NetScience Interview Mail 1998/05/21 Vol.004 |
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◆This Week Person: |
【金子邦彦(かねこ・くにひこ)@東京大学 大学院 総合文化研究科 教授】
研究:非線形物理(カオス、大自由度カオス)、複雑系、理論生物学
著書:「複雑系のカオス的シナリオ」津田一郎氏と共著、朝倉書店
「カオスの紡ぐ夢の中で」小学館
「生命システム」青土社(『現代思想』誌での論考、対談をまとめたもの)
ほか
研究室ホームページ:http://chaos.c.u-tokyo.ac.jp/index_j.html
○金子邦彦さんへのインタビュー、4回目の配信です。今回は引き続き生物へのアプローチについてや、複雑系研究におけるモデルの意味について伺います。全5回予定。(編集部)
[09:複雑系の視点への道] |
データベース |
■ある程度そういう基本的構造があるというのじゃないと、理論として研究できないですからね(笑)。
○逆に、なぜ、そこに普遍的なものがあるんじゃないか、と考えるようになったんですか?
何か普遍的なものがあるんじゃないかな、と思った理由は?
■それ自身は信念としか言いようがないかもしれないですけどね(笑)。
物理学者はある程度そう思っているんじゃないですか。大学院の時にカオス結合系をやったときでも、ある例をやっていてもこれが何か特別なものではなくそこに普遍的なものがあると考えていたわけですからね。最終的には信念としか言いようがないのかもしれない。でも、そもそもそういうものがないと科学って成立しないような気がします。
[10: 生物を理解するために本当に必要な視点は何か] |
○現在の生物物理の人なども、それほど生物がかたい機械だと考えているわけではないようにも思うんですけど。たとえば、膜電位のゆらぎとか、そういうものから生物のランダムな動きや多様な行動が生まれてくる、という考え方はあると思いますが。
■ええ、そういうものも多分、かたい機械ではなく、多様なダイナミクスが最初からあって、お互いに相互作用する中から出て来るんじゃないかなと思います。
ただ、大沢文夫さんが書いてますが、彼がルースカップリング説を10数年前に提唱したときには、ほとんど認められなかったですよね。認められる以前にそういう問題意識が全くなかったみたいだし、今でもまだ認めていない人が多いようですし。その辺を生物の人がどのくらい評価しているかというと、そんなに多くないのかもし れない。
○素人からすると、その辺のゆらぎとか多様性とかが進化などには大きく効いてるんだろうなあ、と思うんですけど。
■うん、多分ね、普通の人の生物の捉え方と、生物をやっている研究者の捉え方はズレているんじゃないですか。
○ですが、生物はもっと「いい加減にできている」んだ、という人は結構いらっしゃいますよね。
■でも普通の分子生物学では、どこの遺伝子がオンになって次はどこ、というカスケードを書いていきますよね。あれは完全に機械ですね。それを書いちゃっているわけです。その辺は、どうなっているんでしょうね。生の生物を見ているとそんなに機械じゃないと思っている一方で、機械のような捉え方をしているという点は…。
○分子生物学の人は、そのアプローチをしていくことで、生物の「いい加減」なところもそのうち解けるだろうと思ってやっていると思うんです。
■生物は分子で構成されているわけですから、その機能を一つ一つ明らかにしていく、これ自体は正しいことだと思います。でも、今の、完全に機械的な分子生物学では、答えられないんじゃないかなと思います。ある現象が起こったときに、これがこうなってああなったんだということを突き止めることはできます。でも、突き止めたからといって、それが答えになるんですかね?
○「その場合にはそれが答えだ(別の場合には違うかもしれない)」、ということになるんでしょうか。
■そうですね。じゃあまた別のものをやるとまた別の答えができた、その場合には、どう答えるんでしょうか。そこが問題でしょう。
○なるほど。先生の見方だと、そういう問題意識が出てくるわけですね。
■例えば、天動説だって、天体の運動は説明できるんですよ。新発見が出るたびに、凄く色々ややこしい面倒な説明を付け加えていかなくちゃいけないけど、説明はできる。それと今の話は凄く似ているわけです。
例えばいまの状況で、発生はうまくいっている、それはこれこれこういうものがうまく調節しているからだ、と。また別の状況でもうまくいった。そこで、また別の分子があってそれで調節している。そういう風に次から次へと足していって、ようやく説明している状況になると思うんですね。
そうじゃなくって、相互作用によって自発的に安定性はできてくるんだという立場だったら、一個一個をいちいち言う必要はなくなるんです。
機械的な説明で言える部分もあるとは思いますよ。でも言えない部分もたくさんあると思います。「こうならなければならない」という「硬い」部分もあると思うんです。私が言いたいのは、そういう部分だけに着目しすぎている、ということなんです。
[11:脳] |
○先生は、脳の問題などもご研究なさってますよね。
■うん、でも脳の問題は難しいから(笑)。
あるいは脳研究のほうが、そういう問題意識では進んでいるのかもしれませんね。例えばさっきの話のような、遺伝子をノックアウトしてどこを壊したら、っていう話と比較すると、脳のある部分を壊したらどこがこうなる、というのはちょっと前にあった話ですよね。現在ではそれだけではいかんだろう、というのは脳の研究者はみんな思っているから。
○なるほど。先生はどんな風にお考えなんですか。
■脳の場合、どこの部分が何をやって、というモジュールがあって、そのモジュールがやりとりをしてどうこう、っていうのが現在の脳の研究に近いと思うんだけど、むしろ、もっと最初にはきちっと分かれていなくて、相互作用していくうちに機能が分かれていく、ただしそれは最初から決められたものではないから、別な状況とかになると、また別なものになれるとか、そういう柔軟性を常に持っているものではないかと考えています。
あるいは、最初からモジュールありきという立場だと、結合問題というのが出てきますよね。例えば「赤くて丸いもの」と分離してた二つの性質を持つものが、どうして一つのモノとして見えるのか。最初にモジュールありきの考え方だと、「赤」という色を判定するのと「丸い」という形を判定するのとをどうやって統合するかが問題になるわけです。
一方、最初に全体のものが入ってきてて、それをあとでだいたい分業しているんだと考えると、「赤」という情報を処理している部分にも、もう一つの「丸い」という情報が入ってきていることになりますね。そうすると結合問題は存在しなくなります。こういうモデルができればちゃんと言えるんですけど、いまのところはできてないんで、お話でしかないんですけどね。
別の話ですと、こちら(総合文化研究科)の多賀さんが運動の発達過程を調べています。ここでも多様な動きの中からだんだんいくつかのパターンに固定していく、といったようなものです。まだまだこれからの研究ですが、そういうのはあります。
脳のことは、まだ漠然とした話で、ちゃんとしたものはできてませんけどね。どうやってみるのか、ということを模索する段階です。
[12:複雑系研究におけるモデルと現実] |
○いま、他にはどんな研究をなさってらっしゃるんですか?
