98年9月SF Book Review



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  • レッド・マーズ 上・下
    (キム・スタンリー・ロビンスン 大島豊訳 東京創元社、各840円)
  • 本国版が出たころから非常に前評判の高かった火星植民小説、ようやく(原書が出たのは93年)邦訳。
    「っ」を多用する訳文は気に入らない。ひょっとして、原文の「!」を置き換えたのかな? だとしたら「!」をそのまま使ってもらった方がまだ良かったな。非常に稚拙に感じる。

    稚拙と言えば、最近のSFに登場するキャラクターはやたら幼稚、というか「子供」だ。他人とぶつかったり、いろいろと悩みを抱えているのは良い。人間らしさや「リアルさ」を出そうとしたものだろう。ところが、その悩みの表し方や問題解決法が、とにかく子供っぽいのだ。あるいは偏執狂的。本書もそんな感じで、人間が非常に薄っぺらい。扱う時間スケールは大きいし、特定の主人公はいないし、作者はどうも「大河小説」的なものを書きたいのではないかと思うのだが、これではなんだかなあ。

    前評判が高かっただけに、非常に期待して読んだのだが、その期待は上巻では裏切られた。はっきり言って退屈である。なぜ退屈なのかは明々白々。長いからではない、描写が圧倒的に足りないのだ。登場人物の心理描写はもちろん、宇宙植民がなぜ始まったのかといった舞台背景や、宇宙や火星をもっとしっかり描き込むべきだ。ちなみに物語はまず植民後かなりたった火星社会ではじまり、その後時間を巻き戻す、という構成をとっている。この構成も、あまり効果を出していない。あまりにも説明不足で、普通の読者には何がなんだか分からないだろう。こんなことだからSFは普通の読者を逃がしてしまうのだ。読んでいて悲しくなった。

    じわじわと面白くなってくるのは半分、250ページを超えたあたりからだ。火星上の景観描写もこの辺から筆が乗ってきてなかなか読ませるし(地球と金星を眺めるシーンは素直に感動した)、人間関係もさすがに描写が積み重なってくるからだ。問題は、ここへくるまで250ページもかかることである。

    本書についてはおそらく、あちこちのHPで「最高の火星SF」とか「傑作」といった声が挙がることだろう。だが僕は、諸手をあげてそのご意見に賛成、とは言えない。確かに本書後半は火星のテラフォーミングや移住のごたごたや長寿薬の開発、軌道エレベーターの建設など、物語もだんだん描き込まれてきてそれなりに読ませるし、おそらく作者が、火星とそこに移住した人々双方が一つのシステムとして進化していくことを意図して本作を書いただろうことにはSFファンとして非常に共感できる。だがそれでも、もう少し別の描き方や構成があったのではないか。確かに今日のSFらしい作品ではあるが、これが「最高傑作」では、SFファンとして情けない。「最高傑作」は、「SFファン」以外にも普通に薦められる作品であって欲しいのだ。

    なお、ネビュラ賞、英国SF協会賞受賞作。続編「グリーン・マーズ」「ブルー・マーズ」も刊行予定。いつ出るか知らないけど。帯には「キャメロン映像化決定」とあるのだが、これについては知らないので、ほかをあたって下さい。解説はネタバレバレなので先に読んではいけない。


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  • 凍月
    (グレッグ・ベア 小野田和子訳 早川書房、560円)
  • 第28回星雲賞、96年度SFマガジン読者賞受賞作。だからなんだ、と言われてしまえばそれまでだが、SFマガジンに掲載された後、早く単行本化を、と切望されていた本だ、ということである。

    で、読了した感じは、「ああ、やっぱりこれは短編だな」。
    それなりの作品なのだが、これ一遍だけで一冊というのはやっぱ物足りないかなあ。

    22世紀の月が舞台。洞穴を利用した研究施設「氷穴」では、絶対零度を実現するための実験が進行していた。そこに410個の冷凍頭部が持ち込まれた。うまくいけば、記憶を読みとることができるかもしれない。だが、その頭の中には、身元不明のものが3つあった…。

    で、絶対零度実現+冷凍頭部という二つが、一つの事件を引き起こす、というSF。こういえばなんとなくピンと来るでしょう。
    ちなみに原題は「HEADS」。そこから分かるように冷凍頭部を扱う話の方が主で、絶対零度実現の方は、アイデアの周辺部分でしかない。もちろんSFではその「周辺」や「環境」が、非常に重要なのだが。

    人体の冷凍、そしてその頭部を扱ったSFには他にもいくつかある。低温での物質の不思議な挙動と、科学技術による生への執着というか、人間性に対するまなざしが、作家たちを惹きつけてやまないのだろう。

    まったくの余談だが、凍月(いてづき)という言葉は造語らしい。内容をちゃんと反映しているかどうかはちょっと?なのだが(まあ、月の冷たく荒涼とした感じは表している)、なかなか響きの良い言葉だ。


