今春、秋田から出てきたばっかりの大学生・六郷史郎。彼はついに憧れの街にやってきた。電気の街「秋葉原」だ。
人混みの中、電気街口に降り、キャンペーンガールに声をかけられて舞い上がったりするが、馴れない都会におどおどしてしまい、パーツ店ではなんと万引きに間違われてしまう。これが彼の秋葉原初体験にして大騒動の一日の始まりだった。
ちょうどその店を地上げしようとしていたヤクザの菅井田になぜか追いかけられる羽目になり、さらにキャンペーンガールの仲田芳恵にはストーカーに間違われ、あげくの果てには逃げ込んだ<エース・コンピュータ館>で警察を呼ばれてしまう。ところがその店はパソコン盗難目当てのロシア人マフィアに狙われていて…。
と、いう形でドタバタ騒動が続く。しかもこれと同時進行して、イラン航空のスチュワーデスにして女スパイ・ファティマと、彼女の尾行を命じられていたモサドのベーリ少佐らの騒動が絡んでいくのである。
普通これだけ詰め込んでしまうと、しっちゃかめっちゃかになってしまうものだが、本書は違う。ドタバタが非常にうまく流れていて、あっという間に一冊読めてしまう。アキバの街と、アキバに集う人々を愛する人なら(いやそうじゃなくても)、文句なし必読のエンターテイメント小説である。
物語舞台の中心「エース・コンピュータ館」という名前になっているビルが実際にはどこなのかはすぐ分かる。だいたい「コンピュータ館」っていったらあそこしかないでしょ。あそこで銃撃戦や爆弾騒ぎが起きるのだ。
いやー、悪いけど本書は実に楽しいです。
なにせ怪しい部品屋の、これまた怪しい年齢不詳の爺さんまで出て来ちゃうんですから、あなた。もちろんハッカーが活躍するのもお約束。彼の活躍ぶりには、本職の人はクビをひねらざるをえないところだろうけど、そこはまあ「お話」として流してしまおう。それが本書の正しい読書態度である。
なお今野敏を初めて読む人もいるかもしれないので付け足しておくと、しがない中年警察官が活躍するのも今野小説のお約束。オタク少年への応援歌的なところがあるのも最近の特徴だ。緊迫感をはらんだ物語ながら、思わず笑みが浮かんでしまうのもそのためだろう。読後感もいい。
本書のもう一つの主人公は、もちろんアキバそのものである。史郎がアキバに初めて降りた時に感じる空気は僕にもオボエがある。アキバには人を興奮させる何かがある。
例の怪しい爺さん・源三に、作者はこう言わせている。「秋葉原には世界中の人間が集まってくる。何が起こっても不思議じゃないさ」