NetScience Interview Mail
2001/02/08 Vol.131
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【梶田秀司(かじた・しゅうじ)@機械技術研究所 ロボット工学部 運動機構研究室】

 研究:2足歩行ロボットの制御
 著書:『歩きだした未来の機械たち −ロボットとつき会う方法−』ポプラ社

ホームページ: http://www.mel.go.jp/soshiki/robot/undo/kajita.html

○二足歩行ロボット、その制御の研究者、梶田さんにお話を伺います。
ロボットブームではありますが、技術的な話はほとんど触れられていないようです。
素人でも、もうちょっと詳しいことが知りたくなりました。(編集部)



前号から続く (第2回)

[03:モデル誤差]

科学技術ソフトウェア
データベース

○じゃあ、なぜロボットはうまく動かないんですか。

■それはですねえ、結局、モデル誤差があるからです。カルマン・フィルターがちゃ んと働くには、モデルが正しいということが前提なんです。ところが、モデル化できない部分があるんですよ。
 衝突がそうですし、少し関節がたわんだりとかね。僕らは理想的な剛体、まったく撓みがないものとしてモデルを作るんですが、実際にはたわんでいる。モーターから足先に至るまでに、いわばバネが入っているような状態になる。そこまでモデル化するのは難しい。完全にバネがない状態で制御しようとするから、誤差が出てくるわけです。

○ホンダのロボットがうまくいったのは、その辺をきっちり計測していって、今の技術でかっちり作ってやったから、という面もあるんでしょ?

■そうですね。僕も一番びっくりしたのは、初期の頃には彼らはロボットを一回全部バラバラにして、部品全部の重心や慣性モーメントをきっちり計ったんだそうです。 そういう情報をコンピュータに入れてシミュレータを作って、それをもとに歩き方を考えた。
 それをやればいいことは分かってるんですけど、なかなか大変で(笑)。大学の研究者もやらないことが多いんです。

○大変っていうのは? 手間がかかるってことですか?

■そうです。圧倒的な手間です。数百とか、下手したら千近い部品をばらさないといけませんから。
 測るのは関節一個一個ですけどね。ワンタッチで外れるようにはできてませんから。

○なるほど。
 …でも人間はそんなことやってませんよね。

■ええ(笑)。

○誰もが素朴に抱く疑問だと思うんですけど、じゃあ、なぜ人間は普通に歩けるのか。脳の中にGAみたいなアルゴリズムがあって自分で書き換えていくのかもしれませんけども…。

■ええ。書き換えていくプログラムは、つくれます。仰るとおりですが、それがね、思ったように動かないんですよ。さっきの振動みたいなことが、もうちょっとメタなレベルで起こっちゃうんです。

○ははあ。モデルのレベルで書き換えが間に合わなくて振動しちゃうと。

■ええ。モデルを書き換えて、それがまたズレて、また書き換えて、またズレて、となってきちゃうんです。そうなるといつまでたってもダメですね。

○うん。自律ロボットの実験とかでたまにそんな感じの奴がいますね。ループのなかに落ち込んでしまってるやつ。そんなイメージなのかなと思いますが。
 でも…、うーん。問題点は研究者の方々みんな分かってるわけですよね。でもうま くいかないと。その辺の「わからなさ」が逆にピンと来ないんですよ。

■うん、だから我々の説明不足だと思うんですけども。

○ていうか、なんて言えばいいんでしょうね…。ダメな部分は研究者の皆さん、もう 分かっているわけじゃないですか。設計の問題、モデルの問題だとか。実機を如何に 精密にできるかとか、実世界にシミュレーションできない部分が多いからとか。そう いう問題が分かっていながら、どうして「じゃあ次はこうしよう」というのが出てこ ないのか。実際、みんなそこらへんを研究しているわけですよね。みんなどうやって そこを突破しようとしているんですか。梶田さんの場合でも、他の先生の場合でも結 構ですが。

■一番古典的なアプローチは、とにかく数学に頼るんです。フィードバックによって 起こる振動現象っていうのはわりとキチッとモデル化できるんです。ひとつ、我々の 夢としては、ある特殊な数式があって、フィードバックすると、どんなパラメータで もうまく発振しないで目標に導けるような、そんな数式、関数があるんじゃないか と。

○…? わかるようで分からないような。

■モデルはある理想的な値を持っているわけです。実際のものはちょっと誤差があ る。ちょっと誤差があってもうまくいくというような、マージンを取らせたいわけで す。理想的な制御というのは、モデルと大きな誤差があっても正しく働いてくれる と。それが難しい。ロバスト制御理論といって現在でも世界中で研究されています。純粋に線形制御の理論ですけどね。

○マージン?