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  • 六番目の小夜子
    (恩田陸 新潮社、1400円)
  • 花宮雅子の通う高校には、生徒しか知らない奇妙な風習とも伝説とも言えるものがあった。三年毎に「サヨコ」を選ぶ。「サヨコ」が誰かは、決して知られてはならない。卒業式の日、ある戸棚のカギを先代の「サヨコ」が次の「サヨコ」に渡すことで「サヨコ」は続いていく。選ばれた「サヨコ」は承知した証として、新年度初日に赤い花を活ける。花を活ける花瓶は「サヨコ」である証のカギで開く戸棚に入っている。そして「サヨコ」は、たった一つやらなくてはならない義務がある。しかもそれを、誰にも知られることなく行うこと。
    それが、そしてこの儀式が続いていくことそのものが、学園にとって「吉きしるし」とされていた。始まったきっかけは学園祭の演劇の主役が死んだ交通事故──。

    何の意味もないしきたりだった。だが、このしきたりは生徒の間に代々語り継がれてきていた。そして今年、六番目のサヨコが選ばれた年に、津村沙世子という名の美少女が転校してきたことから物語は始まる。

    学校の伝説を材にとった恩田陸デビュー作。新潮社が要望に応え(?)、文庫で刊行されていたものを単行本で復刊(情報ありがとう>溝口さん)。
    高校生活最後の春夏秋冬を送る高校生男女の姿と、学園に伝わる伝説の謎をおう。

    ホラーとかミステリとか言われているが、これは基本的には青春小説である。読んでいて思わずノスタルジーに浸ってしまう人も少なからずいるだろう。もちろん、ホラーでもあるわけで、だからこそここで紹介しているわけなのだが。

    いかにもデビュー作らしく描写がやや甘い。読者の想像力に頼りすぎの感が若干ある。だが学校という異空間、個人個人が抱く少しづつ異なった物語の気持ち悪さ、人間関係の違和感などを通底音として響かせる描写力は確かなものである。なにより、高校三年という独特の緊迫感を持つ時間を、しっかり捉えて描き出している。

    義務教育最後の年。二度と来ない季節。「ずっとこのままでいたい」と思う一方、受験に駆り立てられ、同時に希望にも燃える若さ。学園祭を待ちわびる雰囲気。上昇していく緊迫感。「お祭り」当日の、ふだん閉ざされている学校という空間が別のモノへと変えられている空気。張りつめたムード。みんなで集まる打ち上げ…。

    つまり「空気」や「雰囲気」の描き方が非常に巧みなのだ。それは綾辻行人氏が本書の解説で「予感の怖さ」と表現している、本書独特の怖さの表現にも生かされている。学園祭シーンの怖さは、並大抵ではない。

    もっともそれでも、本書はホラーというより青春小説だと思う。この本は高校の図書館に置いてもらいたい。当の高校生にはピンとこないかもしれないが、過ぎた季節は二度と戻らない。今を大切にして欲しい。そんな読後感を抱かせる一冊であった。
    もしマンガにすると完全に少女マンガの世界だが、たまにはこういうのも良いでしょう。

    余談。本書は春夏秋冬を描いているわけだが、メインキャラクターの名前は
    花宮雅子(春)
    津村小夜子(夏?これだけよくわからん。小夜は季語?)
    関根秋(秋)
    唐沢由紀夫(冬)
    を表しているのではないかと思ったのが、これで合っているのだろうか? 考えすぎ?

    ちょっと調べてみたが、小夜は季語ではないみたい。やっぱり考え過ぎか。


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  • 極微機械ボーア・メイカー
    (リンダ・ナガタ 中原尚哉訳 早川書房、820円)
  • はっきり言ってこの邦題とカバーイラスト&装丁のセンスは、最悪だと思う。読む前にも思ったが、読後に見てもやっぱりそう思う。内容の雰囲気に全然あってないじゃん。ダサい、という言葉がこれほどまでに当てはまる表紙はないのでは。

    で、中身だが。「ふーん」といった感じ。
    つまらなくはないけど、解説で冬樹氏が絶賛しているほど面白いとは思わなかったなあ。ナノテクやそこで描かれる世界像イメージもそれほど新しいわけではないし、「幽霊」と呼称される人格コピーや、あちこちに肉体のクローンを置いておくというのもヴァーリィの頃からあるわけだしね。

    もちろん肝心なのはストーリーなのだが、そこにいま一つ乗り切れなかったのが、肯定的な感想を抱けなかった大きな理由でもある。
    ボーア・メイカーというのは、天才分子デザイナーのボーアなる男が作った万能のナノマシン。で、この男、テロリストだったらしいのだが、どういうわけかこのボーア・メイカーをばらまこうとは思わなかったみたい。これがまず分からない。もちろん説明されるんだけど、さっぱり説得力がない。

    この辺ほか、キャラクターの行動意図や必然性がどうにも見えず、おまけにごちゃごちゃした舞台設定の割には説明不足のせいで、なんだかすっきりしないものを終始感じながら読んでいた。偶然このボーア・メイカーを手に入れてしまうスラム街の娼婦でヒロインのフォージダの行動は、それなりに分かるんだけどね。

    ちなみに主人公は一種の改造人間のニッコー(日光)なる男。こういう世界なのに、彼みたいな人間が認められていないというのも、なんだか説得力がなかったなあ。根本的な世界設定をまずきちんと説明したあとで、物語を綴ってもらえば分かったのかもしれないけど。

    僕の肌には合わなかった、ということかもしれません。


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