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1998/05/07 Vol.002
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◆This Week Person:

【金子邦彦(かねこ・くにひこ)@東京大学 大学院 総合文化研究科 教授】
 研究:非線形物理(カオス、大自由度カオス)、複雑系、理論生物学
 著書:「複雑系のカオス的シナリオ」津田一郎氏と共著、朝倉書店
    「カオスの紡ぐ夢の中で」小学館
    「生命システム」青土社(『現代思想』誌での論考、対談をまとめたもの)
    ほか
研究室ホームページ:http://chaos.c.u-tokyo.ac.jp/index_j.html

○配信第2回目です。前号に続いて、金子邦彦さんにお伺いします。今回は、複雑系研究からの進化シナリオへの視点について。全5回予定。(編集部)



前号から続く (第2回/全5回)

[05:現実の生物とのギャップ?]

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○「生命システム」(青土社)などでもお書きになっている話ですね。ここでちょっと確認したいんですが、多分、複雑系というのは関係性を記述する学問だと思うんですが、その考え方は外れてませんか。

■ええ。関係性は非常に重要です。

○その上で、もう一度お伺いしたいんですが、どうしても、現実の生物とのギャップのようなものを感じてしまうんです。その辺の溝っていうのは果てしなく広いように感じるんです。でも先生はそうじゃない、とお考えなんですよね。物理の人の基本的なものの考え方に「現実を抽象化してモデルを構築して考える」というのがあるのは分かります。分かりますが、それでもあまりに現実の生物とは遠いように思うんですが…。

■でもね、例えば分子生物学っていう見方も一つの抽象化でしょ。一つ一つが1対1の機能を持っていると考えるのは。

○1対1かどうかは分かりませんが、たしかに遺伝子なりタンパクなりに、ある種の機能やふるまいを考えてはやっていますよね。そういう面で抽象化だと仰るのは分かります。でも、同じモノ──生命っていうシステム──を研究する方法としても、随分違いますよね。

■もし1対1の対応が基本だとすると、関係性とかはそんな重要な問題ではないでしょう。しかし、基本的に、1対1の論理規則で生物ができているのは無理だろうと思うんです。
 最初に述べた理由で、ですけど。むろん、ある側面を切り出した時に1対1で近似できるということはあるだろうし、ある遺伝子が1対1に近いって事はあると思うんですけどね。普通に考えたときにあるシステムが1対1でできるとは考えられにくいし、安定性の問題を考えたても、そうとは思えない。
 だから、1対1っていうのは無論、ある種の近似、理想化であって、今求められているのはそれ以外の適切な方法論が出せるかどうかということだと思うんですよ。
 1対1じゃないよ、って批判するだけなら簡単です。それに対してどういう有効な方法論があるかということをきちっと示すこと、あるいは1対1じゃない方向性のものから、どういう場合に1対1の規則で近似出来るようなものが出てくるのか、と示すことが必要だ、と思うんですね。今は、それに対して完全な答えができている段階ではありません。たくさんのダイナミクスの関係性を捉えるいくつかの例を作っている段階だと思うんですね。さっきいった細胞の例なんかは、その一つです。 そういう見方をしたことで、今まで捉えられなかったことが捉えられるようになると良いんですけど…。
 例えば、発生はなぜこんなに安定なのかという問に対して、いままでのでは答えようがないと思うんです。たとえば、発生を安定にするための調整する、ということをやっているという考えているわけですが、その調整をするものもまた調整を要求するわけですよね。そうするとそれ自身がまた揺らいじゃう。それを何段階かも作れば、安定するのかもしれませんが…。

○不完全性定理のように、ですね。それでも、いまの分子生物学は基本的にそう捉えていると思いますが…。

■そうですよね。でもどうやっても基本的には分子でやっているんだから、ゆらぎはつきまとい続けるわけです。なのに安定している。その問題は分子生物学的なアプローチでは解かれていないと思います。
 むしろそれに対して、まずダイナミクスがあって、相互作用があって、という方からいくと、あくまで結果として、多くの場合にはある状態で安定しているってことなんじゃないか、と。つまり、相互作用の結果からAやBという細胞種類のができて、それは遺伝子のオンやオフのパターンとしてもとらえられるようになっている、と、そう考えるわけです。
 で、最初から1対1の規則でおいたのとの違いは、こうした細胞を、無理矢理違う状況においた時の振舞いであらわれてくるだろうと思います。これをちゃんと検証しようとしたら、いまの生物の環境とずいぶん外れた環境を作ってやって、そこでの生物の応答を見て答えるしかない。それをやっているのが四方哲也さん(大阪大学工学部)達の実験です。その実験結果がまだ出てこないと、まだなかなか答えられないんですけどね。

