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2001/03/22 Vol.137
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【梶田秀司(かじた・しゅうじ)@機械技術研究所 ロボット工学部 運動機構研究室】

 研究:2足歩行ロボットの制御
 著書:『歩きだした未来の機械たち −ロボットとつき会う方法−』ポプラ社

ホームページ: http://www.mel.go.jp/soshiki/robot/undo/kajita.html

○二足歩行ロボット、その制御の研究者、梶田さんにお話を伺います。
ロボットブームではありますが、技術的な話はほとんど触れられていないようです。
素人でも、もうちょっと詳しいことが知りたくなりました。(編集部)



前号から続く (第8回)

[22: ロボット論文の第一章はフィクションである]

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■ただ、物理学会との違いは、おそらく、物理の人はなんだかんだ言っても、やっぱり自然を相手にしているわけですよね。でもロボットの人たちは、かなり「恣意的な世界」を相手にしているわけです。

○恣意的な世界ですか?

■うん。移動ロボットなんか良い例ですよね。「私は2足歩行が意義があると思っている」「足なんかダメだ、車輪のほうが良いに決まってるだろう」「いや、4足歩行のほうが安定性がいい」とかね。
 これもやっぱり荒井さんが言ってた話ですが、ロボットの論文っていうのは第一章は概論なんです。そこはね、実は「フィクション」なんだ、と。

○え?

■たとえば、僕が2足歩行ロボットの論文を書くときは、「日本は高齢化社会を迎えつつある。今後、ホームロボットとして介護ロボットが必要である。介護ロボットは家庭内を動かなくてはならない。そのためには2足歩行が最適である」といったことを書くわけです。
 そういうことを書いた上で、2章からは数式があって、シミュレーション結果があって、実験結果が入るんですね。

○はい。

■2章以降は確かにfact(事実)なんだけど、1章は、一種のフィクションで、たとえば車輪型ロボットの論文だと全く違うストーリーになりますよね。これってロボット工学、人によってはロボットサイエンスと呼ぶものには、一種のイデオロギーが深く入っていて、しかも、そこ、第一章が一番、研究者の色合いが出るし、なんていうのかな、方向性が打ち出されているわけだから…。もう少し、その部分を自覚的でなければいけないよね、という話をしてるんですよ。

○え。僕はその話はなんか普通な感じがしますけども。というのは、僕はロボットの論文の頭はそういうもんだといつも思って読んでましたし。
 介護時代の話とか、少子化で労働力不足になるとかって、確かによく書いてありますよね。僕もよく「これって本気でそう思ってるんですか」って先生に聞きますよ。そうすると皆さん「本気、本気」って仰る。確かに本気は本気なんだろうけど(笑)、それは自分の信念というかイデオロギーというか、趣味というか、そういう ものがあった上での本気なんだろうなあと思ってました。

■ええ。そのへんがね、ちょっと日本の研究者は甘いんでしょうね。もうちょっと数字的な裏付けとか、統計的な情報とかを持ってこないといけないですよね。それは僕自身も反省してるんですけども。でもそういうことはあまりやらなくて、第2章以降に突っ走ると。

○第一章に、けっこう実用化を意識したことが書かれてますよね。工学なんだから当然ですけど。だからこちらも、期待して見ちゃうんだと思うんですよ、ロボットを。
 なのに出てくるものがいま一つだから、っていうのも、こちらのフラストレーションになってるのかな、という気もします。
 今日僕がずーっと言っている「なんでその設計が難しいのか分からない」といった問題意識の違いというか、知識の溝も含めて。

■第一章で展開されている壮大なストーリーに対して、延々と重箱の隅が論文には書かれていて、他の部分は「いずれ他の人がやってくれるよね」という書き方ですね。
 あるいは「将来これをやるかもしれないよ」という形で終わっている論文が多いですね。

○将来課題ですよね。でもそもそも、みんな「重箱の隅の部分」で、まだうまく行かないところが多いわけでしょ? 

