生理若い研究者の会>が何をやっているかといいますと、植物生理学会が活動の母体で、それなりにまとまった話を持っている人、例えば学位を取得したばかりの人ですね、そういう人を毎年二人選びまして、話題提供をしてもらいます。具体的には彼らの研究の話を45分程度してもらいます。その話題をベースとして集会に参加している若手の研究者同士で研究に関する情報交換、研究者同士の交流を深めようというのが狙いです。
この会は植物生理学会の大会中に関連集会として開催 しています。以前は植物学会でもやっていたそうですが、一人ではとてもじゃないが
対応できないので植物生理学会だけになってます。
ですが、これもやっぱりコミュニティーでして、結局研究者の言葉でしか話してないんですね。じゃあそういう言葉が専門家以外の人にどう見られているのかとか、これはちょっとおかしいんじゃないのかといった話にはならないですね。
○それは、しょうがないところでしょうね。そのほうが話が早く進むし、良いんじゃないの、ってことになるでしょうし。
■でも、「これで良いんじゃないの」で、済んできた時代は良いんですが、たぶんこれから僕らにとってはそれでは済まされない時代が来ますね。お金の使い道とかも、説明しないといけないんですよ、きっと。税金を使っている以上は、何の研究をしているかということをちゃんと説明しないと。これがどこまで劇的に変化するかは分からないですが、そういう機会は増えていくと思います。ここらへんがちょっと不安かな。
○分からないですけどね、日本が今後どういう方向に行くのか。研究者が下へ降りていって分かりやすく説明するっていうふうに行くのか、アメリカみたいに官僚でも博士号を持っている人がいっぱいいて、専門知識をベースに予算配分するという方向に行くのか。ちょっと、良く見えない。現状でも官僚の人って一人一人はそんなにバカじゃない。全体として動くとバカですが、一人一人は結構がんばって仕事してますよね(笑)。
■あれはもう完全に制度疲労、組織として良くないんだと思います。
○そういうことの影響がどう、こういう研究機関に降ってくるか。なかなか見えませんね。
■特に今度、我々は国家公務員の枠から外れますからね。
○あ、そうか。そうですね。独立行政法人になるんですか。
■ええ。だから、我々は変わらざるを得ない、とみんなで噂しています。
身近な話だと、簡単にクビ切られるようになるんじゃないかというところから始まって、細かいところだと研究を押しつけられるんじゃないかとか、自由にやれなくなるんじゃないかとか、色んなレベルの話がありますね。今のところ先が何も見えないことに由来する都市伝説みたいなものだと思いますが。
○私立大学の先生たちみたいに、それぞれキャラ立ちしないと簡単にクビ切られるんじゃないかと?
■そういうふうになるかもしれないし。
○こういう分野、植物の研究ですね──に、入って来ようとしている大学生や高校生に対して、何かアドバイスみたいなものを頂けますか。
■アドバイスですか?
○実際に求められることあるでしょ、メーリングリストとかで。
■ええ、ありますけど、たいてい聞かれるのは「公務員て良いですか」とか(笑)。
○はあ?
■職業の内容じゃなくて、安定して賃金をもらえるのかどうかとか、そういうことを聞かれることが多いんですよね。
○大学生ですか?
