複雑系入門 知のフロンティアへの冒険
井庭崇(いば・たかし)、福原義久(ふくはら・よしひさ)著
NTT出版、1800円
この本、理工書としてはかなり順調に売れているらしい。相変わらず、複雑系「ブーム」は続いているようだ。
だがもちろん、複雑系は学問であり、単なる流行ではない。これからが真価を問われることになる。
さて、本書が売れている理由そのものは、まず間違いなくそのタイトルにあると思うのだが、内容そのものは単なるブーム便乗本ではなく、非常にしっかりしたものである。タイトル通り、初学者には最適の一冊だろう。定義も明解でなく、わけの分からない用語の多い「複雑系」の世界を、うまく整理してくれている。通読すれば、複雑系を標榜している科学が何をやっているのかだいたい見通せる。
文章も明解であり、まるでビジネス書のように短い章立てを積み重ねた構成も、非常に読みやすい。
帯には「概念理解にとどまらずもう一歩踏み出して、自分なりに勉強してみようという人の好ガイド」とあるが、どちらかというと「概念理解」そのもののための本だ。というか、本書に書かれている内容くらいは理解しておかないと「概念理解」とは言えないだろうし、各論を「読む」ことは全くできない。ましてや研究などおぼつかない。
扱っている内容は広い。複雑系を理解するための前段階、前提概念であるカオスやフラクタルから、ツールである遺伝的アルゴリズムやニューラルネットワーク、そして応用であると同時に対象であり、「複雑系」の本体である人工生命、脳、内部観測、複雑系経済までを、浅いながらきっちりとポイントを押さえて解説してくれている。
これだけ押さえてくれていると、非常に便利だ。研究者紹介も入っているし、欄外には註が付いている。この註も結構よくできていて、かゆいところに手が届く。この辺の丁寧な作りが、また読みやすさに繋がっている。
著者らはまだ大学院生。マニュアル世代の書いた、良くできたマニュアルである。
本書では複雑系を「システムを構成する要素の振舞いのルールが、全体の文脈によって動的に変化してしまうシステム」と定義している。
言うは易く、記述は難しい。今後、「複雑系」という新しい学問枠がどうなっていくのか、注目していきたい。
もりやま・かずみち
サイエンスライター