基本的にはこういう話である。もちろんこれだけではなく、もうちょっと(だいぶ?)色々とあるのだが、基本的にはこういう話だ。篠田節子的登場人物たちが現れ、お互いの考えをぶつけながら(これらはそれぞれ作者本人の考えの一部分なのだろう)、迫力とリアリティのあるストーリーが進んでいく。綿密な取材と構成をもとに描かれた、優れたパニック・エンターテイメントだ。
ただ、物語が大きくなっているぶんだけ、冗長に感じるところがなくもない。個人的には、同じくパニック小説であり、時に「短すぎる」と評されるデビュー作『絹の変容』の方が、純粋に「エンターテイメント」として見ると優れていると思う。
話は変わるが篠田氏の作品を読んで、いつも感じることがある。「登場人物が似ている」とかそういうことではない。「この人は、他にもっと書きたいものがあるんじゃないかな」ということだ。いや、いま書いているものが書きたくないものだ、というわけではない。そうではなくて「書きたいことを押さえつけて書いているんじゃないかな、本当に書きたいものは、もうちょっと違うものなんじゃないかな」と感じるのである。
本当に描きたいものは絶対にダイレクトに出さず、下にどろどろと溜めておく。そしてほんのちょっとだけ顔を出させて「エンターテイメント」を書いている。そんな気がするのは僕だけではないと思う。
一度、「本当に書きたいもの」を思いのままに書いてもらいたい、そんなふうに思う。
というのが『SPA!』誌の150字短評に書いた原稿なのだが、これ以上のことはほとんど書けないなあ。ネタバレになっちゃうから。解説を読んで下さい、って感じでしょうか。ただし、僕としては本書を1800円出して買うことはあまりおすすめできません。理由は…、最後まで読んだ人なら分かるよね。
なお、本作は映画化の可能性極めて高し、らしい。たしかにラストまでの展開は、極めて映画向き。でも、もしこのまんまで映画化されたら、俺ならスクリーン引き裂いちゃうな。
ホスピス医・北条早苗の恋人は、南米アマゾン調査から帰国した後、まったく人格が変わった末に、自殺してしまった。「天使の囀り」が聞こえる、という奇妙な言葉を残して…。その他の隊員たちも、次々と不可解な方法で自殺していく。早苗が探り当てたその真相の果ては──。
飽きないテンポと構成で書かれた、優れたエンターテイメントである。
一応ミステリ仕立てのホラーの形を取っているが、ネタそのものの見当は冒頭30ページでついてしまう。だがそんなことにお構いなく、ぐいぐい読ませるだけの筆力と文体と物語の構成力を著者は持っている。
現実以外のものを描くためには、まず現実をしっかり描き込まなければならない。そして、ほんのちょっとだけ「外す」。そのことが良く分かっているんだなあ。
本書はまた、膨大な知識を背景にして描かれている小説でもある。エンターテイメント性を失わせないまま、それを巧みに組み合わせて見せる手腕は驚くべきものだ。衒学的な楽しみを求める読者にも、純粋に語りの面白さを求める読者にも、文句なしにおすすめできる一冊である。おそらく「本年必読の一冊」の一つだろう。
というのがPHP BookWindow !に書いた原稿なのだが、ベタ誉めですね。だが、やっぱりこの本は面白いのですよ。気になるところもないわけではない。でも、そんなことは良いんですよ、面白いんだから。「しっかり書く」ことのできる作家だと思う。これだけの情報力と文体、しかもバランスの取れた構成感覚を併せ持つ作家は、貴重かもしれない。
SFかSFじゃないかというと、手法はSFなのだが、思想はSFじゃない。だからSFじゃないと言っても良いのだが、多くのSF作家の作品がこの本のレベルにすら達していない今、そんな負け惜しみみたいなことを言っても始まらない。エンターテイメントしてみせることは、非常に難しいのだから。
さて中身の方だけど、読み進めるに従って『神の目の小さな塵』の内容や雰囲気もだんだん思い出されては来るのだが、いかんせんテンポにかける。だいたいのストーリーが見えてしまう割には、いつまでたっても話が進まないのだ。「もう分かり切ってるんだから、さっさと話を進めろ!」と思えてしまった。おまけに、だらけたストーリーをサポートするべきキャラクターに、あまり個性と魅力がない。なお、本作にはハードSF的な面はほとんどない。
というわけなので、あまりオススメはしません。まあ、全然ワクワクしなかったのか、というと、そうでもないのだけど。それに、エンディングのまとめ方による読後感の良さは、この二人の独特のもの。そのせいでそう悪い印象はないんだけど、なんだか何も残らない小説でした。