森山和道

サイエンスライター。科学書の書評屋もやってます。

四国の地方都市と100円ショップ

with one comment

100均フリーダム
100均フリーダム
posted with amazlet at 11.01.11
内海 慶一
ビー・エヌ・エヌ新社
売り上げランキング: 35017

先日、愛媛に帰省して松山と宇和島をぶらぶら歩いたときに、なんとなく、街中に「100円ショップ」が少ないなと思った。

もちろん、「ない」わけではない。あるにはある。だが、東京都内ほどはない、という意味だ。そりゃ人口密度が違うのだから当然といえば当然だが、少なくとも松山は県庁所在地であり、それなりの大きさの都市である。

また、街を歩くときには、「このくらいの街の商圏規模なら、このくらいの店があるだろうな」という漠然とした感覚がある。地方都市では平均所得も少ないだろうから100円ショップが入り込む余地は大いにありそうなものだが、それでも少ない。最近の東京都内に100円ショップが増えすぎているせいもあるのだろうが、街を歩いていて何となく不思議だなと思った。

もっとも後でGoogleマップ上で見てみると、意外とあるようにも見える。馴れていないこちらの目に、店の看板が入ってなかっただけかもしれない。あるいは、ちょっとお店があるところから外れるといきなり何もなくなるのがやはり地方都市の現状なのかもしれない。

ただ、うちの親を宇和島の大きめのスーパー内の100円ショップに連れていって感じたことは、こういう人たちに100円ショップの意外な楽しさというか奥の深さを教えるのはなかなか難しいだろうなということだった。

最近は100円ショップにしか流通してないような商品まである。だがうちの親からすれば100円ショップというのは洗濯バサミの類いを売っているお店という認識しかなく、意外と様々な商品を売っているお店なんだという認識が低い。うちの親が典型例だとは思わないが、少なからずそういう人たちがいることもまた確かだろう。そうなるとなかなか売り上げ面でも苦労する、と思ってしまって結局、出店を見合わせているのかもしれない。分からないが。

ともかく、四国の地方都市にはまだまだ100円ショップが入り込む余地がありそうに感じた。とにかく物理的に数が少ないから。でも人口規模や人の流動性から考えると、現状くらいが適正なのかもしれない。また100円ショップが出店すると既存の店はさらに苦しいことになるかもしれない。だが空いたまま寂れるよりはマシだと思う。

純減団体-人口、生産、消費の同時空洞化とその未来
近藤修司
新評論
売り上げランキング: 310323

RSSフィード
http://moriyama.com/feed

 iTunes Store(Japan)

No related posts.

Written by 森山和道

1月 11th, 2011 at 9:58 pm

Posted in 日記

Tagged with ,