ここには一つ一つ、命がある。消えていった命の残像が残されたものたちを支え、別の命をつなぎ止める。
毎日新聞紙上に「いのちの時代に」のタイトルで1999年12月29日〜2000年12月24日まで5部にわたって連載された記事を加筆再構成した本。現在の医療現場での生と死を、あくまで当事者の視点から物語る。
本書に収録された記事のうち、多くのものが加筆されている。中には追加取材している記事もある。だが、当時のままのものもあり、その中には字数が足らないものもある。
たとえば、余命5年以内と診断され、心臓移植を受けることにした男性が、移植コーディネーターに「家族の中で居場所がない」ともらしたという話がある(41ページ)。この男性の言葉は、どういう意味だったのだろうか。彼の手術は成功したが、肝炎から多臓器不全になり、亡くなった。他にも、この人は(取材のあと)どうしたのだろうかと気になる人が何人もいる。
各部の内容は、ざっと見ると以下のようになっている。
多種多様な話題が語られ、イントロダクションに相当する第1部。
臓器移植を巡る第2部。
出生前診断、減数手術、生殖医療を中心とした第3部。
末期医療や安楽死、死をめぐる第4部。
識者インタビュー。
こういう本や記事を、新聞メディアにありがちなお涙頂戴ヒューマンストーリーだと馬鹿にする人も多い。そういう態度を取りたい人は好きにすればいい。確かに、ここに収録された記事はあくまで記者の目を通したストーリーであり、事実ではないかもしれない。だが、かけがえのない命が一つ一つ生きていることだけは確かだ。
もともとが新聞記事なので一つ一つはごく短い。どちらかというと抑え気味の文体で書かれている。それが胸を打つ。
私自身、ライターの端くれとして、自分が書くべきこと、自分が書けることは何だろうかと思った。
巻末に複数収録された、いわゆる「識者」へのインタビューは蛇足。新聞のインタビュー記事は面白くない。
自然の本質がそもそも本一冊に収録可能なわけもなく、本書も成功しているとは言い難いが、それは別に著者のせいではない。
屋久島を堪能できるルートの紹介から始まり屋久島の巨岩から歴史なども解説されていて、屋久島のガイドしてはなかなか面白い。もし一日しかトレッキングの時間がないならば縄文杉を見るよりは……といったかなり具体的な紹介もある。植生の紹介も様々な山野草はともかく、かなりの部分を海水中で過ごす塩生植物なども紹介されていて、きめ細かい。もちろん、ヤクザル問題やヤクシカの話も。
あとがきに綴られた自然観察へのスタンスも納得がいく。
どこかで聞いたようなことばかりが書かれた通り一遍の本と違い、実際に問題意識を持って現場の研究者たちに会い、ゲノム研究の成果は、一般人にどういう意味があるのか考えている。病気の原因遺伝子を突き止めるとかオーダーメイド医療とかなんとかいってるけど、だから実際には何がどうなの?という人におすすめ。
著者がまず訪問したのはアイスランドのデコード・ジェネティクス(deCODE genetics)社のステファンソン博士。アイスランドは国民の医療記録や遺伝情報をデータベース化し、生活習慣病の原因となる遺伝子を探索していることで知られている。アイスランドは1100年前に人々が定住をはじめてから、ほとんど人口の流入がなく、遺伝的に等質に近くなっていること、そして皆が家系図を持っているため、遺伝子の変異を探し出しやすいのだ。デコード社はそれを一手に引き受けているのである。
まず著者は、デコード社側の考え方をレポートする。アイスランド国家健康医療データベース法案成立、ライセンスが与えられるに到る経緯やインフォードコンセントの実状、個人情報保護はどうなっているのか、そして実際の成果など、一通りを紹介する。
なおデコードのステファンソン博士は、日本の人口集団にもかなり本気で深い関心を寄せていると著者は感じたそうだ。事実、将来、アイスランドで行われたようなことが日本でも実行されることはほぼ間違いないだろう。
次の訪問先は、それに反対するグループ「マンバーント(Mannvernd)」のアルナソン博士。彼らは、アイスランドのやり方は個人の利益が優先されていないと考えていて、いまも反対の意見を表明している。
その次は欧州保険委員会の本部長である。遺伝子診断の結果が保険の掛け金などに影響を及ぼし始めていることは、このサイト読者ならばご存じだと思う。この章では、ヨーロッパの遺伝子研究と保険の関係が語られる。内容的にはそれほど目新しくはないのだが、現場の人の考え方が分かる。何より、この人選と並び方のセンスが面白く、非常に興味深く読めた。