[23: ノンホロノミック]

○その「重箱の隅」がいま一つよく分からないんですよね。
 他にはどんな「重箱の隅」があるんですか。

■そうですね…。
 最近、みんながおいしいおいしいと言ってつついている「重箱の隅」がありますね。ノンホロノミックという奴です。線形制御に対して、純粋な非線形制御の話です。
 非常にオーソドックスな理論派の研究なんですけど、一番分かりやすい例が自動車の車庫入れ。車庫入れというか、幅寄せがいいかな。車っていうのは、基本的には前後ろとステアリングを切るだけですよね。普通は真横に動く機能は持ってない。でも、ジクザグに動くことで幅寄せ、縦列駐車ができる。それを、ノウハウじゃなくて、数学的にキチッと扱うことができるんです。これがいま割と人気がある分野なんです。これはですね、自動車の車庫入れだけではなく、魚が水のなかを泳ぐとき、くねりますよね。くねりながら向きを変えたりできますよね。それもノンホロノミックの一 分野と言えるんです。
 その理論を使うとウナギのような形のロボットが水中でくねるだけで、その場で方向転換できたりする。 実は本物の魚はそういう泳ぎ方をしないんですけどね。
 研究発表では数式がバーッと出てきて、シミュレーションがバーッと出てきて、運が良ければ最後に実験のビデオが出てきて、ロボットを作ってプールのなかを泳がせました、しかも本当の魚にもできないことができました、と。

○ふむふむ。

■こういうのは僕も面白いと思うし、みんなも面白いと思えるものですね。
 あれ、これじゃ何が難しいかという話にならないな(笑)。こういうことに研究者は労力を費やしていると。

○(笑)。

■他には他には…。

○いや、そんなに無理に探してもらわなくても。

■僕も最近、2足歩行とヒューマノイドのセッションしか聞いてないんで。ごめんなさい。

[24: パッシブ・ウォーク]

○そんなに2足歩行のセッションって増えたんですか。一時期、なくなりかかってたんじゃ?

■ええ。そこはやっぱり、ホンダの影響です。
 そうそう。パッシブ・ウォークというのがありますね。斜めの斜面をタカタカタカと降りていく、おもちゃありますよね。あれって、自分はまったくモーターを持ってないのに、重力によるポテンシャルエネルギーだけで動くわけです。

○はい。

■で、これのもうちょっと高級版を作った人がいるんです。そのロボットは、膝がある。膝があるんだけど、モーターが入ってなくて自由に回転できる。でも人間がちゃんと歩くように、カタンカタンカタンと、坂道降りていくことができるんです。これはある意味で究極のエネルギー効率を持った歩行ロボットだと思います。ホンダのロボットが数千ワットのパワーを要求するのに対して、省エネでいこうと。いろんな人が注目しています。

○ふむ。人間も疲れてきたら、クラッチを外すような感じで、ダラダラした歩き方に変わったりしますよね。何か違う歩き方になってるのかもしれないんですよね。

■そうですね。受動関節っていって、敢えてモーターを使わずに、自然に振り出すような動きを使おうっていうのは、けっこう昔から研究されているんです。実際にそういう動きでもって、見た目でも人間の歩き方と同じ様な形で動かすことができるというのを示したということで、非常に意義のある研究だと思います。10年くらい前の研究ですけどね。

○ふーむ。

■緩い斜面でそれができるということは、ちっちゃなアクチュエータをつければ、平らな床を歩かせることもできるんじゃないかと思われるんですよ。まだいま一つだけど、そこそこ出来つつあります。すごく人気がありますね。いろんなグループがやってます。足がちょっとアールを描いてましてね。車輪を半分に切り取ったような形になっているのがポイントなんですけど。

○ふーむ。

■これはホンダに対抗する一つの手段だと思いますね。彼らが力任せで、すごいモーターでやったことを、もうちょっとスマートに、しかも物理法則を綺麗に使って歩かせてやる。そういう方向性ですね。

○ホンダ以外のアプローチでも、まだまだやることはあるんだよということですか。

■そうですね。まあ、ホンダと同じことを正面切ってやろうという人はなかなかいませんね。

[25: 二足歩行研究者が歩き始めるまで]

