森山和道

サイエンスライター。科学書の書評屋もやってます。

Archive for the ‘森山和道の読書日記’ tag

書評『脳科学の真実』『新しい霊長類学』『雑食動物のジレンマ』『認知哲学』

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日経サイエンス2010年1月号 書評欄 「森山和道の読書日記」掲載

 脳画像を使って心の働きを探る研究者が「脳科学ブーム」を検証した本が脳科学の真実だ。脳科学風の言葉を使って従来のハウツーに有り難みを持たせるマスコミ的脳科学を批判する、ただそれだけの本ではない。著者の批判的視線は、受け手側の一般人や「脳ブーム」に乗っかる脳研究業界だけでなく、研究という営みの本質的な部分にも向けられている。ここが面白い。

 研究費を取り巻く問題や研究発表のあり方など、本書で取り上げられている問題点のなかには、当事者である研究者たち自身は実際にはあまり自覚的でない部分も少なくない。著者は「脳科学風造語」と脳研究で使われる造語の区別は実はそれほど簡単ではないし、両者の距離はそう遠くないと指摘する。色々と考えさせられるし、著者の筆致も好感が持てる。多くの人に読んでもらいたい一冊である。

脳科学の真実--脳研究者は何を考えているか (河出ブックス)
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 人間と人間以外の動物の知性の一番の違いは「想像する」能力だ、と新しい霊長類学で松沢哲郎氏は述べている。900個体以上のサルやチンパンジーを飼育、研究している京都大学霊長類研究所の研究者たちが100の質問に答えた本である。進化・形態、生活と社会、人sとのかかわり、認知・思考能力、生理と病気、遺伝とゲノムと広い話題が扱われている。どこからでも読めるので一晩にいくつかずつ読んでいくといいかもしれない。問いも色々だが答えの深さも多様だ。それは分かっていることのレベルが違うからだが、答えの書き方から執筆者(回答者)それぞれの個性も垣間見えて、それもまた面白い。

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 キノコの選び方は分からないそうだが、サルは基本的に自分の味覚に従って食物を選んで食べているという。では人間はどうか。雑食性で何でも食べる、そう自らを位置づけているものの、驚くなかれ、今の人間はトウモロコシばかり食べているのだと雑食動物のジレンマは指摘する。食や農業をテーマにしているジャーナリストが現代社会における食物連鎖を辿り直して、食、そして人と自然環境の関わりを考えた本だ。著者は自ら銃を持ち、狩猟やキノコ狩りをする。農場で働き仕組みを目の当たりにする。そして家畜飼料だけでなく、驚くほど多くの加工食品原料となっているトウモロコシ畑の姿を探り、それが原材料の多くを占めるハンバーガーを車の中で食べる。人間は今や究極の「工業食動物」なのだ。ちなみに米国では食事の19%が車中で食べられているという。

 もったいぶった書き方は少々気になるし、考え方の違いに乗り切れないところもある。だが食の問題はやはり目を背けてはいけないと思う。ただ問題に目を向けたからといって、すぐに現実の生活を変えられるわけもない。多くの人がそのジレンマに直面し食卓でしばし何かしら考えること、それがおそらく著者の意図なのだろう。

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雑食動物のジレンマ 下──ある4つの食事の自然史
マイケル・ポーラン
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 考える。でもそれはどんな現象なのだろうか。認知哲学は、心と脳の問題について「科学の哲学」の視点から考察した本だ。こういうと、ああまたいつもの本かとこの本も思われるかもしれないが、この本もまた、ありがちな本とはちょっと違う。「意識とはどんな働きなのか」という問題について、基本概念がどのように構成されているのかということから考察を深めている。脳がしていることは情報処理だと考えている人は少なくないと思うが、その見方自体が思い込みだという。後は本書をお読み頂きたい。読後、必ず発見があると思う。

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(もりやま・かずみち:サイエンス・ライター)

