「DOS/Vmagazineカスタム」<森山和道の科学的態度>第2回

99年9月号掲載

『研究所へ行こう!』

 全国各地には様々な研究所がある。ふつう、一般の人はなかなか入れない。だが一年に一度は「公開」と言って、研究成果を色々見せてくれることになっている。科学の現在に触れられる貴重な機会だ(しかも無料!)。というわけで今回は「研究所へ行こう!」という思いを込めて。

宇宙の研究って何やってんの?

 宇宙科学研究所の一般公開が過日・7月31日に行われ、私も見学に行った。いつもは静かな宇宙研は、炎天下でへたばった親の手を引く子供たちや、ロケットがプリントされた怪しげなTシャツを着た宇宙ファンたちなどで大変にぎわっていた。中庭ではペットボトルロケットが打ち上げられるたびに歓声が上がっていたし、月面ローバーの試作機が腕を動かすだけでどよめきが上がっていた。

 僕も展示されていた実機を見て「おおこれが!」と思い、宇宙発電衛星用組立ロボットがパソコンの電源入れ忘れで上げ降ろしを繰り返すのを芝生に座って見学し、電磁力でごく軽いアルミ箔を加速するレールガンが立てる耳の奥がかゆくなるほどの発射音には皆と一緒に感嘆の声を上げた。科学離れなんてないんじゃないか、そんなふうに思わせてくれる光景だった。

 「宇宙研の公開のことを書こうと思います」と、このページの担当編集者N氏に言ったところ「ロケットの話とかですね」と返事が返ってきた。半分は正解、だが半分は間違っている。宇宙研はロケットだけ作っているわけではないからだ。だが彼の答えはごく普通の感覚だろう。僕らは日本の宇宙開発・研究がどのように行われているのかあまりに知らない。これには表にいろんなものを出してこなかった研究者と、日本の宇宙研究にあまり関心を持ってこなかった僕ら双方に原因がある。NASAは知っているがNASDAは知らない、そんな人が多い現状では、宇宙研ってなに?っていう人がほとんどであるのも仕方ない。

NASDAと宇宙科学研究所

 宇宙科学研究所とは文部省の下にある研究所である。主に宇宙に関する科学探査を行っている。種子島でロケットが打ち上げられる様子がときどきTVで中継されるが、あれはNASDAこと宇宙開発事業団のロケットで、宇宙研のロケットではない。宇宙研のロケットは鹿児島県内之浦から打ち上げられる。つまりNASDAと宇宙研とは違う団体なのである。それぞれの分担はどうなっているかというと、NASDAは基本的に「実利用」、要するに役に立つ実用衛星を打ち上げたりする機関である。一方、宇宙研は学術研究衛星などを打ち上げ、科学探査を行う機関ということになっている。

 最近では共同プロジェクトも行われているが、それぞれ文化も違う。NASDAが実際のモノ作りは企業に発注するのに対して、宇宙研は欲しいモノはさっさと自分たちで作っていこうという感じ。大学の理学部に似ている。もっともこれには予算の違いも大きいのだけど。

 その差は公開の場の差にも現れている。宇宙研の公開は手作りくさくて、どこか高校の文化祭を思わせる。イオンエンジンの横で、なぜかコンピュータを使った姓名判断が行われていたりするし、パネルの間違いや変更点が上から紙を貼って手書きで修正されていたりする。だが横に立っている大学院生たちは(うまい下手は別にして)一生懸命説明してくれるし、こっちが聞きさえすれば(値踏みするような視線でこちらを見つつも)なんでも教えてくれる。これは宇宙研だけでなく研究所の一般公開全般に言えることだが、フレンドリーなのだ。

知りたいことは聞く

 一方、NASDA筑波宇宙センターには常設の見学コースがある。事前に申し込んでおけばお姉さんが詳しい説明をしてくれるし、これもまた結構楽しめるのだが、見学コース以外のものを見ようと思ったら大変である。一般どころか、取材でもなかなかオーケーをくれない。常設コースも善し悪しだということである。

