森山和道

サイエンスライター。科学書の書評屋もやってます。

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書評『三人にひとり 生命の謎を解くがんと科学の未来』

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三人にひとり 生命の謎を解くがんと科学の未来
(アダム・ウィシャート 著、北川知子 訳 ダイヤモンド社)

三人にひとり―生命の謎を解くがんと科学の未来

共同通信 2008年掲載

三人にひとりが一生に一度はがんになる。三人にひとりの書名は、がんが他人事ではないことを示している。ちなみに日本人男性の確率はもっと高く、二人に一人ががんになるそうだ。

 著者はドキュメンタリー番組製作を手がけるディレクターだ。ある日、彼の父の頸椎が砕け、原因はがんと診断される。痛みに苦しみながらも、学者らしく静かに病と向き合う父。そして息子である著者は、父に言われて200年にわたる人類のがんとの戦いの歴史を辿りなおしていく。

 本書は、らせんのようにからみあう二つの流れで構成されている。

 一つ目は患者である著者の父に施される治療と経過、医療現場への不満、ホスピス、そしてそもそもがんはなぜ起きるのかといった、現代の患者と家族が必ず辿る、だが、個人的な道のりだ。

 もう一つは多くの研究者が登場する人類のがんとの戦いである。麻酔のなかった時代の話題から始まり、放射線治療や化学療法、がんの疫学、今日では補完医療として機能している代替療法など、がんに関わる研究発展の歴史だ。両者が相照らしながら物語は進行する。

 著者は「人類のがんとの戦いの歴史」という文脈を持つことで、眼前の出来事を乗り越えようとする。そして、父は科学が実現してきたことと将来成し遂げるだろうことを、自分に対して伝えたかったのだと思うに至る。いずれ将来はがんも治る病気になるだろうと、本書は前向きに締めくくられている。

 しかし著者が本書を書いた本当の動機は他にもあるのではないか。科学は普遍性や確率、全体の傾向については語ることができる。だが個別の問題には答えられない。著者の父は「なぜ自分が」とは問わなかったという。だが著者は「なぜ自分の父が」と問わずにいられなかったのではないか。その強い気持ちが彼に医学史探求の道を歩ませたのではなかろうか。抑制の効いた行間から、著者の苦悩が滲み出ているように感じられた。

三人にひとり―生命の謎を解くがんと科学の未来
アダム・ウィシャート
ダイヤモンド社
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Written by 森山和道

5月 25th, 2011 at 11:50 am

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書評 『医学探偵ジョン・スノウ コレラとブロードストリートの井戸の謎』

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共同通信 2009年掲載

医学探偵ジョン・スノウ コレラとブロードストリートの井戸の謎
(サンドラ・ヘンペル(Sandra Hempel)著 杉森裕樹、大神英一、山口勝正 訳 日本評論社 ISBN 978-4-535-58541-6 2800円+税)

医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎

 一九世紀イギリスではコレラが周期的に流行していた。ジョン・スノウはその感染経路が水だと突き止めた医師だ。

 コレラは空気感染だと考えられていた時代に、スノウは臨床経験と患者の分布パターンから、汚染された水からの経口感染を疑った。最初に発表した一八四九年には無視された。だが再びコレラが流行しはじめた一八五四年、スノウは感染患者が発生した地区の一つ「ブロードストリート」で自ら聞き込み調査を行い、統計資料を調べあげて地図上に記載した。家ごとに死亡者数の印をつけ、どの家がどの水道を使っているか調べたのだ。そして、一つの井戸が原因だと突き止めた。

 当時、コレラ菌は未発見だ。だがスノウの「疾病地図」は複雑に絡み合った原因の構造を示し、病原体と感染経路の本質を暴き出したのだ。

 百ページ過ぎてもスノウ本人が登場しないなど、本文は淡々と進む。交易と感染症拡大の関連や都市文明論的な視点もあまりなく、そこは残念だ。しかしコレラとスノウのみに絞られているだけあって記述は詳細だ。公衆衛生インフラが未発達の状態で都市が成長し始めた時代の人々の生活がどんなものであったのか。他の医師たちやナイチンゲールなど同時代の人々の話題も興味深い。

 スノウはブロードストリートのコレラ感染源と考えた井戸の取っ手を外させた。後に井戸は糞尿に汚染されていたと判明する。だが効果は魔法のごとく現れたわけではなく、彼の言葉は誰も信じなかった。学問的功績が認められたのは一八五八年、四五歳で亡くなる二年前のことだった。「疫学の父」と呼ばれているものの、彼がどんな人物であるかはイギリスでもあまり知られていないのが実情だという。

 だが確実に、スノウのような先人たちの地道で時として報われない努力の積み重ねによって、今日の医学や文明社会は成立しているのである。

医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎
サンドラ ヘンペル
日本評論社
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追伸:
同テーマを扱った本では、河出書房新社から刊行された感染地図のほうが読み物としてはスリリングで歴史的な位置づけも分かりやすかったと思う。