○ホンダのロボットが人気あるのは、やっぱり人間と似た動きをするからだと思うんです。本当は、機械なんだから、別に人間と似た動きを無理矢理真似る必要はないはずなんですけどね。

■そうそうそうそう。
 ロボット学会のなかでも、人間型のロボットにこだわってやろうとしているのは、少数派なんです。しばらくは早稲田以外研究していなかった。「ヒューマノイドなんてそんなのは早稲田に任せておいて、我々はもっと違うロボットを作ろう」とか言って他の動物型の奴を作ったりしていた。そうやって住み分けてきたわけです。20年くらい前から、ずーっと同じ事をやっていた。

○東工大の広瀬研究室のヘビロボットとかですね。あれも面白いとは思うんですけど、その後どうなったのかなあ…っていうのは正直言ってありますね。最初に出てきたときから、どういうふうに進歩してるんだろうって。

■うん。僕も大学に入ってロボットって面白そうだなあと思ったのは、広瀬先生のあの研究を見てからなんです。20年前っていうと、それ以外のはオモチャぽかったんですよ。

○20年前というと、筑波万博直前の頃ですね。

■ええ。その頃、いかにもヘビがくねるような、生物的な動きを全部、機械と電子回路で作ってしまったのがすごく魅力的に思えたんです。

○確かに。

■そのあと、早稲田の次のムーブメントっていうのが、制御理論を使って2足歩行をやるというものだったんです。実は動歩行っていうのはなかなかできてないんだよと。論文読んでみると、制御理論の大家のセンセイがいろんなことやってるんですよ。それで……。いつの間にか、2足歩行にはまってしまったんですよ(笑)。

○いつの間にかじゃ分からないですよー(笑)。

■はやい話が、同じ建物のなかに森政弘さん(東工大名誉教授)の研究室があって。そこでドクターを取った人がロボットを歩かせていたんです。足を伸び縮みさせることで歩かせるロボットでした。その方は確か、3歩歩かせたんだったと思います。そ れで学位を取られたんですけどね。
 それを見ていて最初思ったのは、「これは何で、こんな難しい数学を使ってるんだ ろう」と。制御の理論って行列とかいっぱい出てきて、すごく苦手だったんです。ほとんど落第しかけたんですけど(笑)。
 自分がね、簡単に歩いているものが、こんな数式で表されるのは我慢ならないと。最初に思ったのは、コンピュータを使って学習させていけば歩けるようになるんじゃないかと。そう思ったんです。そういうこと研究室の先輩に言ったら、けっこうムキになって「いや、エンジニアとしては、数式を使ってこういうやり方でやるのがやりかたなんだ」と反論された覚えがあるんです。

○(笑)。

■それで非常に不満に思いつつ、だから「俺はあんな数式なんか使わずに、学習とか自律分散とかでやってやろう」と、最初は思ったんですが(笑)、論文を読んでいるうちにですね、だんだん、数式のほうにいっちゃったんですね。

○いまはバリバリ数式方面でしょ(笑)?

■バリバリかどうかはあれですが、そっちのほうだと見られてますね。

○たぶん、梶田さんがそのとき感じた感覚──なんで数式いっぱいで制御してるんだ ろ、って感覚が、たぶん今の僕の感覚に近いんだと思うんですよ。そりゃ、行列でどうしたこうしたやらないといけないということは、おぼろげながら分かってるようなつもりではあるんですが、それでも、どうしてそれがうまく行かないのか分からないなあ…。

■そうですね。その自然な疑問は誰でも抱くんですよね。それが…、うーん。

○精度を上げていけばいいってわけでもないんですよね? 人間は確かに全身がセンサーがあり、全身にアクチュエータがあるわけですが。

■ましてや人間は知能を持ってますからね。ダメだったらやりなおすっていうやり方をプログラムすればいいわけだから。機械のガタツキとかもね、プログラム次第でなんとかなるんじゃないか。最初はそう思うんですけどね(笑)。ところがそれがなかなかうまくいかなくて、ズルズルとはまっていくわけです(笑)。

