NetScience Interview Mail
2002/05/09 Vol.185
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【藤原晴彦(ふじわら・はるひこ)@東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 適応分子機構学研究室】

 研究:昆虫分子生物学
 著書:『昆虫の生化学・分子生物学』(名古屋大学出版会)分担執筆
    『無脊椎動物のホルモン』(学会出版センター)分担執筆
    『昆虫から学ぶ生きる知恵』(クバプロ)分担執筆
    『ミクロスコピア』1999年4号、2000年1号、2号
    『よくわかる生化学』(サイエンス社)

○昆虫の変態・擬態などの分子メカニズムを探索している藤原晴彦さんのお話をお送りします。昆虫の模様の研究の話から昆虫の染色体の話など、他ではあまり読めないお話です。お楽しみ下さい。(編集部)



…前号から続く (第7回)

[19: 「共通のメカニズム」から外れたもののメカニズムを探る]

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■この模様の話をしだすときりがないっていうか(笑)、いろんな不思議なことがあるんですよ。
 僕が結構面白いと思っているのは、たとえばチョウを想像して頂いて、翅と胴体がありますよね。で、模様が、翅から胴体を経て一文字になっているようなチョウがいるんですよね。

○ははあ、いますね。

■これってかなり不思議だと思ってるんです。翅はさっきいったように幼虫のときは成虫原基になってるわけです。でも成虫になったときに模様が一直線に繋がるということは、最終的にこういう三次元構造になるっていうことが、情報として、胴体の位置関係から決められなくちゃいけないわけですが、これは、僕はかなり不思議だと思うんですよね。それはいったいどう制御されているのか。

○ううん、そう言われるとそうですね。かなり不思議なことですね。

■あとはさっき言ったみたいに、背中側の模様と裏側の模様がぜんぜん違うもの。どうやってそんなことができるのか。これもかなり不思議です。

○そのへんの模様の不思議は、ある日突然、画期的な発見があって統一的な視点で語れる、一気に解決されるような類のものなんでしょうか。伺ってて思うのが、複雑なんだか単純なんだか、さっぱり分からない(笑)。

■ええ(笑)。それはいいご指摘だと思います。たぶん、元のメカニズムは単純なんだけど、それをベースにすごくたくさんんのことができるというのが昆虫の特質じゃないかなと思います。

○すごく折り畳まれてる、情報が圧縮されてる機械みたいですね。

■そうですね。  最近は「モデル生物」っていうのでみんな仕事をやってるじゃないですか。僕自身は、昆虫をやる以上は、非モデルでやらないといけないなと思ってるんです。要するに昆虫の面白さはバリエーション、多様さにあるから、モデル昆虫をやって何か共通のメカニズムを見いだすというよりは、そこから外れた奴が、どういう形でなっているのかということが、昆虫を使うメリットじゃないかなと思ってるんです。
 これだけ多様なものがあって、それがおそらく比較的シンプルなメカニズムをベースにしているんだろうと。それが進化の過程でどう切り替わるんだろうかとか、進化的圧力がどうかかって、どういうふうにコロッと変わってきたんだろうか。そういうところが、僕が昆虫について面白いと思っているところです。

○なるほど。

[20: アマチュアサイエンスとアカデミックの接点がないことは残念]

■日本の場合、すごく残念だなと思うのは、アマチュアのレベル、昆虫のアマチュアの人がたくさんいるじゃないですか。彼らはすごくたくさんのことを知ってるんですよね。でもその情報っていうのは、アカデミックなところとあんまり接点がないんです。本当は遺伝子レベルの話と繋がるようなものもあると思うんですけども。

○はい。

■アメリカの場合は、アマチュアっていうのはほとんどいないんですよ。すごく専門的な研究者だけで。彼らはwinglessがどうとか、distallessがどうとかいったことやホメオティック遺伝子のことなんかは凄くたくさん知ってるけれど、実際のチョウチョのことや、もともとのことはあまり知らないんです。だから情報があまりうまく噛み合ってない。

○へー、そうんですか?