■大学生も高校生も。
○へー(笑)。
■これはいったいどういうことですかね(笑)。
植物の研究に限らないと思いますが、研究することの魅力は給料をもらえるとかじゃなくて、自分で予備的な実験をちょこちょことやって、それから予測される仮説を立て、さらにこれを証明するような研究をやっていくことが純粋に楽しいんです。
研究者ならば誰でもこういうこと言うと思いますが、仮説を証明していく過程で、予想が正しければ楽しいし、外れていてももっと楽しい事実が隠されているかもしれないし…。よく分からない道を歩く楽しさってありますよね。
特に、じゃあお前は何故植物を扱っているのかといいますと…、動物を実験材料としてきちんと扱ったことが無いので何とも言えないのですが、植物は切っても痛がらないとか(笑)。つぶしても鳴き声がしないとか(笑)。
○なるほど(笑)。
■麻酔などはかけなくても良いですからね、植物は。学生実習では動物も扱ったことがありますが、僕は特に血が嫌いとかじゃないんですが、やっぱりネズミを殺したりするのは、何となく…。
○ははあ。
■あと、恒温動物の腹開いたときに冬だと、湯気がぽわ〜んと出てきますよね。あれ見るとなんかね…。植物だと容赦なくいけますからね(笑)。それが植物の研究に僕を向かわせた理由かどうかは何とも言えませんが…。
○なるほどね。
■あともう一つ言えば、植物でしかできない研究があるんですよ。
一つは光合成の研究ですね。
もう一つは分化全能性、どの部位からでも個体を再生できるっていう能力についての研究です。今のところ動物の細胞を用いて個体を再生することには成功していませんからね。そのへんのメカニズムの研究が面白いだろうと思います。
○ふむ。
■また、植物は非常に単純な材料から構成されている割には形態が多様ですよね。植物は基本的に3つの部位から構成されている。茎と葉と腋芽(わき芽)。この3つを適当に組み合わせることによって植物は多様な形を作ってます。それがなんで生まれるのかというのは、非常に面白いんじゃないかと思います。
○単純に見た目の面白さってありますよね。
■植物の形は工学志向の人にとっても面白いんじゃないかと思いますね。植物の形を力学的に見ようっていう著作を読んだことがあります。それによると、植物の形っていうのは力学的に理にかなってるようですね。さらに、なぜいくつかの器官がこのような配置になるのかっていう事を調べる研究も面白いと思いますね。例えば葉の位置とかね。
○非常に厳密に、葉が開く角度も決まっているそうですね。
■多くの場合そうです。植物種によって葉の開き方は決まってます。連続する2つの葉の場合、これらのできる位置はイネでは180度、タバコは140度位開いています。しかもこの角度は個体の生涯を通じてほぼ一定です。
○そういうのがどう決められているのかっていうことも分かって来るんでしょうしね。
■ええ。
また、先程の話の延長線上で言えば、植物を今後バイオレメディエーション(生物による環境修復)に適用することも有望だと考えられます。今はバクテリアでやっていることが多いんです。バイオレメディエーションでは、まず有害な物質を取り込んで、かつそれを無毒化するということが求められると思うのですが、この二つ目のステップが難しいんですよ。取り込むが無毒化できないということがよくあります。無毒化するっていう
のは難しいので…。バイオレメディエーションに植物を使う利点は、植物なら取り込んだらそれを集ることができる点です。目に見えますからね。バクテリアの回収は難しいですが。
○なるほど。まとめられますからね。
■しかも、根を張り巡らすことにより土壌中に低濃度で散らばった有害物質を集めてくることも可能かもしれません。したがって、バイオレメディエーション、中でもファイトレメディエーション(植物による環境修復)の応用範囲はまだあるかなと思います。
○ダイオキシンをいっぱい吸い込んでしまった地面に植物を生やして。
■そうですね、今の日本だとダイオキシンですかね。これを吸収、分解する植物の研究はあるみたいですよ。
○あるんですか。植物そのものは何ですか。
■ベラドンナだそうです。
○え? あのベラドンナ?
