森山和道

サイエンスライター。科学書の書評屋もやってます。

書評『月のかぐや』『海の色が語る地球環境』『大腸菌』『完全なる証明』

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日経サイエンス2010年2月号 書評欄 「森山和道の読書日記」掲載

月のかぐやに収録された、月周回衛星「かぐや」の地形カメラによる写真は月面世界を克明に捉えている。

空は暗黒,月面は灰色,色がない世界だ。だがよくよく見れば、月面も表情豊かだ。盛り上がったクレーターの縁、中央丘の形状,噴出物が堆積した様子、不思議なチェーンクレーター,どこまでも平らに溶岩で満たされた「海」など、空から月面観光している気分で月の様子を堪能できる一冊だ。

レーザー高度計によって月の高度差は20km近く,地球や火星よりも起伏に富んだ地形であることが分かった。マルチバンドイメージャは鉱物の違いを見分けた。リレー衛星 「おきな」は月の表裏の正確な重力分布図を作るのにも役立った。何より、精度を揃えて全球の地形データを取ったことが大きな意味を持つ。今後の研究に期待したい。

月のかぐや
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月には色がないが、地球には様々な色がある。海洋汚染の調査研究を行っている著者による海の色が語る地球環境は、まず、海の色と海洋環境の関係について述べている。

たとえば、エメラルドグリーンの珊瑚礁には生きた珊瑚はいない。珊瑚が死んでできた白い砂浜の海が、あの色に見えるのだ。また、透明度が非常に高い海は、真っ黒に見える。光が途中で散乱されないため、吸収されて戻って来ないからだ。深さ千メートル以上になる黒潮もやはり黒く見える。紺碧の海には栄養が少ない。プランクトンが大発生すると赤潮になったり、緑色の藻が大発生するのは,日本人なら誰しも身近に体験している。

海の色が想像以上に様々な表情を見せているという話そのものが面白く、引き込まれた。水の色で、その環境がある程度分かるのだ。後半の水循環の話も面白かった。

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地球が色に富んだ星であるのは生物のおかげである。そして生物は、想像以上にダイナミックな存在だ。例えば細菌の世界では、互いに遺伝子をやりとりするのが当たり前らしい。

 大腸菌を案内人にして生物の世界の本質を探ろうとした本が大腸菌だ。著者らの表現によれば生物はオープンソースだということになる。オープンソースとはIT業界の言葉で、ソースコードを誰でも自由に改変したり再配布できるようにしたソフトウェアのことだ。生物の系譜というと脈々と繋がる系図のようなものを想像する人が多いと思う。だが実際は網のように繋がったものかもしれないのだ。これによって生物の進化は従来考えられていた以上に速く、かつ、ややこしいものになっている。

実際に新しい大腸菌株を調べるたびに、未発見の遺伝子が数十、数百と見つかっている。大腸菌全体の遺伝子集合は「パンゲノム」と呼ばれ、パンゲノム全体で考えると遺伝子数はヒトゲノム以上になりそうだという。

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オープンというと数学の世界もそうかもしれない。だが『完全なる証明』から感じたのは、月面のように灰色と黒に閉ざされた色のない世界、閉塞感だった。本書は、ポアンカレ予想を解き明かしたが、その後、姿を消した数学者ペレルマンの姿を描いた本だ。著者はペレルマン本人に会う事ができず、周囲の関係者と歴史から彼がどのように考える人なのかを浮き彫りにしていく。ポアンカレ予想そのものについては少ししか触れられておらず、彼が賞金100万ドルを拒否した理由も、いま一つ納得がいかない。だが、一人の人間の業の深さを感じさせる読後感だった。

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(もりやま・かずみち:サイエンス・ライター)

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Written by 森山和道

5月 30th, 2011 at 11:57 am