○たぶん、いまでもロボットやろうと思っている学生のなかでも同じことを考えている人がいっぱいいるんでしょうね。それで実際やってみるとあまりうまくいかなくて、っていうサイクルがグルグル回ってるんでしょうね(笑)。

■ええ、まさにいまこの瞬間にも起こっていると思いますよ。
 ただ、当時と違うのは、いわゆるソフトコンピューティングのグループ、自然な第 一印象を大事にしようというグループはそこそこ頑張ってますよ。数式を使わない制御っていうのは、いまではそこそこありますからね。ただし、ホンダと同じレベルの 歩行を今後は実現してもらわないといけないんですけど。

○ああ、ホンダ式の硬い、数式バリバリのやり方ではなくて、ということですか。

■ええ。いわゆるニューラルネットワークを利用した方法ですね。その方向はあります。
 それに対する僕の批判は、一般性が失われるってところかな。よくニューロで歩行を学習して、っていうことが言われるんだけども、あたかも完全に自動的に歩行パターンが出てきたかに思われるんだけど、そのパターンが出てくるまでに、ものすごい調整する要素があるんですね。プログラムのなかに変数が何百カ所とあって、その数字をちょいと変えると、もう途端に歩かなくなっちゃう。職人技の世界です。それはいったい研究なのかどうなのか。少なくともサイエンスとは言えないんじゃないか。

○人間がア・プリオリに与えている部分が多いってことですか。

■そう。関節の動き方自体ではなく、学習するパラメーターですね。

○でも本来、その値そのものも「何か」に制約されてその値になっているわけですよね? その「何か」が何なのか分かれば、サイエンスになるんじゃないですか。

■ええ、それは良いポイントです。まさにそのとおり。
 ですが、その「何か」を追求せずに、ただニューロのなかの何かの数値のいじっては転び、いじっては転びしている例もあるんですよ。それは違うんじゃないか、ということです。ニューロだったら、その上にある理論を目指す。それがロボット研究者のなかの美意識というか、鑑賞眼に繋がるんじゃないでしょうかね(笑)。

[26: 「もうちょっとやりようがあるんじゃないの?」]

■たぶんね、森山さんが2足に対して感じている感覚は、僕なんかがビジョンに関し て感じている感覚と同じなんですよ。

○え?

■いや、僕はビジョンに関しては素人でしょ。だから逆に「もうちょっとやりようがあるんじゃないの?」って思っちゃうんですよ(笑)。

○ははあ(笑)。

■ロボカップなんかでもね、照明条件によってボールを見失っちゃうなんていうのはあまりに低レベルじゃないですか。

○ええ。あの話はちょっと、最初聞いたときは愕然としましたね。色温度がどうしたこうしたって話は、照明やってる人だったらみんな知ってる話ですから。でも、そういうレベル、そういうものなんだなとも思うようになりました。ていうか、それにも対応できないくらいカチカチに、ロボットっていうのは作られるんだな、って思ったんです。多少、色温度がずれたところでどうってことないように自動補正してやる、なんていうのも、作りこまないとそんな機能はないわけですよね。

■そうです。

○これからはそういう部分をどんどん作りこんでいって、やがてはうまく行くといいなと。
 ロボカップは、正直いって今のままだとあまりピンと来ないですよね。せめて「ショー」として面白くなればいいんですが。

■それはやっぱりヒューマノイドじゃないですかね。

○ええ。 ■北野宏明さんも2足歩行に熱い視線を注いでるようですから。

○ええ。青学の古田さんが作っているアレ( http://www-esys.me.aoyama.ac.jp/ )とかが走ってボールを蹴るようになれば、そりゃ楽しいと思いますよ。そういう時代になることを期待したいです。

[27: ヒューマノイドは本当に介護や危険な場所での作業に使われるのか]

○ロボットの論文で、高齢化社会がどうしたとか、介護がなんだとか、危険な場所で作業させるんだとか、頭にいろいろ書いてありますよね。そういう論文はやっぱり多いんですか。

次号へ続く…。

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NetScience Interview Mail Vol.137 2001/03/22発行 (配信数:24,777 部)
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編集人:森山和道【フリーライター】
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