■ええ。昔からよく知られている植物で、アルカロイド、生物毒ですね、二次代謝産物としてこれをたくさん作る植物として研究されていました。この植物がなぜかダイオキシンを良く吸うらしいんです。さらに植物体内でダイオキシンの毒性の元である塩素をはずすことができるみたいです。ダイオキシンには色々な種類がありますが、ある程度のものは無毒化できるみたいですね。詳しくは僕も知らないですが。
○それこそ遺伝子導入してやれれば。
■ええ、できたら楽しいでしょうね。あとは重金属の浄化ですね。
○なるほど。最近、日本はずいぶん綺麗になりましたから、あまりそういう話も見かけなくなりましたが、綺麗になったのは実は見かけだけ、ってところも結構あるんでしょうね。
■ええ。
■実際日本ではもっと基礎的な元素、リンとか窒素はどんどん増えてますよ。なぜなら日本は間違いなく食料輸入超過ですから。外国で食品に固定化されたリンや窒素をどんどん輸入して、日本に捨てているわけですからね。溜まる一方ですよね。じゃあ元素の分配をどうするのか。世界的にどう元素を分配していくかが問題だと思います。
○なるほど。
■日本やアメリカでは間違いなく溜まってますよ。かつ、日本では農業をあまりやらなくなってますから。
○アメリカはまだ砂漠がありますから、それで砂漠を何とかしようといったことも考えられますが…。
■日本は海に垂れ流すしかないですね。
○なるほど、そういうことも今後は考えないといけないんですね。
■そうですね。問題として理解しやすい重金属とかダイオキシンも大事なんですが、大きくみた場合の元素分配をどうするかが問題です。今はうまく流れていないんです。それをどうするか。例えばこれを渡り鳥に運ばせたらどうかと考えている人がいます。
○ああ、フンにして向こうで出してもらえば肥料にもなるし?
■ええ、日本で腹一杯食わせてね。肥溜めを復活させたらどうかと言っている人もいますよ。まあ、これは雑談レベルの話ですけど。
○色んなこと考えている人がいるんですね。
■この研究所(国立環境研究所)の面白い所は、誰一人として同じ研究をやっている人がいないことですね。
○そんなにバラバラなんですか。
■バラバラというか(笑)。それぞれ自分のテーマを持っているので重複していないということです。だから話を聞いていると面白いですね。刺激になります。
○研究所のいいところはそういうところでしょうね。
今日は色々と伺いました。どうもありがとうございました。
2000/02/17 国立環境研究所にて
◇次号からは燃料化学・反応化学の研究者、橋本公太郎さんのインタビューをお送りします。お楽しみに。
[◆Information
Board:イベント、URL、etc.] |
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■新刊書籍、雑誌:
◇『干潟の自然史』(生態学ライブラリー11) 和田 恵次 著 本体2100円+税
京都大学学術出版会
踊るカニ、シャコにとりつく貝...... 水辺の不思議な仲間たち。
■イベント:
◇レゴマインドストーム・キャンプ
http://with.esm.co.jp/ms1.htm
7月22日(土)〜8月27日(日)の毎週土曜、日曜
株式会社 永和システムマネジメント WITH事務局
◇羽尻公一郎氏講演会 「音と意味の悲しい乖離:意味論の病んだ構造と機能について」
東京大学大学院医学系研究科認知言語医学講座 音声言語医学教室担当コロキウム
日時:2000年6月19日(月曜日)18:30 - 20: 00 場所:東京大学医学部3号館1階N101
参加:無料
■ U R L :
◇地質研究所ニュース vol.16 増刊号 北海道立地質研究所広報誌
有珠山噴火 〜噴火直前から研究員を派遣〜
http://www.gsh.pref.hokkaido.jp/news/vol16/v16n3/n_v16n3_1.html
◇ときをまなぼう セイコー
http://www.kodomo-seiko.com/
*ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
皆様からお寄せいただいた情報を掲示する欄です。情報をお待ちしております。
基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
なおこの欄は無料です。
NetScience Interview Mail Vol.103 2000/06/15発行
(配信数:22,458部)
発行人:田崎利雄【(株)サイネックス:科学技術ソフトウェアデータベース・ネットサイエンス事業部】
編集人:森山和道【フリーライター】 |
tazaki@cynex.co.jp
moriyama@moriyama.com |
○当メールニュースでは、科学に関連するイベントの一行告知、研究室URL紹介などもやっていきたいと考えています。情報をお寄せ下さい。
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