Written by 森山和道

8月 17th, 2011 at 12:00 pm

書評『月のかぐや』『海の色が語る地球環境』『大腸菌』『完全なる証明』

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日経サイエンス2010年2月号 書評欄 「森山和道の読書日記」掲載

月のかぐやに収録された、月周回衛星「かぐや」の地形カメラによる写真は月面世界を克明に捉えている。

空は暗黒,月面は灰色,色がない世界だ。だがよくよく見れば、月面も表情豊かだ。盛り上がったクレーターの縁、中央丘の形状,噴出物が堆積した様子、不思議なチェーンクレーター,どこまでも平らに溶岩で満たされた「海」など、空から月面観光している気分で月の様子を堪能できる一冊だ。

レーザー高度計によって月の高度差は20km近く,地球や火星よりも起伏に富んだ地形であることが分かった。マルチバンドイメージャは鉱物の違いを見分けた。リレー衛星 「おきな」は月の表裏の正確な重力分布図を作るのにも役立った。何より、精度を揃えて全球の地形データを取ったことが大きな意味を持つ。今後の研究に期待したい。

月のかぐや
月のかぐや
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月には色がないが、地球には様々な色がある。海洋汚染の調査研究を行っている著者による海の色が語る地球環境は、まず、海の色と海洋環境の関係について述べている。

たとえば、エメラルドグリーンの珊瑚礁には生きた珊瑚はいない。珊瑚が死んでできた白い砂浜の海が、あの色に見えるのだ。また、透明度が非常に高い海は、真っ黒に見える。光が途中で散乱されないため、吸収されて戻って来ないからだ。深さ千メートル以上になる黒潮もやはり黒く見える。紺碧の海には栄養が少ない。プランクトンが大発生すると赤潮になったり、緑色の藻が大発生するのは,日本人なら誰しも身近に体験している。

海の色が想像以上に様々な表情を見せているという話そのものが面白く、引き込まれた。水の色で、その環境がある程度分かるのだ。後半の水循環の話も面白かった。

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地球が色に富んだ星であるのは生物のおかげである。そして生物は、想像以上にダイナミックな存在だ。例えば細菌の世界では、互いに遺伝子をやりとりするのが当たり前らしい。

 大腸菌を案内人にして生物の世界の本質を探ろうとした本が大腸菌だ。著者らの表現によれば生物はオープンソースだということになる。オープンソースとはIT業界の言葉で、ソースコードを誰でも自由に改変したり再配布できるようにしたソフトウェアのことだ。生物の系譜というと脈々と繋がる系図のようなものを想像する人が多いと思う。だが実際は網のように繋がったものかもしれないのだ。これによって生物の進化は従来考えられていた以上に速く、かつ、ややこしいものになっている。

実際に新しい大腸菌株を調べるたびに、未発見の遺伝子が数十、数百と見つかっている。大腸菌全体の遺伝子集合は「パンゲノム」と呼ばれ、パンゲノム全体で考えると遺伝子数はヒトゲノム以上になりそうだという。

大腸菌 〜進化のカギを握るミクロな生命体
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オープンというと数学の世界もそうかもしれない。だが『完全なる証明』から感じたのは、月面のように灰色と黒に閉ざされた色のない世界、閉塞感だった。本書は、ポアンカレ予想を解き明かしたが、その後、姿を消した数学者ペレルマンの姿を描いた本だ。著者はペレルマン本人に会う事ができず、周囲の関係者と歴史から彼がどのように考える人なのかを浮き彫りにしていく。ポアンカレ予想そのものについては少ししか触れられておらず、彼が賞金100万ドルを拒否した理由も、いま一つ納得がいかない。だが、一人の人間の業の深さを感じさせる読後感だった。

完全なる証明
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マーシャ・ガッセン
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(もりやま・かずみち:サイエンス・ライター)

Written by 森山和道

5月 30th, 2011 at 11:57 am

書評 『日本人とナノエレクトロニクス』『強い者は生き残れない』『統計数字を読み解くセンス』『大人の宇宙図鑑』

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日経サイエンス2010年3月号 書評欄 「森山和道の読書日記」掲載

