森山和道

サイエンスライター。科学書の書評屋もやってます。

書評 『もうひとつの視覚 <見えない視覚>はどのように発見されたか』

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CQ出版「Interface」2008年8月号
書評コラム「こんな本を読んで、こんなことを考えました」第8回 掲載

もうひとつの視覚 <見えない視覚>はどのように発見されたか
(メルヴィン・グッデイル、デイヴィッド・ミルナー 著 鈴木光太郎・工藤信雄 訳 新曜社 ISBN 978-4-7885-1103-3 2500円(+税))

もうひとつの視覚―〈見えない視覚〉はどのように発見されたか

 コンピュータはどうすれば人間、あるいはせめて動物のような視覚を持てるのでしょうか。そもそも脳はどのように視覚を実現しているのでしょうか。この問いはこれまでもずっと繰り返されており、様々な答えが返されてきました。ですが決定的な答えにはまだ辿り着いていません。

 もうひとつの視覚も手がかりとなる本の一つです。脳の視覚情報が背側を通る経路と腹側を通る経路に分かれて使われているという話は、脳科学に興味を持っている人ならばご存じでしょう。モノを見てあれがなんだと分かったり、様々な対象を視覚的に意識できるのは、主に腹側の経路の働きによると考えられています。

 では背側を通る経路は何かというと、現在の知見によれば、いま現在の行為、運動の誘導に使われていると考えられています。ロボット分野でいう視覚によるモーションプランニング、ビジョンサーボです。

 たとえば腹側の経路を障害されてしまった人は、ものを見ることができません。正確に言うと、外界に対する視覚体験、視覚的な知覚が得られません。主観的に何が見えているか、レポートすることすらできないのです。

 ですが、それ以外の部分が無事であれば、意識にのぼらない運動系の部分は、視覚情報を使うことができます。

 例えば、患者は「何も見えていない」と言っているにも関わらず、適切な方向に手首を回転し、指先を適度に広げて鉛筆を掴むといったことができるのです。しかも背側経路の視覚系は、錯覚に惑わされません。このことは両者がかなり独立したモジュールで機能していることを示しています。動物の視覚系は単一のシステムではないのです。

 視覚情報は両者の視覚経路上で、それぞれ別の形式で符号化されていると考えられています。運動に使われる視覚情報は自分を中心にした座標系を持ち、そのなかで目標の位置や大きさ、向き、形などを正確に符号化しているようです。しかもその情報は、数百ミリ秒程度しか維持されず、運動に使われなかったら破棄されるということが心理学的実験から分かっています。最初から運動出力に使われることを想定して変換・圧縮されながら処理されているのでしょう。そして知覚に使われるほうは、また別の方式が採られているようです。

 物体を認識する視覚経路と、運動処理に使う視覚経路。両者を分けることにはどんな意味があるのでしょうか。

 本書では人体を半自律型ロボットと例えると、腹側経路は遠隔操縦者に相当するのではないかと推測しています。進化的には、意識にのぼるタイプの視覚経路は新しく、運動系に用いるための視覚系のほうが古いと考えられています。両者は独立してはいるものの、あるサイクルで相互に通信しているようです。情報が処理を受け抽象化した高次野同士だけではありません。一次視覚野にもそれぞれの経路から投射があります。しかも上行性の投射よりも、逆向きの投射のほうが多いのです。いわばカメラに向かって処理系から大量の情報がフィードバックされているわけです。これによって視覚はかなり初期の処理段階からフィードフォワードで、かつ違う処理系を使ったものが同じ座標系でマッピングされることでループしつつ、随時、連続的な処理を行っているようです。

 もちろん実際の処理は(分かっている範囲でも)もっとややこしいわけですが、いつか人間のように「見る」ことのできる機械が誕生することを願っています。

もうひとつの視覚―〈見えない視覚〉はどのように発見されたか
メルヴィン・グッデイル デイヴィッド・ミルナー
新曜社
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Written by 森山和道

2月 27th, 2011 at 1:20 pm