02年12月Science Book Review


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  • サルとすし職人 <文化>と動物の行動学
    (フランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)著 西田利貞・藤井留美 訳 原書房 2200円 ISBN 4-562-03588-9 原題:The Ape and the Sushi Master : Cultural Refelections by a Primatologist, 2001)
  • 日本とは違い西洋では、動物と人間の間には断絶があり、動物には意識や文化など全く存在しないという意識が強いらしい。そのため、人間の本性の由来を動物の内に探る、といった内容の本では、動物と人間との連続性についてかなりの紙幅が割かれる。この本も例外ではない。そのへんは正直言ってくどく、鬱陶しくなってくる。だが英語圏では必要なことだったのだろう。本書では、著者自身の日本人研究者との交流模様を含め、日本人研究者たちのエピソードや研究内容が多数紹介される。著者の経歴を踏まえながらローレンツや西田利貞など毀誉褒貶激しい人たちの業績の再確認、そして日本人研究者たちが類人猿の研究ひいては動物の<文化>の研究において果たした役割が、これまでにはない独特の形式で紹介され、同時に、ヒトの本性や、文化の起源について考えをめぐらすことのできる一冊となっている。 モノクロ口絵16ページ付き。

    「サルとすし職人」とは、京大霊長研の松沢哲郎と著者との雑談のなかから生まれたものらしい。すし屋の見習いは板前の動きを目で見て、学ぶ。チンパンジーもまた、群れの仲間の行動を見て学ぶことができるのではないか。つまり、文化的学習の代表例である「すし職人」と、サル(本当はape)との間に関連があるのか、それはいったいどういう関係なのか。そういったことの隠喩なのだ。

    なお猿まねという言葉があるが、現在では「模倣」はかなり高度な行動だと考えられている。問題を把握し、手本となる相手の行動の目的や意図を理解し、その解決策をまねることが「模倣」であって、ただ単に似たような行動を行っても、それは模倣とは呼ばれない。

    動物の安易な擬人化は危険だ。だが逆に、あまり線を引きすぎて人間と人間以外の自然界との連続性に目がいかなくなってしまうのもまたおかしな話である。ドゥ・ヴァールはこれからは「動物中心の」擬人化、人間の視点を動物の視点に置き換える逆の擬人化(むしろ人間の擬動物化)が価値を持ってくるという。そしてその前提で動物行動を研究すべきだという。まあ簡単にいってしまえば、無理に目をつぶるのではなく、物事をもっと素直に見ようではないかといったところか。

    頭にも触れたがこの本の面白さは、ローレンツや今西の業績の再確認にある。一世代あるいは二世代前と違って、我々は彼らの仕事のインパクトをあまり知らない。ローレンツはナチの思想に荷担していたし、今西などは最近ではほとんど無視されるどころか、学問の進歩を遅らせた者とされることも多い。ドゥ・ヴァールは彼らの業績をもう一度見直して、認めるべきところとそうでもないところを分かりやすく整理してみせる。それはもちろん彼自身のフィルターを通したものなのだが、面白い。

    後半はボノボの話のみならず、ニホンザルのイモ洗い行動の話なども出てくる。この話は有名だが、いまや半ば伝説と化しているところもあり、実際にはどういったものだったか、知らない人も多いと思う。一読をすすめたい。

    後半ではもう一度、模倣という行動の意味や文化獲得の見方に対して考察がなされる。彼は模倣について、ある一つの見方を提案する。引用しよう。

    ……霊長類の社会的学習は、順応願望−−社会に属し、なじみたいという衝動−−に端を発しているのではないか。母親や同年代の仲間など、特定の社会モデルが好まれていることを重視して、このプロセスに名前をつけるとすれば、「結びつきおよび同一化を基盤にした観察学習(Bonding-and Identification-based Observational Learning)」、略してBIOLとでもなるだろうか。BIOLは、食べ物といった目に見える恩恵に頼らず、みんあのようになりたいという願望から生まれる学習形態だ。社会モデルの模倣は、遊びの要素が入り、不完全で入門的な方になることが多く、見返りに結びつくかどうかは重要ではない。

