森山和道

サイエンスライター。科学書の書評屋もやってます。

書評:『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』(仲谷正史ほか著/朝日出版社)

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触楽入門

『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』
(仲谷正史、筧康明、三原聡一郎、南澤孝太 著 是澤ゆうこ イラスト 朝日出版社 定価:1,580円(税別) ISBN:978-4-255-00905-6)

 触感は素材に宿っているのではなく、素材・身体・心の関係の上に宿るのだと本書はいう。著者らは技術に基づく触感デザインを意味する「テクタイル」という活動を2007年から続けている。 本書は共著形式だが、基本的には、触覚の錯覚を通して神経科学と心理学の間をつなぐ研究をしている仲谷正史氏が執筆したもののようだ。

 彼らが発見したものの一つが本書の裏表紙に印刷で表現されている「フィッシュボーン錯覚」だ。魚の骨のようなパターンが印刷されている。少しだけ非印刷面よりも盛り上がっているのがわかる。ところが、背骨の部分を上下になでると、なぜか凹んでいるように感じられるのだ。そんな馬鹿なと思うだろうが、実際に試してみるといい。

 触感は能動的な感覚だろうか、受動的だろうか? 触られた感覚は自分が動かなくても存在する。いっぽう、ものを触るというのは探索的な行動だ。腕や手、指先を動かし、押し込んだりして、我々は物体の表面の情報を獲得する。動かすことによって時間軸上の情報が新たに付加される。そして触覚をよりクリアにしているらしい。

 たとえば熟練した職人は、軍手をつけるほうが、素手よりも微妙な凹凸がわかるのだそうだ。軍手のメリヤス編みが触感を増幅するのだという。人は指を動かし、振動を検知することによって、皮膚表面の触覚センサの密度よりもずっと細かいものを感知できる。触覚は、自分自身の身体を動かすことによって獲得される空間情報と時間情報の組み合わせから構成されている。

 仲谷らは触感を「感覚の交差点」だという。触感は五感を複合する感覚であり、体験する五感は、いわば触感に変換されて、意味を与えられているのかもしれない。実際に、オノマトペで状況を認識するときにも我々は、全身の触覚情報を処理する第一次体性感覚野を用いて処理しているらしい。動物の感覚体験がどんな情報表現になっているのかはまだ解明されていない。だが触感は一つの鍵になるかもしれない。

 本書後半では、自分で自分をくすぐってもくすぐったくない理由や、ゴムの手を自分の手のように感じるようになるラバーハンドイリュージョンなど、この手の本ではおなじみの話題が紹介されている。

 本書は「触楽入門」のタイトルどおり、触覚に関する様々な話題が収録されている面白い本ではあるのだが、より体系立てて学びたい、あるいはもう少し詳しい話を知りたい人への案内があれば、もうちょっと良い本になったと思う。

 著者らが行っている触覚を記録し、再現するテクタイルの活動については、私も以前、何度かレポートを書いたことがある。二つ挙げておくので、下記も合わせてご覧いただきたい。

触楽入門
触楽入門
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仲谷 正史 筧 康明 三原 聡一郎 南澤 孝太
朝日出版社
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Written by 森山和道

2月 10th, 2016 at 6:46 pm

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