 携帯電話にネット、デジタル放送と情報通信技術の世話にならない日はない。猛烈な速度で動作する高速トランジスタは日本人技術者による発明だ。日本人とナノエレクトロニクスは5人の日本人研究者に焦点をあてて、電子デバイスの原理や発想、発展の歴史や可能性を解説していく一冊だ。量子細線や量子ドット、フラッシュメモリやスピントロニクスなどなどの技術開発の歩みが丁寧に解説されている。

 ナノスケールで加工された構造からなる集積回路は、既存の人工物とは本質的に異なる複雑さを持ち、自然界にない機能を発揮する。どんな構造を作りこめば新機能を創出できるのか。そこに苦労と醍醐味があるのだが、最近は、ものづくり系は人気がないという。本書は、新技術を開発する意義とやりがいを語る研究者たち自身の言葉で締めくくられている。

 今は製造業に限らず生き残りが厳しい時代だ。単に適応度が高いものが勝ち残るわけではないと説く強い者は生き残れないによれば、最後まで生き残るのは他者と共生・協力できるものだという。これは進化という現象を、不確定で変化する環境に対する対応と捉えて解説した本である。生物進化全体を、変動する環境そのものからの脱却、そして共生による絶滅回避という二つのビジョンで描き出している。著者自身が認めるように、まだ推論レベルの仮説も多々含まれているのだが、進化全体を見渡すための見方を一般書で示し、一気に説くためにはこれもまたありだと判断したのだろう。数学しかできなかったという著者のユニークな経歴が書かれた「あとがき」も面白い。

新潮選書強い者は生き残れない環境から考える新しい進化論
吉村 仁
新潮社
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 この本にも出てくるが、「マーフィーの法則」というものがある。「傘を忘れたときに限って雨が降る」といった類の、失敗してはいけないときに限って失敗する、という意味の経験則のことだ。実際にはそうでもないのに「ああ、あるある」と思ってしまうのは、人間が、失敗を特に強く記憶してしまうからだ。記憶や認知システムがこうなっているのは、同じ事をまた失敗しないようにするためだろう。

 直感と現実の確率統計は大きくずれていることがあるのだ。だからこそ確率や統計の考え方は重要なのである。統計数字を読み解くセンスのような本は、まさに自分のような人間のためにある本だ。何となく知っている気分になっている分布や相関の話、そして標本や予測とは何ぞやといった事柄が、年収と血圧の関係や占いなど、身近な例で解説されている。

 ただ読み終わったあとも、自分はどうも統計というものがよく分かっていないような気がする。統計数字を読み解くセンスが身に付くまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。

統計数字を読み解くセンス―当確はなぜすぐにわかるのか?(DOJIN選書27)
青木繁伸
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 予測とは将来起こるだろうことを現時点までの情報で説明しようとする試みだという。だが「予想」であれば、もうちょっと自由に想像してもいいだろう。大人の宇宙図鑑は4部構成で現代までの宇宙開発や宇宙探査の歴史と、今後の宇宙進出を描き出す。エウロパの海に潜る探査機や宇宙発電所、火星の植民都市や宇宙帆船、移民船などなどがCGで描かれている。まさに大人向けの絵本だ。

 「はじめに」には「正確な科学予測」と「大胆な予想」で未来の姿を描いたとある。二つが両立しているかどうかは別にして、こういう本はやはり楽しい。夢ばかり語るのは無意味だが、次世代を育むためには、現代を生きる人間が夢を持つことも必要なのである。

大人の宇宙図鑑 (ナショナル・ジオグラフィック)
デビッド・ジェファリス
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(もりやま・かずみち:サイエンス・ライター)

Written by 森山和道

2月 24th, 2011 at 3:01 pm

書評 『物質のすべては光』『太陽の科学』『新企画は宇宙旅行!』『笑い脳』

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「日経サイエンス」2010年4月号 書評欄 「森山和道の読書日記」掲載