4人目はオックスフォード大ハートフォード校んも学長のボドマー卿。遺伝学者でもあり文学博士でもある人物だ。ここはいわば総括的な内容。データ保護や保険の問題に関しても、イギリスの現状から、より突っ込んだ考察が行われる。
最後の5人目は一転、日本の研究者である。信州大学医学部附属病院遺伝子診療部長の福嶋義光博士。遺伝子診断とはいったいどんなもので、どういう現状なのか、今後どうなりそうなのかが語られる。
遺伝子診断で病気の発症リスクが分かるかも、という話をよく聞く。たとえば、ApoE4を持っている人はアルツハイマー病になりやすいと言われている。どの本を見てもそう書いてあるような、いわば定説である。だが、正常な人の中にもApoE4陽性の人がいる。病気にならなかった人の10%でも、ApoE4は陽性なのだという。アルツハイマー病患者の4割では陽性なので、確かにApoE4はリスクファクターだ。だが、ApoE4陽性だからアルツになるというわけではないのだ。
これはいったいどういうことなのか。ここは重要なので、ちょっと長いが引用する。
「(略)……この点に関してはもう少し説明が要りますが、われわれは歳をとるとアルツハイマー病になりやすくなります。生涯罹患率はだいたい3%くらいだろうと言われているんです。そうするとたとえば、一万人集団がいて、そのうち3%がアルツハイマーになるとすると、一万人のうち300人がアルツハイマーになるということになりますね。患者さん300人のうち40%がApoE4陽性ですから、患者でApoE4陽性というのは120人いることになります。一万人のうち9700人はアルツハイマーにならないんです。そのうち10%はApoE4陽性ですから、970人はApoE4陽性なんです、正常であっても。お分かり頂けるだろうか。だが、これは医師や研究者の間でも理解していない人がいるらしい。福嶋氏の話はこう続く。
そうすると、ApoE4陽性の人は一万人のうち、120人プラス970人。計1090人はAPoE4陽性で、そのうち患者になるのは120人だけなのです。(中略)パーセンテージは約11%くらいになりますか。リスクファクターというのはそういうことなんです」
「(略)……実際あったことですが、どこかの病院にかかっていたら、希望もしていないのに、本人にまったく知らされないままApoE4を調べられていて、ある日突然、あなたはApoE4陽性だから将来アルツハイマーになるよ、と言われて、とても不安になって、ここに電話をかけてきた方がいるんですよ。そういう混乱があるんです。この事例からも分かるように、診断する側にすら基本的知識−−というか、この場合は「常識」や「良識」すら−−欠如しているのが現状だ。生活習慣病の遺伝子診断もしばしば話題に出るが、実状は、まだまだ時期尚早どころかどころかのレベルなのだ。
ApoE4陽性だって圧倒的に、具体的には9割方はアルツハイマーにならないんです。」
遺伝子診断をするかしないかを決めるための遺伝カウンセリングとはどういうものかも紹介されている。
遺伝子関連の本は多く、だいたいのことはもう知っているという人も多いだろう。だが、「だから何なの?」という感覚がどうしても拭えない人も多いのではなかろうか。私自身もその一人である。本書を読んでも、それが完全に取り払われるわけではないが、多少なりとも実状を理解する一助には確実になる。
いくつか、景気のいいところやイキのいいところもある。著者は科学が人文・社会科学的な内容に切り込んでいるとし、心とか自我とかを扱えない科学はゴミ箱行きだ、とまで言っている。でもその成果がこれでは説得力がない。
もっとも、あとがきで彼はこうも言う。
ぼくはミームという概念の有効性は、定量的な記述や予測などではなく、比喩やアナロジーにもとづく問題発見能力にあると思う。問題「解決」能力ではない。問題のありかを発見し、すばやく警報を発する。ここ掘れワンワンと教える。ミームとは、ポチのようなものなのだ。実際に掘って問題を解決するのは、別の人であり、ほかの理論であり、違う学問である。これを読んで、なるほど、と思う人だけが読めばいいんじゃないかな。ほとんどの人は、別にポチに教えてもらわなくてもいいよとか、別のもっと役立つポチがいるからいいよと思っちゃうんじゃないかと思うのだが。それはミームという概念にとっても、良いこととは思えないんだけどな。