■うん、だから日本なんかはちょうど、アマチュアをベースにすると、すごく良い研究ができると思うんだけど、あまり生かされてないという感じがしますね。
 それはなぜかというと、遺伝子云々というのはアマチュアの人にすれば、本来はあんまり、自分たちの楽しみにはならなかったのかもしれませんね。

○そうですかね。でもガーッとコレクションしている中の変な奴、これは実はこういうメカニズムなんだといったことは……。

■ええ、最終的にそこへ持っていったほうが、僕は面白いと思うんですけどね。ひょっとしたらそういう人も増えているのかもしれないですけどね。

○ひそかに増えているんじゃないでしょうか。

■そうかもしれませんね。

○しかし、最近は昔ながらのアマチュアサイエンティストみたいな人は、なかなか成立しにくいと言いますよね……。

■うん、それでも日本はけっこう多いですよ。うちの研究室にもいますよ。トンボのコレクターが。うちの研究室ではトンボはできないから、やっぱり鱗翅目にしてくんない?って説得してやってもらってますが(笑)。

○でもトンボでも系を組めれば実験はできるのでは(笑)?

■いやー、やっぱ昆虫はねえ、「飼える」ってことが大変なんですよ。フィールドに行ってコレクションするだけなら良いんだけど、こういうことやろうと思ったら研究室の中で飼うのはなかなか難しい。

○うーん、そう言われると確かに。ヤゴをいっぱい飼うのは大変かもしれませんね。

■うん。しかも年中飼ってないとだめですから。夏だけやってればいいっていうわけにはいかなくて、冬もやらないと研究は進みませんから。

○だからみんなカイコを?

■そうですね。でもうちはいま、カイコ以外にも、アゲハとシロオビアゲハを飼っていて、アカモンドクガ。鱗翅目で手を広げている感じですね。

[21: 実験形態学と遺伝子]

○そもそも、カイコにしても胴体に本当の足以外に、仮足がありますよね。これがどうしてできたのかも不思議です。

■どうしてというのは進化的にということですか、それともメカニズム?

○うーん、両方ですね。HowもWhyも。

■ああ……。どうしてでしょうね(笑)。カイコの場合は葉を食べるためには後ろにも支えがあったほうがいいからこうなったんでしょうけどね。

○うん……。ただ、ふつうに考えると、できそうにないように思えるじゃないですか。まあ、「パンダの親指」みたいなものなんでしょうけど、あの話にしても、なんか違うんじゃないかなという気がするんですよね。たぶんみんな思ってると思うんですけど、どこか抜けてるところがあるんじゃないかというか、しっくりこないところがあるんです。

■それは、確かにみんな思ってることかもしれませんね(笑)。翅ができるって言ったって、徐々にできるというのは、やっぱり非常に不自然ですよね。翅は機能しない限り、邪魔者でしかない。その生き物にとっては非常に不利な状況になるから、何か翅ができるときには、いわゆる大進化的なことが起きたと言いますかね。でも、それを説明しろって言われてもできない。だから多くの人はそれを回避する説得作を持っているんですけどね。

○ええ、翅の話だとラジエーターだとか、滑空するときに役に立ったんだとか、そういう奴ですね。そういうのから徐々に神経が通り、筋肉が通り、やがて翅になったんだという話。

■そういうのはいくらでも言えるんだけど、じゃあ本当にそうなのって言われると、よく分からない。全てがそうじゃないかなと思いますけどね。そこに立ち入れるまでの知識がまだないんですよ。
 いま仰ったように、翅は翅だけじゃなくて神経も筋肉もないとダメだし、しかも羽ばたけないと成立しないわけですよ。それを徐々にっていう形で数万年もかける余裕があるかというと、それはちょっとあり得ないような気がする。やっぱり成立するときには一気に成立しないと、っていう気はしますよね。