 クォークはグルーオンという粒子でやりとりされる「強い相互作用」で結びついている。1970年代に、理論物理学者ウィルチェックは「強い相互作用」が近距離では弱くなる性質「漸近的自由性」を発見し、後にノーベル物理学賞を受賞した。彼による著書物質のすべては光は、宇宙のありようと質量の起源についての本だ。

 素粒子物理学や宇宙論がらみの本を読むと、物質や空間の正体とは何なのかと考えずにはいられない。考えれば考えるほど分からなくなるのだ。本書によれば質量とは、クォークの色荷によるグルーオン場の擾乱と、対を為すクォークと反クォークとの間の、量子力学的なせめぎあいから生まれるものだ。そして空間は空っぽの容れ物ではなく、著者らが「グリッド」と呼ぶ実体であり、むしろ物質のほうがその一側面に過ぎない。そして我々が暮らすこの宇宙は、ある種の超伝導体のようなものなのだという。

 本書のテキストは軽やかでジョークに満ちている。しかし内容そのものがかなり難しく、正直な話、ジョークどころではない。だが読んでいるとわくわくしてくる本だ。考え方や論理の流れをグルッと大きく変えることで、世界の見え方がいきなり変化することを読者に体験させてくれるのである。目に映る世界は、単に我々にそう見ているだけで、本質は別物かもしれない。その不思議の醍醐味が感じられる本だ。本書単独で理解することは難しいと思うので、類書も合わせて読むことをおすすめしたい。

物質のすべては光―現代物理学が明かす、力と質量の起源
フランク・ウィルチェック
早川書房
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 性質はだいぶ違うが、太陽の科学も類書と合わせて読んだほうがいいかもしれない。こちらは磁気のリコネクション(つなぎかえ)をキーワードとして、現在の太陽物理学、シミュレーション、そして観測衛星「ようこう」や「ひので」を使った知見を解説した本だ。

 カルチャースクールで行った講義をもとにしているのだが、やや不親切で話の流れを把握しにくいところがある。だが内容そのものは面白い。巨大なスケールで絶えず脈動し、磁場のエネルギーを放出させているダイナミックな太陽の姿には、ただただ圧倒される。太陽活動は磁気嵐をもたらし、時として大停電に繋がるし、太陽活動変動は地球全体の気候を変える。分かっていることだけではなく、メカニズムが未解明の現象についても書かれている点が嬉しい。

太陽の科学―磁場から宇宙の謎に迫る (NHKブックス)
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 遠い将来には、宇宙に出て星々を見ることもできるのだろうか。せめて弾道飛行だけでもしたいところだが、それすら、なかなか難しい。新企画は宇宙旅行!は旅行会社JTBで宇宙旅行パックツアーを立ち上げようとした顛末をライターが取材して書いた本だ。内容はだいたい想像通りである。

 敢えてこの本を紹介するのは、宇宙開発業界からは大変なことだと言われた宇宙旅行企画が、旅行業界からは単なる旅行だよね、と言われたという話が収録されていたからだ。この、業界内外の温度差は面白い。

新企画は宇宙旅行!
新企画は宇宙旅行!
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古田 靖
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 面白いと感じたとき、人は笑う。まだ始まったばかりの笑いの脳科学の本、笑い脳によれば笑いは自己報酬だという。また、笑いは伝染する。人を笑わせ、笑顔を見る。するとその笑顔が報酬として働く。そして自分も笑い、また相手も笑う。そういうものらしい。他にもマンガを見せたり、擬態語を聞かせたりする実験の話が収録されている。

 一言で「笑い」といっても色々な種類がある。脳のなかの様々な機構が笑いに関わっているからなのかもしれない。どうせ笑うなら常に心の底から笑いたい。

笑い脳――社会脳へのアプローチ (岩波科学ライブラリー)
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(もりやま・かずみち:サイエンス・ライター)