■うん、いまのようなモデルなどのバックグラウンドにあるのは、内部状態を持ったものがあって、それが相互作用しているようなものです。カオス結合系が一番簡単なモデルですが、そういう力学系の現象とそのしかけを探るという研究も一方ではやっています。物理というか、数学というか、そういう研究ですね。それ自身は割と、基礎がはっきりしているものです。そういうのが背景にあって、今のようなことをやっているわけです。
○そうすると、モデルを作って、そのモデルを研究している、というふうに見えてしまうんですけど…。
■でもカオス結合系などはモデルがない限り、ある意味進みようがないですからね。ただ、相当に抽象化したモデルを作っているわけですが、その時逆にいろんな、細かいことによらない一般的な性質が引き出せるだろうと。そして引き出せたら、それを説明するためのいろいろな理屈を考えて、それがはっきりしていれば、普遍的にも成り立つだろうと考えているわけですよね。だからモデルというのは、何かを発見するための道具のようなものなんです。
○そうすると、先に現実があってモデルを作っている、というより、モデルを見て、そのあとで合致する現実を見ているように感じます。その辺もあって、複雑系科学におけるモデルの意味というのが良く分からないんですが…。
■それは、確かにあるかもしれない。
ただし、抽象的な世界を作ってやったものも、現実に無関係ではあり得ないですよね。
カオス結合系を最初に考えたときも、最初は乱流を解析しようと思って始めたわけです。それを抽象化していくことであのモデルを作ったんです。だから、相手とする自然現象は一応あるわけです。それをある形で凄く抽象化していくと、それぞれの個別の現象によらないことが見えてくるんじゃないかと。それは物理のやり方としては凄く自然なことだと思います。
○そこまでは分かりますが、そこから生物への道が良く分からないのかもしれないですね。
■どうしてでしょうね。生物の場合はもうちょっとギャップというか段階があるというのと、あとはなんでしょうね、生物になるとそれぞれ独立の思い入れみたいなのがあるのかもしれませんね(笑)。
○なるほど。僕は数式を解かない人なのであくまで漠然とですが、先生のお考えが分かってきたような気がします。
■そうですね、「実感」ということになると、数式を自分で解いてシミュレーションを走らせてみて追体験しないと、なかなか分からないと思います(笑)。
人間は、本当に生の自然を見る、なんてことは多分不可能なんです。なんらかの恣意的な見方から逃れられない。だからあとは、如何に生の自然に近づいていくかしかないわけです。1対1の機械的な切り口が有効な側面もあるし、あるいは関係性が有効なところもある。だから、どっちが恣意的かということに意味はないんです。さっきも言いましたが、地動説だって天動説だってモデルなんです。どっちがより本質を説明しやすいか、ということだと思います。
○次号へ続く…。
[◆イベント、URL、etc.] |
◇「高等教育フォーラム」主催シンポジウム「日本の理科教育が危ない・パート2」
6月6日(土) 午後2時〜6時、於:東大駒場キャンパス13号館1313号室、無料, 申し込み不要
講師:小平桂一, 落合栄一郎, 浅島誠, 林慶一, 輿水美智子, 大橋洋一, 立花隆, 香川靖雄, 水澤博
高等教育フォーラム:http://www.komaba.ecc.u-tokyo.ac.jp/~cmatuda/
◇生化学若手春の学校 「発生生物学の目指すもの」
6月13日(土)〜14日(日)、1泊2日 参加費:8500円 於:八王子・大学セミナーハウス
講師:大隅典子、金子邦彦、平良眞規、西田宏記
生化学若い研究者の会:http://www.seikawakate.com/
◇毎日中学生新聞、毎週水曜日掲載の1000字の科学コラム「諸物ノ方則」バックナンバー
http://www.granular.com/shobutsu/
◇河合文化教育研究所(KAWAIJUKU)特別セミナーのお知らせ
http://www.kawai-juku.ac.jp/ss/index.html
*情報をお待ちしております。
基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
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