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2001/10/25 Vol.162
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【牧野淳一郎(まきの・じゅんいちろう)@東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 助教授】

 研究:理論天文学、恒星系力学、重力多体シミュレーション
 著書:杉本大一郎編「専用計算機によるシミュレーション」 1994, (朝倉書店、東京)(分担)
    Junichiro Makino and Makoto Taiji, Scientific Simulations with Special-Purpose Computers --- The GRAPE Systems 1998, (John Wiley and Sons, Chichester).
    牧野淳一郎「パソコン物理実地指導」, 1999, (共立出版、東京)
    そのほか

 ホームページ:http://grape.astron.s.u-tokyo.ac.jp/~makino/

○理論天文学の研究者で、ずば抜けた性能を持つ重力多体シミュレーションのための専用計算機GRAPE6の製作者・牧野淳一郎氏のお話をお届けします。GRAPEってなに?という方は、今週号をお読み下さい。(編集部)



…前号から続く (第2回)

[03:専用化するとどんなことができるか 経緯その2]

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■それでシミュレーションの話に戻しますが、結局、星の数を10倍にすると計算量がステップあたりで粒子の自乗になるという話があったわけですが、もう一個、いま申し上げたような理由で進化がゆっくりになるから、長い計算をしないといけないと。それで3乗になっちゃうんです。だから10倍大きい計算をしようと思うと、実は1000倍早い計算機がいるという話になる。

○なるほど。

■それをどうしようかと。しばらく、87年、88年くらいは並列計算機の将来がそれなりにありそうだと見えていた時期だったんです。そのころまだ慶応におられた川井先生のところのPACSとか、あとはシンキングマシンズという会社がアメリカにあって。いまはもうないんですが(笑)。そこが作っていたコネクションマシンというのを少し使って、どんなことが出来るかということをやってました。

○『コネクションマシン』(パーソナルメディア)のダニエル・ヒリスが社長だった会社ですね。

■ええ。最近、『思考する機械コンピュータ』草思社という本を書いてましたね。

○なるほど、そういう時代背景だったと。

■そう。当時大学のセンターとかに入っていた普通のスーパーコンピュータよりはずっと速い計算ができるんですが、それでも1000倍はまだもうちょっと先かなーといったような調子だったんです。
 そのときに、88年くらいかな、近田さんが杉本さんに−−というか、理論の研究者に対してですが、理論の人も自分たちの計算機を作ることを考えたほうがいいんじゃないの?といった内容の手紙を出したんです。
 手紙というか、あれは「天文・夏の学校」の集録原稿だったのかな。それの招待講演のときにそういう話をしたんだそうです。私は行ってないんで知らないんですが。

○近田さんという方は、もともとどういった方だったんですか?

■近田さんはもともと電波の人です。大学院のときから基本的には電波望遠鏡の電気のところ、だから要するに電波望遠鏡の電波よりも後のところをやっていた方です。

○つまり、「処理」の部分ということですか。

■そうです。

○「理論の人もやったほうがいいんじゃないの」ということは、もともと電波の観測をやっていた方々は、独自の計算機を作るといったことを、もともとやっていたといういことですか。

■そうです。やってたんです。そこで近田さんが「電波の人はこんなことをやってるんだよ」と例として挙げたのは、ちょうど82年に完成した、野辺山のミリ波干渉計用の機械だったんです。
 そのときには5台だかの干渉計が動いていたんですけど、全ペアについての信号を相関させて−−相関というのは要するにアナログ/デジタル・コンバーターで信号に直して、それの相関をとって、時間の遅延をはかって、そこからどっちの方向から電波が来てるのか決めると。そういうのをやったんです。
 それの、要するに相関を取るために計算機を作ったんです。これは、電波望遠鏡用の相関機としては世界でトップクラスというか。まあ、野辺山のミリ波干渉計の5素子っていうのは、世界の電波望遠鏡の中でもトップクラスだったんですね。他は3素子が動いているか動いてないかくらいだったはずです。

○なるほど。頭一つ抜けていたんですね。

■もちろん、ミリ波じゃなくて21センチだとかだとVLAとかがあったんですが、これは波長が長いから、相関器もそんなに高い性能いらないわけです。
 要するに波長が短くなるということは振動数が高いということですから、計算機の能力としては波長が短くなるのに反比例して高い性能がいると。そういう話になってしまうわけで、結局、近田さんが作った野辺山の計算機っていのは、普通の計算機に直してやると、百ギガフロップスくらいの性能でした。とはいってもビット数が短いから単純な比較はできないんですけども、いちおうそのくらいの性能があるものでした。それを数億円くらいで作ったんです。その当時は、日立のスーパーコンピュータの性能が600メガフロップスとか、そのくらいだったんです。

○ふーん……。

■だいたい百倍くらいの性能のものを1/10くらいの費用で作ったということで、専用化すればこのくらいのことが出来るんだよと示したんです。
 近田さんはそれを色んな人に言ってたんですが、あんまり反応はなかったらしいです(笑)。ところが杉本がひっかかって、何かしようということになった。

○その辺の事情はブルーバックスの『手作りスーパーコンピュータへの挑戦 テラ・フロップス・マシンをめざして』(杉本大一郎著/ISBN:4-06-132956-1)に書いてあるんですね。残念ながら版元品切れですが。

■ええ。興味があれば図書館で探して読んでみて下さい。

[04:なぜ重力多体シミュレーションの研究者だけが実際に製作に至ったのか]