    (中略)BIOLが持つ自己強化の特質は、ずっと見過ごされてきた。私たち人間は、成功した行動は強められるという効果の法則に縛られるあまり、純粋に社会感情的な視点から模倣を見ることがなかなかできない。何にでも目的を探してしまい、見つからないとどこかがまちがっていると感じてしまう。仮に模倣が、好きなモデルを熱心に見習おうという社会的な衝動から来ている行動だとしても、習慣やテクニックが集団全体に広がっていくという最終結果に変わりはない。

    218-219ページ

    文化というのは社会的な現象だ。習慣を文化として学習するためには他者の実例がまず必要で、それを模倣する、ただ模倣したいから模倣することで文化が発生する。あるいは、文化的学習が起こる。これが本書の主張だ。

    最後は道徳の話題だ。ドゥ・ヴァールは道徳性も進化の原理から外れたものではないとし、道徳だけを特別扱いする者を撫で切りにする。彼は道徳感情はもともと動物が他者と共感する能力を持ったときから本性として存在しているものだという。まあこのへんはやや色んな考え方があるんじゃなかろうか、という気もするが、著者の主張にも一理あるかなと思う。

    ともあれ本書は、科学書好きならば色んなことを考えることができる良書である。読んで損はない。


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  • 電子ペーパーがわかる本 紙のように薄いディスプレイ
    (横井利彰(よこい・としあき)著 工業調査会(Kブックスシリーズ174) 1800円 ISBN 4-7693-1220-2)
  • 電子ペーパー概説書。そのニーズ、特徴、各種関連技術などがまとめられている。だから便利といえば便利だが、ただそれだけの本に留まっているのが何とも残念。1800円もする本なのだから、他の本では見られない電子ペーパー活用法などを考察して欲しかった。読んでも全く面白くない本。


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  • 制御工学の考え方 産業革命は「制御」からはじまった
    (木村英紀(きむら・ひでのり)著 講談社ブルーバックス 880円 ISBN 4-06-257396-2)
  • 前半は面白い。後半は総花的でありがちな内容になってしまって残念。前半の調子を維持しながら、後半の解説を工夫してもらいたかった。惜しい一冊。だが素人の僕らには一読の価値がある。

    「はじめに」で著者は、制御工学が電気工学や機械工学に比べてあまり知られてないことを嘆き、その理由を、制御工学は「機械工学の自動車、電気工学の家電製品」にあたるものを持ってないため、一般人が制御工学について知る手がかりが乏しいからだとする。僕もそう思う。制御工学は、はっきり言えば地味なのである。だが、制御の世界は(素人には底が見えないほど)奥が深く、興味深い。本書は制御の考え方や手法を概略しながら、制御の考え方の普遍性を説いていく。

    本書はまず、「産業革命の父」ワットの発明から始まる。ワットは蒸気機関を作った。それと同時に、ワットは「制御工学の生みの親」でもあるという。ワットの蒸気機関には蒸気を送るパイプにバルブがつけられており、蒸気機関の回転と連動して動くようになっていた。このワットの遠心調速器を使えば「必要なときに必要なだけのエネルギーを」取り出すことができる。これによって、単に機関を動かすだけではなく、状況に応じて「適切な動かし方ができる」ようになった。蒸気機関は調速器によってより幅広い用途、普遍性を持つに至った。「制御なくして機械なし」、著者は(制御が産業革命と共に始まったのではなく)産業革命は制御と共に始まった、と述べる。

    その後、調速器はマクスウェルらによって解析、理論化され、改良されていく。つまり、ワットが制御工学を生み出し、マクスウェルが制御理論を生んだのだという。このような歴史をひもときながら、フィードバック制御やサーボ機構、誘導制御などの基本を解説していくあたりは非常に分かりやすく、面白い。もちろん、二次大戦の話のあとにはウィーナーの『サイバネティックス』の話やオートメーションの話題、「モデル」の考え方、最適化へと続く。

    制御の機能は「合わせる」「保つ」「省く」だという。著者はハサミを使うときのことを例に引く。図形を切る場合は、まずはハサミを線に「合わせる」必要がある。そして切る過程では線のとおりにハサミを「保つ」ことが必要だ。そして力をできるだけ「省く」ほうがいい。これが基本だとして、規格化や化学反応や物理量の定常化、自動化や省エネ技術の考え方を紹介していく。通読していくと、ごく自然に制御の基本構造が頭に入ってくるように構成されている。

