森山和道

サイエンスライター。科学書の書評屋もやってます。

書評 『捕食者なき世界』『脳のなかの万華鏡』『偶然とは何か』『ベッドルームで群論を』

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「日経サイエンス」2010年12月号書評欄 「森山和道の読書日記」掲載

日経サイエンス 2010年 12月号
日本経済新聞出版社 (2010-10-25)

 食うものと食われるもの、補食者と被捕食者の関係が及ぼす範囲は十分に理解されていない。『捕食者なき世界』は、大型捕食者がいなくなった生態系が受ける影響について、ライターが書いたルポだ。

 大規模な商業捕鯨でクジラがいなくなった結果、クジラを食べていたシャチはラッコを大量に食べるようになった。ラッコが減少した結果、ウニが大量に増え、そして海中のケルプの森が食い尽くされた。同様の関係は陸上にも見られる。頂点捕食者がいなくなると中間捕食者が増える。やがて彼らは餌に飢え始め、生態系が底から壊れていく。当たり前だが、この本の主張はその影響が想像以上に広く深く、自然観の変更を迫るくらいだということにある。全て同意できるわけではないが、これからの人と自然の関係を考える一助として読むに値する本だ。

捕食者なき世界
捕食者なき世界
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ウィリアム ソウルゼンバーグ 高槻 成紀
文藝春秋
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 人が見ている世界はそれぞれ異なる。比喩ではなく、本当に異なっている。共感覚は適例だ。文字に色がついて見えたり、数が空中に見えたり、味や匂いに形を感じる不思議な感覚だ。中には桃やバナナなど物体に情動を投影する共感覚者もいるという。

 かつて懐疑的に見られていた共感覚は、今やすっかり神経科学や遺伝学、心理学などの研究対象となった。『脳のなかの万華鏡』では、原因は各感覚を司る脳領域間のクロストークの多さにあるとする。また脳は言われているほどモジュール構造ではなく、異なる領野同士が混成的に結合していると著者らは考えて共感覚を見ている。

 大脳皮質は分業して各感覚を処理している。だが処理結果をバラバラに知覚することはない。世界は常に一つだ。正常な脳のなかでも各感覚は相互に結合している。誰でもそれを理解できるだけでなく、共感できる。だから共感覚の話題は人気があるのだろう。

脳のなかの万華鏡---「共感覚」のめくるめく世界
リチャード・E・サイトウィック デイヴィッド・M・イーグルマン
河出書房新社
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 人は生きる過程で多くの偶然に影響される。偶然の意味を探った『偶然とは何か』は、偶然性にも極限において一様性をもたらすようなものと、生物の進化のように偶然の積み重ねが一定の環境下では秩序を生み出すものがあると述べている。後者の偶然性は、積極的な意味を持っていることになる。

 偶然は不確実性や確率といった形で数学的に扱われることが多い。偶然は必然の反対だ。では必然とは何か。たとえば確率的にしか予測できない事象があるとする。だが確率が決定されているなら、その結果はある範囲内で決定的、つまり必然なのではないか。実際に多くの現象はそのように扱われている。それは「超決定論」ではないか。そもそもその非決定性は単純に偶然という言葉に置き換えられるのだろうか。また、人生は偶然の積み重ねだ。集団全体に対してあれこれいうことはできる。だが一人一人の人生は一度きりだ。人生の幸運と不運は互いに打ち消すわけもなく、大数の法則も個人の人生においては意味がない。そういう意味で人生に対して科学的アプローチで言えることには限界がある。このように偶然をキーワードに考えをめぐらせる楽しい本である。

偶然とは何か――その積極的意味 (岩波新書)
竹内 啓
岩波書店
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 サイエンティフィック・アメリカンに掲載された数理科学エッセイ集『ベッドルームで群論を』も楽しい本だった。表題になっているマットレスの回転法から発想した群の話や、戦争は大災害同様と見なせること、歯車の比と数学、3進法のコンピュータなど魅力的な話題を実に巧みに、しかもどんどん突っ込みながら料理する。読者をスムーズに奥深い場所まで連れて行ってくれる。

ベッドルームで群論を――数学的思考の愉しみ方
ブライアン・ヘイズ
みすず書房
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Written by 森山和道

12月 5th, 2010 at 2:01 am