○特に昆虫の話とかを伺っていると−−たとえばこの<インタビュー・メール>では以前、神崎先生にカイコの持つフリップフロップ回路の話を聞いたんですよね。(http://www.moriyama.com/netscience/Kanzaki_Ryohei/index.html
神経細胞一個一個に役割が振られて神経回路が構成されているわけですよね。そういうものが存在して彼らの行動が成立している。そんなものが一体どうやって構成されるのか、また、変態するようになったとき、変態が終わったらバタバタ羽ばたけるようになるわけですが、どうしてそんなことができるようになるのか……。いま伺ったお話だと、翅の端には毛まで生えているわけですよね。

■そうですね。感覚毛みたいなね、微細なところの機能が徐々に付加されてきたっていうのはもちろんあり得るかなという気もしますが、ベーシックな機能、翅としての基本的な機能は、徐々に成立させるるのは難しいような気がするんですよね。だからそれは本当に、今ふつうに言われているようないろいろな説で説明できるのかどうかは疑問に思うところはありますね。

○そのへんが、どうも進化の分からないところなんですよね……。

■そうですね。進化っていうのは実証できないから、好きなことを言ってるしかないとは思うんですけど(笑)。

○たとえば、ホヤの話で、無脊椎動物のウニから脊索を作るBrachyuryの相同遺伝子を取ってきてホヤに入れたら脊索ができたという話がありますよね。つまり脊椎動物が脊索を作るときには、新しい遺伝子を作ったのではなくて既にあった「ありもの」の遺伝子を別の用途に使い回したという話。それと似たような研究は昆虫ではできないんでしょうか。

■ああ、それはできるんじゃないでしょうか。できると思いますよ。

○翅のない昆虫から、有翅昆虫では翅を作っている遺伝子を取ってきて、翅を作らせたりとか……。

■ええ、できるでしょう。昆虫は移植の拒絶反応も少ないし、遺伝子を導入してやらせるということもできるし、組織を移植してどうこうといったこともたぶんできるでしょうね、昆虫なら。

○最初に伺った、昆虫の染色体の特性の話とかと、そういったことがくっついてくる と、けっこう面白いなあと思うんですけど。

■ええ、いろんなことができるようになってるんだろうなあと思います。昆虫は。  カイコなんかもね、翅の原基を取って、入れ替えたりできるんですよ。ちゃんとし た翅にするのは結構難しいんですけど、移植操作はけっこう簡単にできるんです。

○ふーん。

■ホヤとかウニもそうですけど、昆虫でも、実験発生学、実験形態学っていうのかな、移植とか、ちょっと自分の手で操作を加えるというのが、クラシカルにはすごく魅力的だったんだと思うんですね。でもいまはそういうことやらなくなっちゃったんで、逆に、いまの遺伝子のいろんな操作でできることと実験形態学を組み合わせるのが、僕自身は面白いと思うんですけどね。そうすれば色んなこと分かるかもしれないし。

○ええ。

[22: 昆虫の性差]

■もう一つは、オスとメスの違いですね。そこに僕は興味があるんですけど。
 性ホルモンのない状態で、昆虫の場合、どういうふうに発生が進んでいくかに非常にバリエーションがあるというのが面白いところだと思うんですよ。
 翅なんかもそうなんですけど、うちの研究室は、一つは、性差っていうのかな。性決定ではなくって−−性決定をやっている人はもっと上位の、この遺伝子があるとメスになる、オスになるということをやりたいんじゃなくて、もっと下流のところっていうんですかね、そのへんをやりたいと思ってるんです。

○卵のなかでやってる、まあ何でやってるのか分からないけども、性決定の部分ではなく、もっと下の、ということですか。

■そう、人間でいえば第二次性徴のところですかね(笑)。そこにすごく興味があるんです。幼虫のときは性差がないですよね。その先です。つまり、昆虫にとっては成虫っていうのが目的で、そこでしか性が機能しませんから。