■うん、たとえば46キロのロボットがあるとしますね。これが歩く。そのたびにフ ィードバックする。このロボットが荷物を積んで、体重が倍になったとする。それで もうまく働くように制御したい。
 ところが現状では、重くなったがために、さっきの「行って行きすぎて」の振動が 起こったりする。それじゃ困る。そのために何とかしなくちゃいけない。そのときに はいろいろ…。

○問題が起こると。

■我々は「コントローラー」っていってるものがあるんですが。誤差にゲインをかけてモーターに返してやる。ゲインって言ったときには単に数字だけではなくて、ここに微分や積分の特性が入った「フィルター」なんですけどね。それの設計のしかたが …。うーん、なんて説明すればいいんだろう。

○その「ある関数」を通して値をはじき出すと、誤差があってもちゃんと目標に到達できるようになるためのものですか。

■そうそう、その通り。

○その「パラメーターの設計が難しい」というのは、どういう意味ですか?

■ロボットがあって、入力があって、出力があるとしますね。そしてフィードバックっていうのは、センサーで測った動きを元にして、何か、ある関数をかけて入力として与えることです。

○はい。

■まず、実際の値を取ったら、モデルと引き算をするんです。その誤差を、あるフィルターにかませて、実際にロボットを動かす電流を計算する。結局、そのフィルターをどういうものにすればいいのかを延々と研究している人たちがいるわけです。

○誤差を修正するものですよね。

■ええ。

○やっぱり、その設計がどうして難しいのかが分からないんですけど(笑)。
色んな研究者がずっとやってるわけでしょ? 色々やってたら、できちゃうような気がしちゃうんですが。

■(笑)。

○人間があまりに当たり前にやってることだから、ピンと来ないんですよね、たぶん。

■……たぶん、人間はですね、いや、たぶんというよりかなりの確率で、人間は同じやり方をしてないと思います。そういう気がします。でも工学的には、こうするのが主流だったんです。

○そうなんでしょうか。人間はやってないんでしょうか。人間も入力、出力、フィードバックで、こうしてやってるんだと思う方が直観的には分かりやすいですけど。

■うん、おおまかな枠組みとしては同じでしょうね。誤差に対してどれだけの修正量、駆動を加えてやるという意味では。

○なんでそれが難しいんですか。やっぱり分からないんですけど(苦笑)。
 たとえばボールペンのキャップがあるとしますよね。キャップを取ろうとして、手 が届かないと。それを判断して、より腕を伸ばせるように途中で軌道を変えてやる と。そういうことですよね。軌道を変えるためにある量があるわけですよね。その量 をはじき出すためのフィルターの設計が難しいということなんですよね?

■そうです。そのとおりです。

○それがなぜ難しいんですか。ロボットのほうがそういうこと得意そうだと思うんで すけど。ロボットは、自分の体のことを知ってるわけですよね。自分の体の重さはどのくらいで慣性モーメントはどのくらい、といったことを知ってるわけだから、このくらい力を入れればこのくらい手が動くよ、ということは分かるわけじゃないですか。

■うーんとね(笑)。一つはですね。さっき言ったR・E・カルマン──カルマン渦 のカルマンとは違う人ですが、彼が綺麗に解いたのは、これが完全に線形なものだっ たら、理論的に完璧なコントローラーが設計できるということなんです。ところが現 実には完全には線形ではない。実際の世の中は非線形な特性を持っている。そうなる と理論で扱うのは難しくなる。

○うん。力を入れても思ったようなトルクが出なかったりすることがある、そういうことですよね。

■そうですね。線形だったら、倍の力を入れると倍の力になるというのが、非線形だと倍は出なかったりする。僕らがやりたいのは、非線形でも、モデルをいったん書いたら、自動的にコントローラーを設計してくれるような方法を見つけたいと。でもそれが一筋縄ではいかない。

○うん、それは分かるんですけど。誤差もある程度ひっくるめた上でのコントローラが必要なんですよね。

■そう。それが、未だに解決していない。

○それが現在のロボットの制御における根本的な問題の一つ?