○で、杉本さんはどうしてやる気になったんでしょうか。他のジャンルの人はあまり引っかかってこなかったのに。

■ええ。まず第一は、我々は本当に1000倍くらい早い計算機が欲しかったということがあります。

○なるほど、必要は何とかの母というわけですか。

■もう一つは、近田さんが絵に描いた例に、まさに粒子同士の重力を計算するには専用計算機を作ればいいというのが描いてあったんですね。まさに僕らが欲しかったとおりのものがそこに描いてあった。

○ははあ(笑)。

■だからまあ、こっちは何も知らなくても、少なくとも近田さんはどうやればいいのか知ってるんだろうということで、やってみる気になったわけです。割合適当な気分で(笑)。

○ははあ(笑)。欲しいものを作ろうというときには、そのくらいの気構えのほうが良いのかもしれませんねえ。

■あ、そうそう、もう一つは、実は単に計算機を作るというのをやってみたかったんではないかと。杉本さんは学部は電気工学なんですよ。で、そこから物理にいった。天文出身の人とはそのへん違ったかもしれないです。

[05:なぜ速いのか その1]

○新聞には専用計算機である、特定の計算しかしないから速いんだよという記事が出ていますね。具体的には、どうして速いんでしょうか。僕にはどうもそこが分からないのですが。

■んーと、普通の計算機との違いみたいなことから説明するのがいいのかしら。

○はい、御願いします。

■普通の計算機っていうのは、たとえばパソコンみたいなのは、CPUの一部として浮動小数点演算っていう、まあ計算をするための回路がついているわけです。
 それがどう動くかというと、クロック一個ごとに答えが一個出るようになってます。細かいこと言いだすと色々ありますが、基本的にはそういうものです。だからクロックが1ギガヘルツのCPUっていうのがあるとすると、基本的にはそれで全てがうまく動けば、1秒間に10の9乗回の計算が出来ると。

○はい。

■ただし実際にはプログラムを書いてやってますから、たとえば二つの粒子の間に働く重力を計算しましょうというと、二つの粒子のXYZそれぞれの座標をメモリから読みとってからどっかへしまうと。しまってから二つの間の引き算を順番にしてやって、それから引いた答えの自乗を計算して足してなんとかかんとかとやっていって、重力を出すわけですね。
 実際にはメモリからデータを読んできてなんとかかんとかという部分で余計な時間がかかるから、普通のCPUで回すと、1ギガのCPUでも、実効的には例えば200メガくらいになるわけです。
 だから理論上できるはずの性能の1/3〜1/5しか出ないわけです。

○ふむふむ。

■それを専用の回路を作ってやると、一個の演算器を持ってきてプログラムしてやるんじゃなくて、計算の順番通りに演算機を並べちゃうと。で、メモリからクロックサイクルごとに一個の粒子のデータが入ってきて、それが最初のクロックでは−−まあ実際には何クロックかたってから結果が出るんですが−−話としてはですね、要するに、サイクルごとに一個の粒子のデータが入ってきて、それともともと持ってる粒子のデータと引き算して、次のステップでは出てきたXYZ座標3つの答えそれぞれについてかけ算をして、次のステップではその3つを足して、という形で流れ作業で進む。
 そうすると1クロックごとに一個の粒子からの力の計算ができるというものが作れるわけですね。それは普通の汎用計算機で使っている演算機のようなものを−−たとえば重力計算の場合だと、30個くらいの演算器をバーッと並べるということになるから、非常に数が多い。で、大きな回路になるような気がするんですが、これが意外とそうでもない。そこがいまの話の仕掛けになってるんです。

○と、仰いますと……?

■実際に作ると一個の演算器っていうのは−−演算精度にもよるんですが、数万個〜10万個くらいのトランジスタで一個の演算器ができるんです。で、最近のマイクロプロセッサというのは、実は数千万個のトランジスタから出来ている。それを全部演算器に使っちゃえば1000個くらいの演算器ができるんです。なのに、一個しか積んでないわけです、普通のパソコンは。

○ふーん。なぜですか?

■それはどうしてかというと、ほとんどのところを演算器にデータを持っていくための仕掛けというか、プログラムを解釈するためのものに使ってるわけです。intel系の石だと、まずintelの命令を読み込んできて、それを内部コードに翻訳して、内部コードをいったんキャッシュにおいてやって、なんとかかんとかというふうになっていて、想像もつかないようなややこしい回路になってるんです。そういったところにほとんどのトランジスタが使われている。実際の演算に使われているところは、せいぜい10万くらいで終わってる。
 その、計算以外の仕事をしてる部分を全部とっぱらって演算器だけをバーっと並んで行くと、いまのGRAPE6の場合で400個くらいの演算器を積んで、それがサイクルごとに演算する。そうすると、100メガヘルツのクロックで回しても、100メガヘルツ×400演算するので、そのへんの奴に比べるとだいたい100倍くらいの性能が出せると。そういうわけなんです。これが一応の説明です(笑)。

○なるほど。

[06:なぜ速いのか その2]

○でも普通のパソコンの、演算をしてない部分というのも要らないわけじゃなくて必要だからあるんでしょ? 要る命令だからそれを読み込んで作業しているんだと思いますが、GRAPEのような専用計算機がそれを切っても大丈夫なのはどうしてですか。今ひとつよく……。

次号へ続く…。

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