[06:関係性から生まれる進化シナリオ]

○なるほど。要素を全体から取り出した時点で関係性が失われてしまうから、それではダメだ、ということですね。

■まあそうですね。
 それともう一つ、これはまだこれからの実験なんですが、基本的に相互作用の結果分化していく、というのを考えていくと、進化の問題についても見方が変わってくると思うんですね。さっきいったモデルで相互作用の結果として分化したものは、遺伝子的には別れていないわけだから、それで種が分かれたとかではないんですけど、最初に相互作用があって分かれやすいといった構造があると、逆にそのあとで、遺伝子に固定化されていくというシナリオが成り立つんです。これは突然変異とか含めて実際にシミュレーションをやると、そういうことはかなり見えてきてます。
 そうすると、ラマルキズムを入れるとかしなくても、セントラル・ドグマを満たした範囲内で、状況に応じて、相互作用が変わって、一見アクティヴな進化が進行すると言えるんです。

○しかしそれは随分と大きな問題ですね。どうやったら遺伝子に、そういう環境との相互作用の関係性が固定されるとお考えなんですか?

■いや、固定されうるかどうかについては、普通のダーウィン的なプロセスで良いんです。
 っていうのは、まず表現型が周囲の環境との相互作用によって分かれますよね。それぞれに対して突然変異は働きますね。この場合、どういう突然変異が子孫を残すのに有利か、というのはその分化した表現型によって違っている可能性が大いにありますよね。
 例えばAとBという表現型に分化したとしましょう。Aに対して子孫を残しやすい突然変異と、Bに対して子孫を残しやすい突然変異というのは同じである必要はない。そうなると結局、そのあと突然変異が起こるときに、Aにとって有利な突然変異とBにとって有利な突然変異というのが全く逆向きであることも起こり得ますよね。
 それをずっとやっていくと完全に分かれちゃうわけです。そうなったあとでは、AとBは完全に別々なものなんだけど、その分化が最初なにで起こったかというと、AがいるからBがいる、BがいるからAがいるという状況の為だったんです。それが先にあって、あとで遺伝子に固定化される。そういうことはあり得るでしょう。

○結果として、遺伝子に固定されるということですか。

■そう、その途中を一切省いて結果だけ見ちゃうと、遺伝子が変わって種が変わる、そんな風にしか見えないわけです。でも途中で実際に起こっていることはかなり違うわけですよね。それは多分実験で検証可能で、四方さんのグループがやってます。同じ遺伝子を持ったものが違う表現型になるということは見えているから、それに突然変異をかけたときにどうなるか、ということを彼のグループはやっているわけです。ここ数年で結果が出て来るんじゃないかと期待しています。

[07:相互作用する系の中から表れる、シンボルとルール──複雑系の考え方]

■いまの考え方が基本だと僕は思うんです。遺伝子というシンボルがまずどんどん変わって、という見方が今は支配的だけど、最初から一方向きではなくって、むしろ表現型がどんどん変わっていく、と。お互いが相互作用しながら変わっていく、そういう見方をしないといけないと思ってます。目標としてはそういうところです。
 アナログな振る舞いやセマンティクス的なものがシンボル側から出てくるという見方を、みんな前提としているんだけど、両方の相互関係をもっと見ていきたい。それが僕の思うところの<複雑系>の考え方です。一番きれいに示せるんじゃないかなと思うのが、細胞の分化や進化についてのことじゃないかと考えています。
 また、自然科学としてはなかなか難しいんだけど、言語なども扱えるのではないかと。チョムスキーなんかはルールから生成してくるものとして言語を捉えているけども、レイコフの認知意味論などでは、振る舞いのなかからルールやシンボルが生成されてくると考えます。シンボル化されていないものからシンボルやルールが生成されてくる様を研究する、っていうところでは、同じ問題意識だと思いますね。
 もっとも、言うのは易いけれども、具体的にどう理論に載せていくのかというのはかなり難しいんですけどね。

[08:複雑系が提唱する、生物学への新しい視点]

○先ほどの進化のお話などですが、例えば生態学の人達は「そんなこと分かっている」と言いそうですね。実際、そう言われることもあるんじゃないかなと思うんですが、どう反論なさってるんですか。

次号へ続く…。


NetScience Interview Mail Vol.002 1998/05/07発行 (配信数:02125部)
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編集人:森山和道【フリーライター】
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