■そう。問題の一つ(笑)。
 このへんの話はだいたい分かって頂けましたか。

○いや、分からないですよ(笑)。なんで難しいのかが分からない。僕は、それが一番知りたいんですけど。
 たとえば「実世界がモデルどおりじゃないから実際の計測とは誤差があって」という話にしても、センサーの精度なり、設計の厳密さなりを上げていけば、ある程度ま ではモデルの理想状態に近づけていくことはできるわけじゃないですか。
 現実を忠実にモデル化することは不可能だから、どこかで取捨選択しなくちゃいけないのは当然としても、許容範囲はあるんでしょ? 無限というか、ある程度まではモデルを現実に近づけることができる。その、ある程度近づいた段階で、それこそボ ールペンのキャップをパッと取れるようになれば十分なわけじゃないですか。
 だから、その、ある程度まで近づくことが難しいのか、それとも、もっと根本的な困難があるのか…?

■うーん。たとえば、キャップを取るロボットを作ることを考えましょう。ロボットの腕が空中を動いているときは、あまり問題ないんです。ピタッと、0.1ミリとかの精度で動くわけです。
 ところが、モノにぶつかった瞬間に、このモデルはがらっと変わるんです。空中を 動いている間は線形の世界です。2倍の力を入れれば2倍の速度で動く世界。ところ が、今度は2倍の力を入れても動かないと、そういう世界に変わるんです。非線形な 変わり方をする。しかも、やっかいなのは、しょっちゅうそれが変わるんです。握っている間とかならば、今の森山さんの考え方でオーケーなんですが、ぶつかるたびに 変わるんです。

○衝突とかの瞬間? たとえば卵を割るときとかは、いつパンと割れるか分からないし、ぐしゃっとやっちゃったらまずいからすぐに指を止めないといけない。確かに変化の連続だろうと思いますけども。

■ええ。

○でもそれも、無限に、いやある程度センサーの感度やモーターの反応速度を上げていけばいいんじゃないですか? 人間もそうやってるんじゃないですかね?

■いや、僕は人間に関しては知りませんから(笑)。

○いやいや、そりゃそうでしょうけど。うーん、やっぱり分からない。

■そうですね…。
 ロボット屋さんにとって、動きを制御するのは結構うまくいくんですよ。ところが、力を制御するのはけっこう、扱いが難しいんです。

○それはなぜですか。

■一つは、やっぱりセンサーがなかなかいいのがあまりない。
 それと、力のほうがノイズが大きいんです。歩行が良い例ですが、バンとぶつかっ たらすごいノイズがのります。

○なるほど。分かったような、分からないような。

[04: スキルレベル]

○それにしても不思議だなあ。なぜできないのかがよく分からないです。しつこくてすみませんが。

■一言で言っちゃうと、制御理論自体が未完成なんです。実験環境、シミュレーショ ンではうまく言っても、それは、モデルにディペンドしているわけです。ですから、 モデルが間違っているといつまで経っても実環境ではうまくいかない。

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■ U R L :
◇朝日新聞 金融経済欄 ロボットと進化競争  人と機械は共存するか
http://www.asahi.com/market/news/20010103b.html

◇hotwired イネゲノム完全解読
http://www.hotwired.co.jp/news/news/20010130310.html

◇毎日新聞 2001-01-29 指先つき「ロボット鉗子」を開発 東芝と慶応大
http://www.mainichi.co.jp/digital/computing/archive/200101/29/2.html

◇オンライン書店bk1 宇宙ステーション「ミール」の終焉
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_top.cgi?tpl=dir/01/01081000_0012_0000000001.tpl

◇科学技術者のための総合リソースガイド・NetScience
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NetScience Interview Mail Vol.131 2001/02/08発行 (配信数:24,141 部)
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