 さて、実際に展示されていたものは本当にいろいろあった。先に上げたもの以外にも、M-Vロケット、RVT(再使用ロケット)実験機、クリーンルーム内で組み立て中で来年一月に打ち上げ予定のX線天文衛星ASTRO-E、シャトルによって回収されたIRTS(赤外線望遠鏡)などの実物ほか、2年間連続運転中のイオンエンジン(もちろん公開時も運転中)、真空チャンバー内での人工オーロラ、アブレータというCFRP(炭素繊維強化プラスチック)で作られ自らが溶けることで大気圏再突入時に機体を守る耐熱材料などなど。その間にパネルが立ち、それぞれの機器や得られたデータが解説されている。不思議そうな顔をして、きらきら光る断熱材・サーマルブランケットに覆われた衛星をのぞき込んでいる子供の姿が印象に残った。

 宇宙研一般公開に行くと、一言で宇宙の研究といってもジャンルは広く実に多種多様であることが一目瞭然である。おおざっぱに言えば<宇宙開発>と<宇宙探査>の二つに分けることができる。

 宇宙開発とは打ち上げのためのロケット開発や打ち上げそのもの、通信・放送・気象・地球観測など衛星開発/打ち上げ、そして現在建設が進められている宇宙ステーションで行われる予定の微少重力環境を利用した実験などのことだ。

 一方、宇宙探査とは惑星探査機による探査や、地球周辺や磁気圏、地磁気などを観測する地球周辺観測衛星、ハッブルなど宇宙望遠鏡や「あすか」などX線観測衛星、「はるか」などスペースVLBI衛星や太陽観測衛星などによる科学探査のことである。

 平たく言えば日常生活に役に立ったり「手段」の開発をしたりするのが宇宙開発であり、科学者の知的欲望を満たすために行っている活動が宇宙探査であるということになる。どちらに心惹かれるかで、あなたが工学系なのか理学系なのかが判断できるだろう。

 展示物として目立つのはやはり宇宙開発ものである。大きなロケットやエンジンは見た目もドーンとしているし、いかにも「おお、宇宙だ!」という気がする。

 一方、天文学ジャンルでは観測衛星は目立っても、肝心の研究成果はパネルに貼られた文字や写真になる。たとえばX線望遠鏡が捉えるのは数百万度以上の高温で起こっている現象であり、銀河中心核やブラックホールといった、僕ら素人が聞いただけでもわくわくするダイナミックな場所を見ているのだが、プレゼン手法が結局パネルや文章では、いま一つその迫力が感じられず地味に見えてしまう。これは残念である。何より、公開にわざわざ行く意味がない。文章や写真なら本を読めば良いのだから。

 そこでどうするのか。興味を惹かれるテーマがあったら、そばに立っている研究者の方を捕まえて聞いてみるのである。ここが一般公開の一番いいところなのだ。展示されている実物の大きさや詳細を見て感じるだけが一般公開ではない。見学者達に紛れてしまうような地味な人たちだが、バッジなどを付けているから、すぐにそれと分かるはずである。パネルの横に所在なげに立っている研究者がよくいるが、こういう人を捕まえるポイントである。説明しようかどうしようかなーと相手も迷っているのだが、客(僕たち)のレベルも分からないし、いま一つ自分から喋るのも気が進まないと顔に書いてある人たちだ。こういう人には、さっさとこっちから質問してしまうのだ。どこかはにかみながらも一度のせてしまえば色々教えてくれるはずである。

 公開されているのは研究所だけではない。そこで働いている研究者の方々も含めて公開されているのだ。科学に触れるには、何よりの機会である。

宇宙研ホームページ
http://www.isas.ac.jp/index-j.html

NASDA筑波宇宙センター見学コース
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Guide/Guide-j/kengaku_j.html

科学雑誌『日経サイエンス』情報掲示板
http://www.nikkei.co.jp/pub/science/page_2/keijiban/keijiban.html





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