なお冒頭は古本世界とインターネットの話を材料にしたエッセイ。興味がある人もいるかもしれない。
HDFの画像のなかには、生まれて間もない銀河だと思われるものも映っていた。天文学では、距離=時間。遠くのものを見るということは、そのまま昔のものを見ることを意味する。それらは、宇宙誕生間もないころのものだろうか。
HDFには、多くの闇もうつっていた。何もない空間。その空間は、まだ銀河も星もない時代の宇宙の姿ではないか。そこに宇宙の始原の姿がある。人類は、ついにそこまで手を伸ばしかけている。
望遠鏡がまわる。地上で、そして宇宙で。装置がまわり、北斗七星のひしゃくの柄の部分に近い、一見すると何もない領域に開口部を向ける。世界中の天文学者が通常の観測を中断して、HDFがとらえた領域に望遠鏡を向け、技術と想像力の限界に挑む。彼らは、HDFに映った天体が何であり、どこにあるか突き止めようとしているのだ。だが、それだけではない。彼らもまた、HDFチームのメンバーと−−10日間の貴重な観測時間を割いて、宇宙に穴をうがった人たちと同じ衝動に突き動かされているのである。それはまた、過去四世紀間、少しでも遠くを見通せる器械があれば、すぐさまとびついて夜空に向けてきた人々と同じ動機でもある。以上が、本書プロローグの内容だ(引用箇所もプロローグ)。本書は、このプロローグが熱い。ここから先はタイトルから予想される通りの普通の本だが、そう悪くない。
そう、見ることができるものをすべて見たい。ただそれだけなのである。
最初は、友人とともに学生時代に行った夏休みの旅行からだったという。医学生としての特性を生かし、医学調査という名目で行けば、寄付も集められるし外国へもただ同然で行ける……そんなふうに考えていたのだという。それでタイを訪問したのだ。これが後に著者を救急医療に携わる外科医にしたというのだが、正直、一読者には、何のことかよく分からない。本書は、主に高校生を読者対象にした<ちくまプリマーブックス>から刊行されている。著者は夏休みの調査旅行を通じて「なにか」が生まれたという。いわく言い難い感情なのかもしれないが、ここは肝心要の部分だけにもうちょっとしっかり内省し、書き込んで欲しかった。
さて、そのあとはまさに著者の独壇場である。1982年3月、日本人による国際救急医療チーム(Japan Medical Teamfor Disaster Relief, JMTDR)が誕生した。遅まきながら日本も救援活動を始めたのだ。著者はその先頭に立って世界中で救援を行う。その過程で日本の体制の貧弱さに歯がみしながらも、現地の人々の感謝の声を受け、現在も活動を続けているという。
本書の内容については、あまり書いても逆に陳腐化してしまいそうだ。ちょっと物足りないところもあるが、読めば必ず、「なにか」思わずにはいられない本である。
本書はネイチャー・ジャパンのウェブサイトに1999年5月から掲載されている「バイオニュース」を厳選、再録したもの。科学の面白ネタが満載だ。
頻繁に時差ボケを経験すると脳がしぼんでしまう可能性がある。乳ガンの危険性が耳あかで分かるかもしれない。脳はノンレム睡眠(夢を見ない睡眠)の間に変化する。嫌な思い出は考えないようにすると抑圧できる。
これは本書のごく一部、しかもあちこちからかいつまんだのではなく、頭から順に紹介されたネタ。こういうネタが全部で62個収録されている。暇つぶしには最適で、なおかつ適度に最新科学のビジョンに触れることができる。
難しいと敬遠されがちな最先端科学こそが面白いということが実感できる一冊。値段もたったの1000円、お買い得である。
著者の名前は小説読みなら知っているだろう。バイオホラー系の小説を著している作家だ。だがもともとは関西国際空港の検疫所に勤務していた空港検疫官だった。外国からの感染症の侵入を防止し、海外旅行者の健康相談等に従事する仕事だ。本書は、その著者が自分の経験も交えつつ、感染症の現状を描く。
空港の敷地の片隅には捕虫網を振り回している人たちがいるのだという。気づかなかった。もちろん、マラリアや黄熱病などを媒介する蚊を監視する人々だ。飛行機に乗ってやってくるのは乗客や貨物だけではないのである。幸い、日本ではマラリア付きの蚊は見つかってないが、アメリカやヨーロッパでは空港マラリアの患者が発生しているという。もちろん、紛れ込んでくるのは蚊だけではない。ペストの運び屋である鼠などもいる。