Written by 森山和道

2月 18th, 2011 at 2:34 pm

書評 『性器の進化論』『人はなぜSEXをするのか?』『コンドームの歴史』『人間らしさとはなにか?』

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「日経サイエンス」2010年5月号「森山和道の読書日記」掲載

 詩的な表現を使えば恋や愛、ざっくりいえば繁殖活動や生殖行為、すなわち性行動は個々人にとっても、動物としてのヒト全体にとっても意義深い。だが未解明のことがらが多い。

 性器の進化論は恋愛中の脳内物質の変化や活動をいくら調べたところで愛を理解することはできないという。そして、性現象のなかで具体的に捉えやすく他の動物との比較も容易なのは生殖器、性生理、性行動の道筋だとして、ヒトの「性複合体」の進化を追った本である。

 なるほど確かに、ちゃんと探れるところから探っていくこのアプローチは科学的だ。読んでいても安心感がある。一方、この分野に興味がある読者には目新しい話がやや少ない点が残念ではあったが、著者は最後に、ヒトのメスは受精後に生殖管のなかで、胎児に対して何らかのメカニズムで淘汰をかけているのではないかと論じている。これは実に興味深い可能性だ。

性器の進化論――生殖器が語る愛のかたち(DOJIN選書029)
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 読書していて面白いのは人はなぜSEXをするのか?のほうかもしれない。セックスに関する人の外見や生理の不思議や、文化的な話題や最近の脳科学や薬理学そのほかの研究トピックスまでが、実に幅広く、そしてバランス良く書かれている。どんな物知りの読者でも「ねえねえ知ってる?」と他人に披露したくなる新トピックスが見つかるだろう。筆者としては両方合わせて読むことをおすすめしたい。

人はなぜSEXをするのか?―進化のための遺伝子の最新研究
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 人前では背表紙を広げて読みにくい本が続くがコンドームの歴史は、まさにそんな、隠語で呼ばれ続けて来た道具コンドームに関する本だ。人はなぜSEXをするのか?にも出てくる話なのだがエジプト人はワニの糞と蜂蜜を混ぜて女性の膣に入れて妊娠を防いでいたという。紀元前1850年のパピルスに書かれているのだそうだ。そしてコンドームも、ゴムが使われるよりもずっと前からあった。多くは動物の腸だったようだが、中には戦争相手の兵士の筋肉を使ったものまであったそうだ。

 これは要するに、コンドームを一つの象徴として、生殖のコントロールと性病、そして文明の発展の歴史を追った本だ。といっても本そのものは堅苦しいわけではない。むしろ気楽に読むタイプの本である。だが読了後ふりかえって考えてみると、人間という存在の、性に対する複雑な社会的態度の変化に思いを馳せずにはいられない。

 ヒトは生殖活動を自らコントロールすることに多大なエネルギーを使ってきた。それもまた、人間という動物の特徴なのだろうか。

コンドームの歴史
コンドームの歴史
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アーニェ・コリア
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 人は動物でもあり、特別な存在でもある。分離脳の研究で有名なガザニガの人間らしさとはなにか?はヒトのヒトらしさについて、脳科学の観点から論じ、未来を展望した本である。

 一言で脳科学といっても広い。だがこの本は、よくこんなに広くフォローしたなと感心するくらい、本当に色々な話題を詰め込んでいる。細かい話は主に参考文献リストに任せられているため、本文は至って軽い調子で読める。著者のジョークも多い。だが言語や社会行動、倫理や道徳、共感、芸術の神経基盤、心や意識の問題など人間の本質について、そして人類の未来に関わる人工知能や遺伝子操作の可能性など、それぞれの話題に関して突っ込んだ議論が展開されている。各話題は互いに相補的で、読後、間違いなく新たな視点を得られると思う。何より、自分でもこの本を出発点としてより深く考えたくなるだろう。おすすめだ。

人間らしさとはなにか?―人間のユニークさを明かす科学の最前線
マイケル・S. ガザニガ
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(もりやま・かずみち:サイエンス・ライター)

Written by 森山和道

2月 4th, 2011 at 12:00 pm