「DOS/Vmagazine」掲載書評『青猫の街』

1999年4/1日号掲載
涼元悠一、新潮社、第10回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作品

 1996年、友人Aが突然失踪した。残されていたのは一台のPC9801VM。サラリーマンSE・神野俊幸は聞き込みにきた刑事に、ふと、こう聞かれた。「青猫ってご存じですよねえ?」

 青猫…? 当初気にもとめなかった神野だが、友人Aが作っていたゲームの実行ファイル名がBluecat.exe、つまりアオネコであることを知る。青猫とはいったい何か? 神野は偶然知り合った私立探偵センセイと聞き込みに回り、検索エンジンや地下BBSで「青猫」の秘密を探り始める。友人Aはどこへ、そして青猫の正体とは…。

 本年度日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。横書きの珍しい形を取った小説で、最初思わずとまどうが、読み進めていくうちに馴れてしまった。文章はやさしく比較的読みやすい。

ネットを舞台としたミステリ

 ファンタジー大賞作ではあるが、ミステリといったほうがしっくりくる。検索エンジンや草の根BBSを使った調査風景の描写がネットを疑似体験できるようだと評価されたようだ。だが、(あまりネットには詳しくないだろう)審査員たちと、ネットを日常使っている本誌読者では、読み方が大きく異なるかもしれない。

 というのは、本書で描かれるネットワーカーの姿は、あまりに「普通」なのだ。現実的な風景なので感情移入はしやすいかもしれない。だがそれは、単なる日常の風景でしかない。だから「単なるミステリ」として読めてしまうのである。もちろん、それならそれで良いのだが。  さらに、主人公がこの世界のありようについて考えるところに至っては、まるで純文学のようでさえある。サラリーマンとして日夜、クライアントの要望に応えるべく汲々とし、閉塞した世界を憂い、でもできることは時折飲み屋で郷愁に浸ってオタクな話にくだを巻くだけ。そんなSEが出会った、ちょっと奇妙な事件。

 それが本書で展開する物語だ、と言ってしまえなくもない。もちろん「閉塞感」に共感できる読者なら、そこも楽しめるだろう。実際、主人公達が飲み屋で「来なかった未来」を憂い、マイコン少年時代の昔話に興じるシーンは、本誌読者なら思わず共感できるところである。

 だが、それだけではどうも、となるも当然のこと。そこを救うのがやはり友人Aの運命と青猫の正体である。ミステリ仕立ての物語であるだけに詳細には触れられないが、ここには現在の物語ならではの特徴がある。煙るように虚と実が溶け合い、不思議な読後感を残す物語だ。

 なお著者はホームページを開いている。http://www2U.biglobe.ne.jp/~zumo/

 以下余談。帯の文句、「インターネットという悪意の暗闇を描くサイバーノベル」は戴けない。ネットを悪とすれば売れるだろうという安易な発想はいい加減やめて欲しい。


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