    このあとダイナミックスや制御のアルゴリズムの考え方が、ロボットアームで絵を描かせることなどを想定しつつ解説されていくのだが、そちらも同様である。説明が丁寧なので、分かりやすい。

    と、このように前半はいいのだが、後半、いろいろな制御技術の実際の応用が紹介されるあたりでペースダウンしてしまう。あれもあるこれもある、あそこにも制御、ここにも制御という感じになってしまい、逆に話が奥へ進まない。できれば何か特定の技術に絞って、丁寧に解説してもらったほうが良かった。やはり残念である。また、総花的にいろいろ解説している割には、制御の固まりとも言えるロケットについては全く言及がないなど、そのへんも残念。もったいない本である。


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  • こうして生まれる 受胎から誕生まで
    (アレグザンダー・シアラス(Alexander Tsiaras) バリー・ワース(Barry Werth) 文 古川菜々子 訳 中林正雄 監修 ソニー・マガジンズ 3800円 ISBN 4-7897-1962-6 原題:from Conception to Birth a Life Unfolds)
  • 受精から出産までおおよそ38週間。その間、胎児が成長する過程はどんなものなのだろうか? その答えがここにある。最先端の三次元スキャンや画像技術、そしてCGを駆使した400点以上の画像で、受精から胎児の成長、赤ちゃん誕生までの様子を追うフォトブック。どんな人でも一見の価値はある一冊。カーネギー・ヒューマン・ヒト胎生学標本に献辞が捧げられている。そこのサンプルに多くを負っているようだ。また、多くの作品はアメリカ国立衛生研究所、陸軍病理学研究所の国立保健医学博物館、ニューヨーク大学医学部との協力で製作されたものだという。

    本書はまず、男女の体の違い、そして精子や卵子の構造、受精とはどういう過程かといった解説から始まる。

    受精後、12時間以内に精子と卵子の核は融合を終え、やがて最初の有糸分裂が始まる。分裂はほぼ20時間ごとに起き、細胞は2つから4つ、4つから8つ、8つから12、そして受精後3日経つと、16、32と分裂していく。桑実胚の段階だ。

    その後、胚は子宮に移動し、「分化」し始める。桑実胚の中の細胞は分裂を繰り返すと同時に、それぞれ適切な位置に移動しはじめる。「胞胚」と呼ばれる段階だ。中は中空となり、ボールのようになる。さらに細胞は分裂を続け、内部の細胞は一部寄り集まり、外側とは別の運命をたどる。この内部細胞塊が将来、胎児となる。外側は胎児を守る容器となる。

    さらに分化は進み、内部細胞塊は外胚葉、内胚葉、そして中胚葉に分かれる。外胚葉は神経系、皮膚などを形成する。内胚葉は消化器官の内壁に、中胚葉は筋肉や骨格、内臓となる。受精後4日目、胞胚の大きさはおおよそ10分の1ミリメートルほど。

    受精後7〜12日目、胞胚は子宮内部に着床する。母体も変化し始める。胎盤の形成だ。胎芽は母体から栄養と血液を取り込み、驚くべきスピードで成長を開始する。

    受精後20日、既に胎芽には体節ができ、脳や心臓、脊髄などになる部分が形成されている。そして心臓は拍動を開始する。早い女性は、このころ妊娠に気づく。

    受精後一ヶ月弱、細胞は分裂を続け、内臓各器官へと分化していく。胎児はC字の形にカーブし、顔や首、胴、そして目や耳になる部分が既にはっきりと見える。細胞は数百万個に増えている。体の中の各器官はシステムを形成し始め、胎児は刻一刻と姿を変えながら成長を続ける。大きさは4ミリ程度。

    その後の子宮のなかの9ヶ月間については、本書を直接めくってほしい。本書では、これらの過程が全て画像で提示されている。ここにいる誰もが、この過程を経てこの世に生まれ出てきたのだ。その事実を味わって欲しい。そしてもちろん、子供の誕生を待ちわびる家族にも。


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