森山和道

サイエンスライター。科学書の書評屋もやってます。

書評 『医学探偵ジョン・スノウ コレラとブロードストリートの井戸の謎』

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共同通信 2009年掲載

医学探偵ジョン・スノウ コレラとブロードストリートの井戸の謎
(サンドラ・ヘンペル(Sandra Hempel)著 杉森裕樹、大神英一、山口勝正 訳 日本評論社 ISBN 978-4-535-58541-6 2800円+税)

医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎

 一九世紀イギリスではコレラが周期的に流行していた。ジョン・スノウはその感染経路が水だと突き止めた医師だ。

 コレラは空気感染だと考えられていた時代に、スノウは臨床経験と患者の分布パターンから、汚染された水からの経口感染を疑った。最初に発表した一八四九年には無視された。だが再びコレラが流行しはじめた一八五四年、スノウは感染患者が発生した地区の一つ「ブロードストリート」で自ら聞き込み調査を行い、統計資料を調べあげて地図上に記載した。家ごとに死亡者数の印をつけ、どの家がどの水道を使っているか調べたのだ。そして、一つの井戸が原因だと突き止めた。

 当時、コレラ菌は未発見だ。だがスノウの「疾病地図」は複雑に絡み合った原因の構造を示し、病原体と感染経路の本質を暴き出したのだ。

 百ページ過ぎてもスノウ本人が登場しないなど、本文は淡々と進む。交易と感染症拡大の関連や都市文明論的な視点もあまりなく、そこは残念だ。しかしコレラとスノウのみに絞られているだけあって記述は詳細だ。公衆衛生インフラが未発達の状態で都市が成長し始めた時代の人々の生活がどんなものであったのか。他の医師たちやナイチンゲールなど同時代の人々の話題も興味深い。

 スノウはブロードストリートのコレラ感染源と考えた井戸の取っ手を外させた。後に井戸は糞尿に汚染されていたと判明する。だが効果は魔法のごとく現れたわけではなく、彼の言葉は誰も信じなかった。学問的功績が認められたのは一八五八年、四五歳で亡くなる二年前のことだった。「疫学の父」と呼ばれているものの、彼がどんな人物であるかはイギリスでもあまり知られていないのが実情だという。

 だが確実に、スノウのような先人たちの地道で時として報われない努力の積み重ねによって、今日の医学や文明社会は成立しているのである。

医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎
サンドラ ヘンペル
日本評論社
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追伸:
同テーマを扱った本では、河出書房新社から刊行された感染地図のほうが読み物としてはスリリングで歴史的な位置づけも分かりやすかったと思う。

感染地図―歴史を変えた未知の病原体
スティーヴン・ジョンソン
河出書房新社
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Written by 森山和道

1月 12th, 2011 at 6:19 pm

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