死の病原体プリオン
草思社
7月6日初版
286ページ・1900円
著者:リチャード・ローズ
訳者:桃井健司・網屋慎哉著
脳がスポンジのようになって体全体が操れなくなり、やがて死に至る病、感染性スポンジ状脳症。「狂牛病」「クロイツフェルト=ヤコブ病(CJD)」の方が分かりやすいだろうか?
本書は、感染性スポンジ状脳症の実態が明らかになっていく過程を追ったドキュメント。信じがたいことにこの恐ろしい病気は、単に個体を超えるだけでなく、種を超えて感染していくらしい。幸いなことに空気感染や接触感染はしない。だが、感染した動物の肉体を体内に入れると感染してしまうのである。しかもこれは、現実に起こっているのだ。
物語は、クールーと呼ばれる奇怪な病気の話から始まる。症状は言うまでもないだろう。このクールーは食人慣習によって広まっているらしいことが明らかになる。そして、この種の病が、羊、牛、ミンクなどにもあること、それらには全て共通した症状が見られることが分かってくる。これらは同じ病原体によるのではないか…? やがて種を超えた感染の事実が、徐々に明らかになってくる。
この辺の迫力は圧倒的である。著者はピューリッツァー賞を受賞したこともある筆力の持ち主だが、それ以上に、これが小説ではなく、現在進行形の事実だという重みが響くのである。読後、何を食べれば良いのか分からなくなるかもしれない。
牛スポンジ脳症(BSE)は感染した動物性飼料を通じて広まった。そしてご存じのように、医療行為によりCJDに感染してしまった人々がいる。角膜移植されて死亡した女性、てんかん治療の電極によって感染してしまった人…。
なお、これらが起こったのは70年代である。85年には硬膜移植の危険性を指摘する論文が出ていた。ところがヤコブ病訴訟のニュースでご存じの通り、硬膜使用全面禁止が日本の厚生省から出されたのは九七年になってからのことなのだ。
メディアによって、すっかり原因だとされているプリオン(発見者とされるプルシナーはノーベル賞を取った)は、本当に「感染性スポンジ状脳症病原体」なのか。この点に関しては著者も、まだまだ分からないとしている。この辺の事情は、本書を一読されたい。
なお本書の解説は、コンパクトながら読者が知りたく思う要点をきちんと押さえている。「解説」というのはすべからくこうあってもらいたいものだ。
もりやま・かずみち
サイエンスライター