感染地図―歴史を変えた未知の病原体
スティーヴン・ジョンソン
河出書房新社
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Written by 森山和道

1月 12th, 2011 at 6:19 pm

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書評 『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』

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共同通信 2010年6月 掲載

共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること
(フランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)著 柴田裕之 訳 紀伊國屋書店 ISBN 978-4-314-01063-4 2200円+税)

 笑っている人を見ると楽しい気分になるし、悲しそうな人を見ると落ち込むことがある。

 他者に共感する能力は人間の心の働きのなかでも高尚なものだと考えられがちだ。だが本書は共感は特別な能力ではないと説く。多くの動物の間で協調行動や感情の伝染は見られるし、そもそも人間も頭で考えて他者に共感しているのではない。むしろ自己の身体感覚で、自動的かつ無条件に共感することが多い。

 いっぽう我々は高い共感能力を持つ一方で、公正さについて非常に敏感だ。不公平なずるい行動には懲罰の感情を持つ。この感覚は子供たちの間にも見られるし、同じような行動は類人猿にも見られるという。不公平を嫌悪する感情は、協力行動の裏返しとして発達したのかもしれないと著者は考察している。

 もちろん、人と動物の共感能力はイコールではない。だが、両者の間には大きな隔たりがあるわけではなく、むしろ進化的な連続性、繋がりがあるのだ。本書はそのことを多くの研究成果や動物観察のエピソードなどを紹介しながら、かなりしつこく述べている。類人猿やゾウ等の逸話は博学の著者らしくバラエティに富んでおり楽しい。

 著者が何度も何度も、共感能力をはじめとした人と動物の心の働きの連続性が強調している理由は、特に欧米では人と動物との間を不連続なものだと捉えている人が多いからかもしれない。またこれまでの研究の経緯もあるのだろう。だがむしろ一般の日本人には、素直に納得できる読者が多いのではないか。人も動物の一種なのだから。

 人と動物の認知能力には連続性があり、かつ、質的な違いがある。著者は最後に、人々のまとまりや相互信頼を生み出し、人生を価値あるものにする社会を実現するために我々は共感能力を使うべきだと述べて本書をまとめている。人の心の能力を十分に発揮できる社会的アーキテクチャをデザインするためにも、人の心をさらにより深く知る必要があるだろう。

共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること
フランス・ドゥ・ヴァール
紀伊國屋書店
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Written by 森山和道

12月 19th, 2010 at 11:23 pm

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書評 『ぼくの生物学講義 人間を知る手がかり』

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共同通信 2010年11月 配信・掲載

ぼくの生物学講義 人間を知る手がかり
(日高敏隆(ひだか・としたか)著 昭和堂 ISBN 978-4-8122-1043-7 1800円+税)

 人間はどういう動物なのか。それがこの本のテーマであり、本のもとになった大学での講義のタイトルでもある。

 人はもちろん動物だ。だが体毛を持たず、直立二足歩行する。言語を操り、人間以外は持ち得ない財産継承のために結婚のような社会制度を持つ変わった動物である。

 変わってはいるものの、やはり人は動物の一種である。人にも生物としての遺伝プログラムによる基盤がある。まっさらの状態から何でも学べるわけではないし、行動にも一定の傾向がある。オスとメスは異なる基本的戦略を持っている。それぞれが独自に自分と血のつながった子孫を残すためだ。そのような基盤が底にあって、動物も、そして人間も、社会や社会制度を作り上げている。

 この本では動物行動遺伝学と呼ばれる分野の話が分かりやすく解説されている。文系理系問わず生物学の基礎知識がなくても誰でも読める本だ。

 この分野では子孫をどのくらい残せるかを「適応度」という概念で表す。特定個体が環境に適応しているかどうかではない。子孫を多く残せるかどうか、それが問題なのだ。未解明の謎も多いものの、適応度の概念を使うことで、動物、そして動物としてのヒトの行動の不思議もいろいろと読み解けるようになってきた。これが本書中盤の内容だ。

 だが人間はやはり変わった動物でもある。たとえば想像力と創造力と持っている。では人間という動物集団にあった社会とはどんなものなのか。昨年没した著者の講義は最終的にここへ繋がっていく。

 著者は、特に人間は「思い込み」が強い動物であり、対象を見るときにも、頭のなかを整理するときも「思い込み」を利用しているのではないかと述べている。思い込みがないと、ものは見えない。だが思い込みすぎても、ものは見えない。そういうものであるらしい。

ぼくの生物学講義―人間を知る手がかり
日高 敏隆
昭和堂
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Written by 森山和道

12月 12th, 2010 at 6:59 pm

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