また食料輸入大国である日本には、食品にのっていろいろな病原菌がやってくる。コレラもそうだし、あのO-157の原因食材ではないかとされたカイワレダイコンの種子もアメリカ産だった。
そして狂牛病である。時期が時期だけに、ここは本書を直接手にとって、67〜81ページをお読み頂きたい。コンパクトに狂牛病の話がまとめられている。
本書にはその他、様々なペットや動物も感染源となることや、海外旅行での落とし穴などがまとめられている。感染症は日本に入ってくるものだけではなく、はしかは逆に日本が“輸出”しているということは、とにかく日本が一番清潔という認識を改める上で重要だろう。
また著者は日本の感染症対策についてこうも述べている。
とりわけ私が問題だと思うのは、こうした感染症に対する対策が、あまりにも“水際対策”に偏りすぎている点だ。空港でのチェックがときに行き過ぎと思えるほど厳重なのに対して、いったん国内に侵入してしまった感染症に対する対策はほとんど取られていないような気がする。また、もっと個人の側も自己責任を持つべきだと提言している。必要な情報を自ら求め、自衛するべきだと。ごもっとも。
(中略)
水際対策の敷居をうんと高くすることによって外国からの病気の侵入を防ぐというやり方は、船舶が人や物の移動の主役であった時代には、それなりに有効だったろう。
(中略)
しかし、今や時代は大きく変わった。こと人の移動に関する限り、輸送の主役は航空機である。(162ページ)
字数や文体が決まっている新聞記事には色々と欠点もあるのだが、長所もある。やはり要領よくまとまっているのである。こうやって一冊にまとめられたものを通読すると、また独特の読後感がある。まさに「知」の流れというか……。前書きで読売新聞科学部長が「日本にも独創的な科学者が、こんなにもいるということとである」と書いているが、ほんと同感。並べ方も秀逸。この手の本はぜんぜん売れないだろうが、是非手にとって頂きたい。必ず、誰か一人は印象に残る人がいるはずだ。自著のある人も多いので、そこから先へ踏み込んでいくこともできるだろう。オンライン書店で検索すればいい。
目次から収録された人をご紹介。
【生命科学】
【医学】
【化学】
【生態学】
【地質・気象】
【工学】
【宇宙】
【物理】
【数学】
見れば分かるが、取材後亡くなってしまった人もいる。人は死んでしまう。だからその前に証言を取ることが必要なのだ。ほんとしみじみそう思う。
この手の新書には珍しく、ちゃんと索引が付いているのも嬉しい。
空間情報科学とは、空間情報を効率よく取得し、取得した空間情報を操作性よく管理し、管理された空間情報を多面的に分析し、分析結果に基づき空間的政策、計画をたて、その成果たる空間情報を広く伝達する系統的な方法、およびその方法論を研究する学問です。より根元的には、空間情報科学は、「空間」を基軸として森羅万象を統一的に扱う一般的な方法を追い求めていると言えるでしょう。(117ページ)空間情報というと硬いが、要するに我々が地図を見て知るようなこと、それが空間情報だ。また、その地図上には掲載されていなくても、たとえば地図にのっているお店に関する情報なども空間情報である。カーナビは空間情報ツールだし、地図もその一つだ。だから空間情報科学とは、空間すなわち世の中の森羅万象にある情報を収集し、整理し、どう表現するかを研究する学問ということらしい。
本書は、空間情報科学という耳慣れない学問を紹介する本。通読すると、たとえば通勤圏内にある保育園はどこにあるのか、それをどう改良すればいいのかとか、災害時にも役に立つとか、もろもろの事例が載っていて、なるほどこのジャンルはこれからますます伸びていくし、必要とされている学問分野だということがすごくよく分かる。ユビキタス社会では必須の技術だし、空間捜査システム等の技術は、たぶんチェーン店を新たに出店するときにどこに出せばいいかといったことなどにも使われているのだろう。
だが、だからといって本として面白い読み物になっているかどうかはまた別物。手法やトピックスが並列で流れていく感じで、いま一つこの学問そのものの魅力が感じ取れなかった。
<岩波科学ライブラリ>は、ここのところIT関連の本をいくつか出しているが、どれも、本として魅力がぜんぜんない。編集方針なのかもしれないが、努力してもらいたい。