森山和道

サイエンスライター。科学書の書評屋もやってます。

書評『考える脳 考えるコンピューター』

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CQ出版「Interface」2008年11月号
書評コラム「こんな本を読んで、こんなことを考えました」第11回 掲載

考える脳 考えるコンピューター
(ジェフ・ホーキンス(Jeff Hawkins)、サンドラ・ブレイクスリー(Sandra Blakeslee)著 伊藤文英 訳 ランダムハウス講談社 ISBN 4-270-00060-0 1900円(+税))

考える脳 考えるコンピューター

 ずっと気になっていることがあります。動物の神経系はどうやってリアルタイム処理をしているのでしょうか。

 動物は神経系を使って情報処理を行い体を動かしています。それは決められた時間内で処理が終わる、いわゆるリアルタイム処理でなければならないはずです。「意識」のような遅くて逐次的な処理はソフトリアルタイムでいいかもしれませんが、たぶん、下位あるいは末梢であればあるほど高速で、かつハードリアルタイムな処理が必要です。

 実際、我々の体は末梢では豊かな情報を使って処理をしているようです。脱線しますが、たとえばコップを持った指先はわずかに滑ります。人間は滑りを意識しませんが指先は滑り量に対応してトルクを変化させて把持を維持するのだそうです。意識上に登る情報はプアですが、意識下、無意識で処理される情報は膨大な量なのでしょう。

 話を戻します。時々刻々変化する実環境で動き回るためには実時間処理が必須だと思うのです。神経系の情報処理の時間補償の仕組みはどうなっているのでしょうか。プライオリティの動的割り振りやタスク間同期、そしてスケジューリングやリソースを管理するOSみたいなものはあるのでしょうか。いずれにしても動物の神経系は処理にデッドラインがあるアーキテクチャとして設計されているはずであり、同時にそれは根本的なレベルで神経系の処理の仕組みを規定しているのではないかと思うのです。

 興味を持って探しているのですが、残念ながら、神経系の情報処理を実時間処理の視点から扱った本はあまりないようです(ご存じの方は是非教えてください)。

 ですが取り得る手段は限られています。まず、神経系の計算素子であるニューロンの反応速度はミリ秒単位で速くなりません。ですから人間が作った計算機のように計算周期を上げて高速化する方法は脳では使えません。また反応も何せ生き物ですので、必ず来るとは限りません。よって実時間処理以前の問題として取りあえず処理を高速化するためには、並列化して冗長性を上げつつかつ並列計算を行うか、計算すべき要素を減らす、という方法が考えられます。脳はおそらく両方やっているのでしょう。

 ではどうやって計算要素を減らし、かつ実時間内に処理を終わらせているのでしょうか。ときどき、本職の脳の研究者たちともこのテーマで雑談しているのですが、みんなの意見を大ざっぱにまとめると、こうです。脳が処理すべき対象は、時間的な流れのなかで起こるイベントだ。それに対して脳はあらゆるレベルで予測階層制御を行っているのではないか−−。つまり、記憶と事前観測によって世界モデルを作っておき、予測と観測が違っている点だけを処理することでリソースの無駄遣いを省きつつ、もし時間内に観測の処理結果が来なかったら、予測値を使って上位階層に情報を送っているのではないか、というわけです。

 このテーマに一番近い本はたぶん考える脳 考えるコンピューターです。2005年に出た本ですので既にお読みの方も多いと思いますが、Palmの開発者ジェフ・ホーキンスによる脳のような計算機を開発したいという思いをまとめた本です。彼は、脳は時間的なパターンのシーケンスを蓄えた予測階層制御システムだ、といったことを述べています。内容も面白いですし、彼は本気のようです。

 ただ、似たような話は80年代から提案されています。ですが未だに脳のように働く機械はできていません。昆虫レベルの機械ですらまだです。予測階層制御だけでは何かが足らないのです。それは、本当に何なのでしょう。

考える脳 考えるコンピューター
ジェフ・ホーキンス サンドラ・ブレイクスリー
ランダムハウス講談社
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Written by 森山和道

5月 31st, 2011 at 1:41 pm