○逆にいえば、昆虫の場合は、成虫って性の営みしかしませんよね。

■そう。そこが凄く遅くまで引き延ばされている生物ですよね。だから逆に−−人間なんかだと第1次、第2次性徴はホルモンでやってるけど、昆虫はホルモンじゃないから、性の発生を遅らせた状態でおこってきて、それを調べるのが容易で、しかも性の役割が一種のディスプレイっていうんですかね、人間の場合は生殖行為をするためだけに器官としてある感じだけど(笑)、昆虫にとっては行動とかも含めてバリエーションがたくさんある。もちろん高等動物でもそういうのはあるんだけど、昆虫の場合、非常に調べやすいんですよね。

○ええ。逆に、昆虫の場合、行動も含めて、生殖しかないって感じですもんね。

■そうですね。オスとメスの模様の違いとかね、それにどういうふうに性差が効いてくるかって話もありますよね。単に初期発生がどうなっているかということだけじゃなくて、模様自体も性で違っているから、いろいろ実験もできる。そういう魅力もあるわけです。

○なるほどねー。
 でも昆虫の場合、性ホルモンがないわけだから、基本的に細胞がメス型だったらこういう反応を示すとか、こうなるとか、そういうことになるわけですね。

■ええ、そういうことになります。ですから昆虫のコレクターの間でジナンドロモルフが珍重されたりするわけですね(笑)。

○あれは普通の状態で、ああいう個体が出てくるわけですか。

■カイコにはジナンドロモルフによる突然変異体がいますが、ふつうの昆虫ではまれでしょうね。

○そうなんですか。人間だと、基本形はメスで、それをホルモンでオスにどうこう、って言いますよね。昆虫の場合、そういうのはあるんですか。

■ある意味ではあるんだけど、人間のようになにもなければメスになるって感じにはならないと思いますよ。ちょっと人間とは比べられませんね。
 特にショウジョウバエみたいな双翅目昆虫と、カイコみたいな鱗翅目昆虫は性決定のやり方がけっこう違うんですよ。

○どう違うんですか?

■ショウジョウバエは、人間でいえばXYっていうか、オスがヘテロなんですよ。でも、カイコの場合はメスがヘテロなんです。鳥なんかも雌がヘテロですね。だから鳥と哺乳類の比較は僕は知らないけども、単純に比較はできないと思いますね。

○なるほど。そうなんですね。

[23: 昆虫好きじゃないからこその視点]

○先生はもともと昆虫少年ではなかったそうですね。

次号へ続く…。

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http://www.asahi.com/science/column/chokugen/020501a.html

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http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/hakusyo/04/01.html

◇毎日 遺伝子スパイ事件:岡本被告引き渡しへ 米国の請求受け 政府
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◇毎日 宇宙観光:南アの実業家らが無事帰還 体調は良好
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◇毎日 国産ロケット:政府の衛星打ち上げ 宇宙開発委が明文化へ
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◇読売 ラットの脳に電極埋め込み遠隔操作、NY州立大が成功
http://www.yomiuri.co.jp/00/20020502i501.htm

◇読売 アルツハイマーの仕組み解明
http://www.yomiuri.co.jp/top/20020502it01.htm

◇東京新聞 『再生医療学会総会』で研究報告 カギを握る2細胞疾患で使い分けへ  NPOと連携図り特許活用、事業化
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◇「NASDA NEWS」5月号
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◇経済産業省 平成13年度特許出願技術動向調査報告の公表について
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◇文部科学省 京都大学大学院医学研究科ヒトES細胞使用計画の確認について
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◇文部科学省 中核的研究拠点形成プログラムに係る研究の中間・事後評価及び 新プログラム方式による研究に係る研究の事後評価について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/14/05/020501.htm

◇環境省。京都メカニズム情報コーナー
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/mechanism/index.html

◇INTERNET Watch 「電子ブロック」復活の陰にインターネットあり!?
http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2002/0501/dbg.htm

◇四国新聞 高松クレーター解明目指し、温泉掘削
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◇NHK文研 女性がカギを握る科学技術の今後 〜科学技術・生命倫理に関する世論調査から〜
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